ジンはプレゼントには向かない。(上)
四月中旬、桜が散り暖かくなってきた頃。ヨナの実家である雑貨屋で、店番をしている店員の名前は『セイミア』。元は外の国出身だったが、流れ流れてヨナの両親と出会い、この店で働いている。ぽかぽかする昼時に、セイミアの瞼が閉じては、パチっと目を開けてまた瞼が重くて閉じてしまう。それを何度も繰り返して、店番なのにこのままでは本当に寝てしまいそうと思ったセイミアは、顔を一度洗いに行こうと立ち上がった。
その時、チリンチリンと客の来訪を知らせる、ドアに付けられた鈴の音が店の中に響いた。入ってきた客は二人。セイミアは目をぱちぱちさせた。客のうちの一人が有名な人だったからだ。黒髪に黒い瞳の古い日本人の血が流れた存在。テレビで何度も見たことがある。数秒固まっていたセイミアは、ハッとして用意してある『いらっしゃいませ』と書かれた紙を客に見せる。セイミアの睡魔は吹っ飛んで、もう眠く無い。
紙を見た客は、微笑みを作り口を開いた。
「初めまして、こちらで妖怪に関する依頼を受けていると伺ったのですが」
セイミアは、用意していた『はい。』と書かれた紙を客に見せる。続けて他の紙も見せる。
『ご依頼内容は別室で伺いますので、ついて来てください。』
「分かりました」
他に客がいない場合、店内で簡単に内容を聞いたりするが、客が有名な権力者なので、最初から依頼を聞く用の部屋へセイミアは案内することにした。
案内されて座る客達。セイミアも客達の前に座り、『お話しください。』と書かれた紙を客に見せた。それを見た客は頷き、依頼内容を話し始める。
依頼内容を聞いたセイミアは一人では無理だと判断し、いい笑顔を客に向けて白紙の紙を手に取った。ペンですらすら文字を書き終えては、紙を客に見せること数回。
『依頼は通常、客に対応した店員が受けることになっています。理由は二つあります。店員が全員妖怪であるということで、必ず妖怪と契約するという事態が発生するからです。』
『妖怪との契約は人同士の契約とは違い、どちらかが反故にするとどちらかが最悪死んでしまいます。妖怪との契約なのでそのようなリスクがございます。』
『二つ目は、他の職業でも有るお客様の情報の保護の為です。個人情報や依頼内容を知られたくないという人が一定数いらっしゃったからです。』
『ですが今回のご依頼は私一人では難しいと判断いたしましたので、複数で対応させていただきたいのですがよろしいでしょうか?』
客は目を細めて頷く。
「……なるほど。ではそれでお願いします」
セイミアは客の返事を聞くとお辞儀をして席を立ち、部屋にある嵌め込みの水槽に手を翳した。気でガラス越しに水面を揺らし、人魚にしか聞こえない音を発する。水中から空気中にその音は響いて、自室にいたヨナの耳に届いた。
自室で本を読んでいたヨナは急いで客に見せれる服に着替えて、店へ向かった。部屋の前についたヨナはドアの前で声をかけて、部屋の中に入る。客を見たヨナは「うっ、わぁ……」驚きから声を出してしまい、急いで謝ってセイミアの隣に座った。
「ふふ……ではもう一度自己紹介をいたしましょうか」
ヨナの態度に少し笑った客は、気分を害した様子もなく自己紹介を始めた。
「これでも有名なほうなので知っているとは思いますがーー」
客の言葉にヨナとセイミアは心の中で知ってますと返事した。
「ジュン君の名前は『鏑木 純』。蝶人で『ココ』の親です。ジュン君って呼んでください。隣に座っている彼は、ジュン君の護衛をしている蝶人の『反月』です。よろしくお願いします」
ジュン君はジュン君の隣に座る、一言も喋らず真顔で微動だにしない反月の紹介もした。月のピンで淡い桃色の前髪を留めていて、大きな白で縁取られた赤い三白気味な目がちょっと不気味。ココーー『心硬』の核の様な石を胸元に嵌め込んでいる姿は、少し痛々しく見える。飾りって感じじゃないが、ジュン君が人にも蝶能力を使ったのかとヨナは考えてしまった。
少し遅れてジュン君に返事をしたヨナは、チラチラ反月を見てしまわないようにジュン君を見たが、顔が良かったのですぐに目を逸らしたくなった。
「……あ、はい。よろしくお願いします。私は人魚の妖怪の悟浄依沙です」
「ヨナ君は人魚なんですね。だから、水槽が多いんですね。廊下にもこの部屋にも何個か見かけました」
「そうですね、川も近いですし……普段は陸で生活をしていますが、その中でも水を感じていたいという思いで、多くの水槽を設置しています。他にも水の中で保管する品等もあるので……」
「そうなんですね。魚はいませんでしたけど、水族館みたいでワクワクしました」
「ははっ……喜んでいただけたようで嬉しいです」
ヨナはド緊張していた。セイミアは横でずっとニコニコしている。一人で対応していた時のセイミアは顔にこそ出さなかったが、ずっと心臓がバクバクしていて気持ち的には凄い疲れた。ジュン君は全世界で存在が知られている有名な権力者。何故ジュン君がうちに依頼しに来たのか、セイミアが一人では無理だと判断した理由をこれから知る事になるヨナは、テーブルの下で密かに手を握った。
「それではもう一度、お話ししますね」
「……はい」
「今月に入ってからココの核が何者かに奪われる事件が起こっている事をご存知ですか?」
「はい。テレビのニュースで何度も見ました」
ヨナはああーあれかーとジュン君の言葉を聞いて思った。
というかジュン君はココを作り出した創造者つまり親だから、冷静に考えればココ関連なのは分かったはずだった。だってジュン君は世界の支配者である従兄弟のジー君の側にいつも居て、滅多に外に出てこない。ジュン君本人がわざわざ外に出てくるのは蝶人達の社交界の場か、ココの新しい体を紹介する時だけだった。この常識さえも忘れてしまう程、ジュン君が実家に居る衝撃は強かった。
ヨナの返事を聞いてジュン君は語る。
ココの核が奪われる事件、当然警察も動いているがなんの進展もなかった。目の前で核が奪われているにもが関わらず、犯人の姿は誰も見ていない不可思議な事件。これは人やヤナシが犯人ではないと思ったジュン君は、陰陽師を頼った。核を奪われ眠りについたココ達を保管する場所に陰陽師を連れてくると、陰陽師は来て早々に『妖怪の気配がする』と言った。犯人が妖怪だと分かると、妖怪退治屋に任せようという事になり、陰陽師に幾多か紹介してもらった。
だがどんどん被害場所が広がっていってしまい、妖怪退治屋の管轄から外れてしまう。警察のように妖怪退治屋には管轄があるので、その度に依頼していたがこの地域では妖怪退治専門が居なかった。なら似たような者達は居ないかと調べると、この雑貨屋を見つけた。妖怪退治の実績多数、信用もおける仕事ぶり。最初は他の人に任せてジュン君は待機していたが、被害が増えすぎて居ても立っても居られず、自ら赴いたのだと。
ヨナは理解した。妖怪が見える人は少ない。それこそ仕事にしている者達以外はほとんど見えない。だから目撃者が居ないのは仕方ない。その地域毎に特有の約束事や関係性や勢力図があるから、何も知らない他所の者達が入って大惨事になるなんて事は、昔は何度もあったと聞く。
この地域にあった妖怪退治屋は昔、うちが滅ぼしたから無くなったらしい。新たな妖怪退治専門は出来なかったが、うちの様に何かと兼業してやってる所が何箇所かある。その中だとうちが一番評判が良いのは否めない。うちら失敗しないので。
「……それに、店員ではない外部の者達が時折依頼を手伝っているのだとか。彼女達の仕事ぶりも、聞き及んでいますよ。頼もしいですね」
ニッコリと笑うジュン君にヨナとセイミアの客用の笑顔が固まった。
客にああ言っておきながら、実際にはジン達に手伝いを頼むことが度々有る。お客様の情報の保護? ジン達に何も教えてないから問題ない。
二人以上の店員と契約すると、客は人数分の対価払う必要がある。それなのに対価を払わない客がいけないのだ。客が払えないまたは払おうとしないのだから、客の周りから対価を取り立てただけなのだ。だというのに此方が悪いと、妖怪退治屋をけしかけてくる者達がいるから、とても困る。
まだ今のルールに決める前、昔の事だから妖怪退治屋は今よりも話が通じなかった。何度も何度も一方的に此方を悪と決めつけた妖怪退治屋と戦う事になって、それでも毎回の勝利したもの怒りは収まらない。
あいつ等は学ばない。時の流れで世代が交代する事は自然の流れだから仕方ないけれど、此方の事をちゃんと言葉で残す事が出来るだろうに。だから一番大きな戦いをした際、今後のことを考えこの地域で二度と妖怪退治屋なんて出来ない様にしておいたのだ。でもそれから妖怪退治屋が無かったからと此方に来客が来る度に当時を知る店の者達は、妖怪退治屋してもいいよ許してあげようか迷ってしまって困っている。
ヨナが生まれる前に起きた不快な過去を思い出して、セイミアは最悪な気分になった。
此方はただリスクヘッジしてただけ。客の不利益なんてどうでもいいが、店の不利益は見過ごせない。事情を理解して善意で手伝ってくれるジン達を有り難く思うし、もちろんジン達に対価をちゃんと払っている。ジン達に頼んでいるの毎回此方の都合、それなのに客の都合で頼むだなんて有ってはならない。
ジン達は私達の力になってくれようとしているだけで、知らない客なんてどうでもいいの。ジンは特にダメ。なんでもかんでも手伝ってくれようとするから。客に直接頼まれれば断らない。そしたらジンへの適切な対価を客からどうやって取り立てたらいいのよ。ジンは最低限の対価しか受け取らないし。
人同士の契約なんてデータや紙切れにしか残らない、簡単に消せてしまう物。契約を客が破っても妖怪との契約と違って罰を与えられない。依頼が終わった後に豹変するゴミカスな客だっているんだから、慎重にならないといけないのに。ていうかそもそもうちは雑貨屋。お金になるから妖怪退治等の依頼も受けてあげているだけ。ジン達を手伝わせろですって? 客風情が図が高いのよ。
ヨナのジュン君を見る視線は、絶対零度になった。
部屋の中にいる四人の内三人がニコニコ笑っているが、部屋の雰囲気は最悪。空気は物理的に冷たくなっていった。
反月はいつの間にか来た時にはあった隙がなくなり、此方を静かに観察している。こいつ強い、護衛なだけあるわねとヨナ達は思った。
ヨナは人魚と雪女の混血。ハイブリッドな性能をしているので、ヨナの周りには霜が降り始めた。一触即発な雰囲気、その空気を破ったのはセイミアだった。
「ジュン君」
「はい、なんでしょう」
「子供達を傷つけられて、もう二度と目を覚まさないかもしれない可能性がある今、一刻も早く核を取り返したい気持ちは、私も大切な人を失った事があるのでとても分かります」
セイミアの言葉で冷静さを取り戻したヨナは雪女の力を抑えた。それに応じて反月も警戒を解いた。ジュン君は目を細めて、セイミアの言葉の続きを待っている。
「ですがまだ私達は話を聞いている段階であり、何の行動にも移していません。何も始まっていないのに早くも戦力外通告を受けた気分ですわ。人手が多い方がより早く解決するかもしれませんが、彼女達に頼むか否かわ判断するのはジュン君、貴方ではありません」
「……いえ、申し訳ありません。その様なつもりではなかったのですが。確かにジュン君は焦っていた様です。心よりお詫び申し上げます」
ジュン君は頭を下げた。今の時代、ジュン君のつむじを眺めることができる者はどれくらいいるのだろうか。ヨナは思わず遠くを見た。
「その謝罪、受け取りましょう。頭をお上げください。私達二人で出来る限りの事はします。もしかしたら彼女達に頼むかもしれません。ですがまだその段階ではありませんので、まずは契約を進めましょう」
「はい、分かりました」
セイミアは契約書を取り出した。
「紙なんですね」
「はい。昔から紙使っていますね。口頭でも構わないのですが、その場合対価への認識が双方で違ってくるので、書面に起こす事でそれ以上の対価に取らないようにと、妖怪側に拘束力を持たせることができるのです。最後には署名と血判を押してもらいます。よろしいですね?」
「はい」
「それでは契約書の調整をいたしましょう」
「いえ、その必要はありません」
ジュン君は契約書を読むと、名前を記入して小さなカッターを取り出して指を切り、血判を押した。迷いが無い様子のジュン君に、ヨナとセイミアは目を見開いた。これには反月も驚いたようで、ジュン君を凝視している。
「この内容でしたら問題ありません。妖怪との契約は初めてでしたので、ドキドキしましたが予想の範囲内に収まっていたので、変更なくこのままで大丈夫です。」
「……え、そうですか。分かりました。これで、……契約は完了になります」
「はい。よろしくお願いします」
「はい」
契約を結び終えたジュン君達を、まだ呆けた状態のヨナ達は店先まで見送った。ジュン君達は車で来ていたらしく、反月がドアを開けるとジュン君が乗り込んだ。乗り込む直前にジュン君は振り返り、ヨナ達にお辞儀をした。それに続いて反月もお辞儀をして車に乗った。ヨナ達は車が見えなくなるまで店先に留まりしばらくぼーっとしていた。なんだか車がさっていた方向と互いを見合う事数分。
「……えらいのが来たなー」
「……さっさと見つけてしまいましょうか」
「そうだね……」
ヨナが話した事で元に戻り、どっと疲れを感じた二人であった。
ジュン君と交わした契約の内容はたった数行のみ。
意訳すると、依頼以上のことはしない。対価は此方が求めた分をしっかりと払え。客が払えないなら客の周りから対価を貰う。依頼を遂行して起きた結果に責任は取らない。という事を難しい言葉で書いたこれだけ。
ここから対価を明確にしたり、戦闘であれば戦う武器や被害の範囲をこれくらいに抑えてほしい等、依頼期間を話し合ったりするのだが。ジュン君はそれをしなかった。これは、此方の時代でどれだけ対価を取っても文句を言わないという事。それ程までにジュン君はココを大事に思っていて必死なのだと、ヨナ達は理解した。
ちょっとムカついたけど、今までの妖怪退治屋が苦戦したならヨナ達も難しいかもしれない。ジン達に頼りまくっているから今更かもだけど、何かあれば手伝ってもらおうとヨナは決めた。
今朝のニュースでは、この地域でもココの被害が出始めていた。まずはここから近い現場に向かう為に店を閉めて、調査を開始した。




