第5話 ジンはプレゼントには向かない。(下)
皆が領域の結界を破る少し前、ジンはカラスにカシラと奥方と呼ばれていたカラス達が住む本殿に連れて来られた。降ろされると直ぐに痛む肩を気で治し、人化した傷だらけのカラス達に囲まれながら歩く。
連れて来られた部屋に入ると、カシラであろうボロッボロなカラスが偉そうな椅子に座っていた。ジンを観察した後に気持ち悪い笑みを浮かべて、ジンを誘拐したカラスを褒め始めた。
「よくやった。妻への贈り物にするには惜しいほどの餌だが、これなら妻の機嫌も良くなりそうだ」
ジンは臆する事なくカシラカラスに話しかけた。
「一つ聞くけど、奥さんは何故機嫌が悪いの?」
「……許可なく話すな! 餌の分際で!! 跪かせろ!」
カシラカラスは椅子の上からジンを見下ろしながら、コブンカラスに指示を出す。それに従ってコブンカラス達はジンに触ろうとしたが、コブンカラス達を金縛りで動けなくさせた。
「っ! 金縛りか……ふんっ強いようだな。いいだろう、教えてやる」
「……そう、ありがとう」
「先日、妻が欲しいと言った物を取ってこようとして、太陽の使い共に邪魔されてしまった。ちっあの忌々しいモノ共めが……。そのせいで妻の欲しい物が手に入らず、代わりの物を集めさせた」
「奥さんは何を欲しがったの?」
「質問を増やすな。身の程を弁えろ」
カシラカラスがジンを睨みつける。ジンはちょっとムカついたので、気を放出して陰の気を弱らせた。近くのコブンカラス達が体を縮こませ、ジンに恐怖を宿したの視線を向ける。
部屋に居た他のコブンカラス達がジンから距離を取るために後ずさった。それを見て眉を寄せたカシラカラスは渋々、ジンの質問に答えた。
「……ちっ。翡翠の頭飾り」
「馬鹿かお前ら。太陽の使いが守ってる物狙ったら戦いになるのは必至では」
「五月蝿い! ……分かっている。だが、妻が欲したんだ……仕方ないだろう」
愛妻家で尻に敷かれている事は分かった。負け戦を仕掛けるのは馬鹿の極み。奥さんにも聞いてみないとな。今まで目立った事はしていないし、それから滅ぼすか決めよう。
「奥さんにも話を聞かせて欲しい。それから決める」
「何をだ」
「お前らの処遇について」
「妻に合わせるわけないだろう、今回は外に出してやる。即刻出て行け」
「……前に対峙したヤナシの方が、まだ賢かったよ」
ジンはさっきよりもちょっと多めの気を放出した。すると部屋の中の陰の気は消え去り、コブンカラス達からヒィッと悲鳴が上がった。流石に頭に来たらしいカシラカラスがジンに攻撃しようしてきたので、瞬時に凝縮した気をカシラカラスの右足にぶっ放した。
右足を失い膝をついたカシラカラスを逃さない為に、結界で閉じ込めた。コブンカラス達は無様に腰を抜かし、奥にいたカラス達は部屋から出ようと歩くジンから目を逸らし、ドア付近のカラス達は自分達の前から過ぎ去るのを首を垂れて待つ。
ドアを開けて部屋を出る前に歩みを止めたジンに、直ぐ側に居るカラスは体を揺らし息を止めた。ジンは部屋を振り返り言う。
「奥さんの言動によってはお前らを滅ぼす。そうじゃなくてもお前らは調子乗りすぎだから、弱らすね」
「なっ……!」
「別に、今ここで全滅させてやってもいいんだよ」
ジンの言葉にカシラカラスは目を見開き体を震わせた。怒りを込めた拳で床を殴り大人しくなったところで、ジンは部屋から出て行った。
陰に傾いているこの空間の陰と陽の釣り合いを合わせる為、領域を満たす程の気を放出する。一度に大量の気を失ったのですこし視界が歪んだが、来た時とは違って人の目には暗すぎる黒の濃淡で辛うじて分かった周囲の物が、はっきりと見えるようになった。
豊かな色彩がジンの視界に入ってくる。呼吸もしやすくなった。闇の中からジンを見ていた他のカラス達は、ジンに見つからない為に物陰に隠れているので、静かな廊下をジンは一人歩く。
力を削がれたカラス達の中でカシラとは違う強い妖気を辿り、ジンは奥さんが居るであろう部屋の前に着いた。一応ノックしとくかとノックすると、中から返事が聞こえる。
ドアを開けて中に入ると、これまた偉そうな椅子に座る暫定奥さんカラスが居た。それと部屋には贈り物であろう物が無造作に置かれている。
その物の一角にココの核の山を見つけた。ここから見える範囲ではココの核には壊れておらず目立つ傷も見当たらない。痛む頭を無視して、ジンは部屋に入る。
「お邪魔している。貴女への贈りとして誘拐されて来た。けど、嫌だったからこうなったよ」
「……そう」
奥さんは興味無さげにジンを見た。視界が悪い。ジンは目をぱちぱちと何度もさせてしまう。時間が無いから、ジンは急いで奥さんに問う。
「聞きたいことがあるんだけど」
「構わないわよ。言ってみなさい」
「何故貴女は翡翠の頭飾りを欲しがったの?」
「……本気ではなかったわ。彼が私にいつも従うから、ムカついて無茶振りをしただけ。まさか本当に取ってこようとするだなんて。馬鹿よ。本当に」
「……ふーん。ごめんね、旦那さんの右足ふっ飛ばしちゃった」
「はっ! いいわよそれくらい。最近調子乗りすぎだったから。痛い目を見た方がいいわ」
「あと、仲間がたぶんカラス達を沢山殺してると思う。足止めされてたし」
「戦いとはいつもそうよ。構わないわ」
「うん」
ずっと、この部屋に来てからずっと、奥さんは寂しそうな顔をしながらジンの言葉に答える。これがすれ違う二人というやつかとジンは思いながら、ココの核を返してもらうよう奥さんに言う。
「他のは知らないけど、ほとんど盗んできた物だと思うからちゃんと返させたほうがいい。ここに大人しく連れて来られたのも、それが理由。返して欲しいのはそこの石達。持って帰るけどいいよね」
「えぇ……そうするわ。持っていきなさい。……贈り物なんて、要らないのよ……」
最後、ジンに向けていない独り言が溢れた。ジンに恋愛などは分からない。でも悲しそうに目を伏せた奥さんを見てジンも少し悲しい気持ちになった。
口を開いて閉じて声を出す事なく俯いて、膝の上で手を握る奥さんに、ジンは言葉を続ける。
「旦那さん強いけど、このままだとすぐに死んでしまう。そんなの、嫌でしょう」
「当たり前でしょう。愛しているのよ、彼が死んでしまったら辛いわ」
「あと数百年は大人しくしておくように、旦那さん達に伝えておいて」
「分かったわ……怪我をしたのね。うちのが申し訳なかったわ。ちゃんと伝えておく。……だから、見逃してくれないかしら?」
殺気と怒気、カラス達の血を纏った皆がジンを囲うように立っていた。皆は武器を構えて、奥さんを敵意を露わにしている。
「やめて、聞いていたでしょ。怪我はもう治したし。……はぁ--武器を下ろしなさい」
有無を言わせないジンの言葉に、皆は渋々武器を下ろした。ヘビが元の姿に戻りジンの肩に乗る。少し湿った鉄臭い布の上を遠慮なく動き回り、ジンが無事だと確認して白玉を見る。
白玉はジンを突き背に乗るよう促す。ジンは素直に従って白玉の背になり、後ろに乗るシュノに背を預け目を閉じた。
ヨナと悟空を残して、ジン達は帰路に着いた。
「……初めまして。お邪魔してます。『水環』の店員でーす」
「俺様は手伝い」
「はぁ、目を付けられてしまったわけね。……持っていきなさい」
「はーい」
ヨナと悟空は核を回収を始めた。一つ一つ無事かどうかを確認しながら、雪で作った籠の中に優しく入れていく。カゴに入ったまるで宝石のように輝くように色とりどりの核を見て、綺麗だなーとヨナは思った。
「全部傷一つもありませんでした。…‥喜んでください。まだここに住めますよ」
「はっ。さっさと帰りなさい」
「お邪魔しましたー」
「--命拾いしたな」
一つでも壊れていたら二人でカラス達を滅ぼすつもりだった。青白くなったジンの顔を思い出しながら、悟空は決意する。次何かあれば絶対にこいつらを皆殺しにすると。
視界が良くなった領域内を走り抜けながら、ヨナはセイミアと実は連絡先を交換していたジュン君に、無事回収できた事を連絡する。するとすぐにジュン君から、今すぐ店に向かうと返事が来た。
領域内を抜けるとヨナは店へ、悟空はジンの家へ向かった。客に会うのに血塗れのままはダメなので、ジュン君がどれくらいの速さでうちに来るのかは分からないが、早く着替えないといけない。血臭いし。ヨナは全速力で走った。
店の裏側にある家のドアから中に入り、風呂場へ直行。服を脱いで体を洗う。家の中でも全裸で歩くのは嫌だから、雪で服を作り纏う。
服を入れる袋を取りに行こうとすると、セイミアからもうジュン君が来たと音が届く。
「は? 速すぎじゃない?」
諦めて核入りの籠を持ってジュン君達の元へ向かう。
てっきり前と同じ部屋にいるのかと思ったが、商品が並ぶ店の中をうろうろ忙しなく動き回るジュン君が居たのでヨナはセイミアを見た。セイミアは頭を左右に振ってから、ジュン君を見た。反月はジュン君の後ろをついて歩いていた。セイミアは話さないスタンスなので、ヨナはジュン君に話しかける事にした。
「ジュン君、お待たせしました」
「はい!」
声と顔に感情を乗せたジュン君に、ヨナは目を瞬かせた。あ、と恥ずかしそうに目を逸らしたジュン君はすぐに真剣な表情をしてヨナに近寄って来た。
「確認お願いします。一応私達が確認しましたが、損傷は見当たりませんでした。そこにある椅子に座られてはいかがですか?」
「はい。ありがとうございます……そうします」
ジュン君は籠を受け取ったそのままで確認しようとしたので、ヨナは店の椅子を勧めた。ジュン君は椅子に座り、じっくりと時間をかけて核を見る。
その時間は約二時間。途中でシュノが店に来たが、ジュン君は集中しているから気付かなかった。反月にお茶とお菓子を出したら食べたので、四人でジュン君を眺めながら遅めのおやつの時間を過ごした。
ジュン君の集中を妨げない為に、四人で絵しりとりをしたがなかなかに白熱して、楽しかった。反月がちょっとだけ表情を崩して楽しそうにしていたので、お菓子を与えてしまった。
「……確認終わりました。全部無事です。……本当に有り難うございました」
ジュン君は籠ごと抱きしめながら、感謝を述べた。
「はい。その籠は私の妖力で作った物ですので、別の入れ物を持ってきます」
「あぁ…‥大丈夫です。それなら此方で用意、を……。スピカ?」
ジュン君が話しながら顔を上げたと思ったら、目を見開いて固まった。ヘイシリ。スピカとは。はい、スピカとはおとめ座のってのは、置いておいて。ヨナがジュン君の視線の先を追うと、そこにはシュノが居た。ふむ。
「はい?」
「あ、いえ……なんでもありません。用意してあるので大丈夫です。お気遣い有難うございます」
「そうですか。はは」
ジュン君はすぐに元の調子に戻って、核と向き合う。
何がはは。だ。反月がいつのまにか移動していてその手にはジュン君が言っていた入れ物を持っていた。アタッシュケースだ。核を入れる用の窪みに、一個一個丁寧に核を入れていく。その横顔が優しさに溢れてとても嬉しそうだったから、依頼をちゃんとこなせてよかったと安堵した。
「ココの体は、昔と違って今は工場で作ることができるようになりました」
ジュン君が手を動かしながら語り始めた。皆は静かにジュン君の言葉に耳を傾ける。
「ですが、最後の命を与える作業だけは、ジュン君しています。ココに命を与えられるのはジュン君だけですから、当然なんですけど。ココは今や全世界で数百万体も存在しています。ジュン君の知らない所で知らない一生を終えるのです。与えられる名前も芽生えてくる性格もジュン君は知りません」
ジュン君の声が、震えている。でも手は震える事なく、迷いのない動きで核を入れ続けている。
「……核が無事なら新しい体に変えれば生き続ける事ができます。記憶媒体となる、人で言う脳が壊れて全ての記憶が失われても、核が無事なら悲しいですけれどまた一から記憶することが出来ます。ココに寿命は有りません。核が壊れなければずっとずっと生きていけるんです」
ジュン君の涙声が、皆の鼓膜を揺らす。核を移し終えるとジュン君は入れ物を抱きしめる。
「っ……はぁ。……数千年間、体をジュン君が一から作っていた時とは違い、命を与えるその時だけしか、ジュン君はココとの関わりがありません。……それでも、それでも心硬はジュン君の子供なんです。ジュン君は心硬の親なんです。たった一体、量産型だとしてもジュン君は、……心硬が壊れてしまうのはとても辛くて悲しい……だから、この核の数だけココがこれからも生き続ける事が出来ると思うと、本当に嬉しくて……有難う、御座いました」
立ち上がったジュン君が、ヨナ達に深々と頭を下げてた。反月も真似して頭を下げている。ヨナ達も立ち上がり、ジュン君達に近寄る。セイミアがジュン君に話しかける。セイミアの声を二回も聞けるだなんてジュン君は運がいい。一回目は怒り故だったけど。
「頭を上げてください。私達も数多くのココに核を返せる事を、とても嬉しく思います。あぁ、紹介がまだでしたね、彼女は手伝いをしてくださったシュノです」
セイミアの紹介されて、シュノはジュン君にお辞儀をする。ジュン君もシュノにお辞儀を返した。
「シュノの学校の先生だったココも、本日被害に遭っていしまったのです。ココは今や誰にとっても程身近な存在。貴方と思いに違いはあれど、ふざけた理由でココが失われる事は私達だって許せませんわ。早くココに、核を届けてあげてください」
「えぇ、そうします。……また被害が出たと聞きましたが、貴女の先生をしていたココなのですね……。今日は平日ですから、多くの生徒が心配した事でしょう。ジュン君は本日は帰ることします」
「はい。お送りいたします」
こうして店を出ようとしたジュン君は、何か思い出したように足を止めてシュノに話しかけた。
「あぁそうだ、シュノ君連絡先を交換しませんか?」
「はぁ?」
「え、……ナンパ?」
「……え?」
上からセイミア、ヨナ、シュノの順番。セイミアの視線が鋭くなった。ジュン君は慌てて弁明する。
「違います! すいません、つい……シュノ君が、幼馴染に似ていたもので……すいません。忘れてください……」
百九十センチメートル以上あるジュン君が、声量共に小さくなっていった。
「あ、えっとぉ……連絡先を交換するのはぁ構いませんけど、ジュン君の連絡先を教えてもいいんですかぁ?」
「はい。ジュン君の意思ですので大丈夫。無理してないですか? ジュン君はかなり有名ですけど、断っても怒ったりしませんからっ! ヨナ君とはもう交換してますから……」
断っても権力だ潰すとかじゃなくて怒るとかなんだ、と三人は思った。
「大丈夫でぇす。断れないからぁとかじゃないのでぇ」
かなり軽い言い方で、シュノはスマホを持ってジュン君に近寄り、連絡先を交換した。ジュン君はなんだか嬉しそうだった。ついでに反月ともシュノは連絡先を交換した。なのでヨナは反月とも交換しといた。
今度こそ店から出ようとしたジュン君が、また足を止めた。
「あ……また後日、妖怪カラスについての情報共有をお願いします。対価も払いますので、来週の……そうですね。土曜日に伺ってもよろしいですか?」
「はい。大丈夫です。土曜日ですね」
ヨナ達は察した。私達が滅ぼさないと決めたけど、この地域の闇カラス達はたぶん滅ぶだろうなって。だから短い夫婦の時間を楽しんでくれと、ヨナは思った。
それでは。とジュン君達は車に乗り込んで、帰っていった。今度は店先に車が見えなくなるまで留まることはなかった。
「ジンはどう?」
「…‥寝てる」
「そっか。起きたら教えてよ」
「うん。もちろん」
「じゃー、またね」
「またね」
シュノに手を振って、ヨナとセイミアは店内へ。散らかした場所を片付けて、セイミアが戸締りをしてくれるのでヨナは服を片付けに行った。疲れたから今日早く寝ようとヨナは決めた。
ジンの家。悟空とヘビと白玉はシュノの後に体を洗い、眠るジンの側にいた。いつもと姿が違うヘビと白玉がジンを見下ろす。悟空は小さな桜の木から枝を手折り、その枝をジンに触れさせる。するとみるみる枝が枯れていく。
ジンを見ると、ジンの顔色が良くなっていった。と言っても誤差の範囲だが。でもこの差が重要なのだ。
悟空が住んでいる家の主である巫兎に連絡を入れる。しばらくはジンの家に泊まると。悟空は数個、お菓子を食べたてジンの側で横になると、いつもの長い眠りについた。
それを見届けたヘビが部屋に結界を張り、白玉がその上からさらに結界を張った。ヘビと白玉は普段の姿に戻り、各々好きに行動し始めた。
ジンが起きている姿を見せたのは、それから二日後のことだった。良かった、もう目が覚めた。と喜ぶシュノとママに、ジンは申し訳なさそうに笑みを浮かべた。
「おはよう」
「ふふ、おはよぉう」
「おはよう、ジン」
その後様子を見に来たヨナがやって来て、悟空はジンに問う。また神の雑用をしているとジンが答えると、ヨナは納得して今日は店番だからと帰った。
入れ違いで若菜とみことちゃんと姫が来てくれて、仙は買い物に行っているだとかテレビで見た話だとか、少しの世間話をしたら三人は帰った。若菜はずっと無言でジンを眺めてきたが、それはいつもの事なのでスルーする。
こうして、ジンのいつもの日常が、再開した。




