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第14話 5月3週目(上)

 今日ジンは暑さから日課の散歩をやめて、リビングのソファの上で横になりエアコンの下で涼んでいた。


「そうだ、ヨナんちに行こう」

「ぴっ!」


 こうしてヨナに一方的なメールを送った後に、ジンとシュノにヘビと白玉、家に来ていた悟空の皆でヨナの家へ向かった。


 毎週月曜日はヨナの両親が経営している『水環』が定休日で、ヨナが確実に暇になる日なのである。暇になったヨナは呼ばなくても勝手に家に遊びに来るので、シュノは今日もそのつもりで家に来たヨナにおやつ作りを手伝わせようと思っていた。

 今日のおやつは本格クレープである。クレープメーカーがヨナの家にあったかどうかシュノは分からなかったので、クレープメーカーを材料と一緒に持っていくことにした。


 ヨナの家は涼しい。家と店の両方に水槽があって、まるで小さな水族館のような内装をしている。住人が水と共に生きる妖怪ばかりなので、水は欠かせない。

 冬は寒いけれど、彼女達にとっては気にするような寒さではないので、外でも半袖は流石にヨナ以外はしないけれど薄着だ。

 夏はいい。けれど寒暖差で体調を崩すかもしれないので、ヨナの家に行く時は必ず上から羽織れる物が必要だ。ジンはここ数年は年中着物着ているので、問題ないが時々シュノが寒そうにしている。


 不用心にも鍵がかかっていない家のドアを開けて、中に入る。ジン達が来るからとヨナが先に開けて、本人は部屋に戻って玄関には不在。

 これはいつもの事だけれど、ここに住む皆それぞれ強く、気配にも聡いしなにより魚達が教えてくれるとしても、如何なものか。いくら言っても改善しないし、皆悠長に大丈夫だと言って聞かないので諦めるしかない。


 ドアを開けて見えるのは、右側の天窓から太陽の光が差し込み地面を照らし、左側には壁一面の大きな水槽の水が泳ぐ魚達によって揺れている様子。


 ジンはクロックスを脱いで上がり、水槽の前に置かれたソファに腰掛けた。ヘビがジンの肩から降りて、水槽の前をうろちょろしている。

 白玉の足を悟空が拭いてから中へ上げて、悟空はジンの隣に座る。シュノは日傘を傘立てに入れドアの鍵をかけてから、台所へ向かった。


 エアコンが付いていないのに、中はとても涼しい。外の蒸し暑さによって感じていた息苦しさも消えて、呼吸がしやすい。最近夏の暑さに近付き、日傘も必要になってきた。

 外に出ればジン以外の皆は汗をかいていて、ベタつくから嫌。太陽はもう少し自重したほうがいいとシュノはいつも太陽に向かって文句を言っている。


「大丈夫か?」

「うん」


 悟空が心配そうにジンを見ている。ここ数年毎年のように夏は体調を崩して、顔色が悪いのが当たり前になっているジンの顔色がより悪くなるものだから、悟空は気が気ではないのだろう。当然だ。

 特に話すこともなく無言の時間、悟空がジンの手を撫でるのを眺める。ヘビはジンの足の上に乗って垂れていた。


 数分休憩したら、二階にあるリビングへ向かう。何か切る音が聞こえて見てみると、台所でシュノが沢山の果物を切っていた。自作だから出来る果物沢山入れたクレープを作るつもりらしい。

 ヨナは大量の生クリームを泡立てていた。ヨナの冷気でどんどんホイップクリームに変わっていく。便利だな。妖怪で力もあるしヨナはよく動くので体力や持久力もあるから、機械でやるよりも早く仕上がる。シャカシャカ、シャカシャカ。


 白玉は大の字で寝転がりながらテレビを見ていた。流れているニュースには、この前昼育が教えてくれた管理外のヤジンについて。ジンは気になってテレビの前に座った。


「ジン、テレビに近いぞ。離れて見ろ」

「んー」

「ジン」


 目の前に座ったので悟空に注意されて、後ろに下がった。ちょっとだけのつもりだった。本当だしとジンは少し不貞腐れた。

 立ったままテレビを見ていると、悟空が人をダメにするクッションを持ってきたので、ジンはそれに体を預けた。

 ダメになるクッションはダメになるからダメだな。起き上がりたくなくなる。


 ニュースでは、外の国で発見され会話を試みたところ敵対行動を取ってきたこと、それにより重軽傷者が出たと言っていた。ヤナシは群れを作らない。だが管理外の野良ヤジンが群れていたので、他の野良ヤジンと共に襲ってきたら、やばい。

 だからヤナシ討伐隊以外にヤジンで調査隊を組み、集落を見つけて捕獲または状況によって討伐をするので、各国で調査隊の志願募集を始めるらしい。


「大変だな」

「ジン、水を持ってきたから飲め」

「ありがとう」

「……こらジン、起きろ。横になって水を飲むやつがあるか。危ないだろう」


 腕だけ伸ばしてコップを受け取ろうとしたら、悟空に叱られた。別に横になったまま水を飲もうとした訳じゃないし。そう思ったが子供のような反抗をするつもりはないので、ジンは口に出ささず上半身を起こした。

 水は冷たかった。夏はやっぱり冷水だな。ジンはそう思った。


 そういえばヘビが居ない。ジンはテレビを見る事を止めてヘビの気配を探ろうとすると、ちょうどヘビの声がした。


「ぴぃ」


 声の方を向くと、遠くの水槽の中に小さめのラッコがいた。百cmくらいだろうか、白色の体に青色の目。それはヘビが変化した姿だった。


 何をやっているのか。ヘビが泳いでいる水槽は壁に嵌め込まれていて、リビングから見える廊下の先、店の依頼客用の部屋にある水槽と繋がっている縦に長い水槽だった。ちなみに水槽の中には、三階に行かないと入れない。

 少し見ていると、ジンに飽きずに手を振ったり泳いでいる姿を見せてくるヘビに、海月が近付いて来た。店員の一人、海月の人魚の『真千』だ。二人で遊ぶらしく、二人はカラスから離れて泳いで行ってしまった。


「--ヨナ、ヘビ水槽で泳いでる」

「んー? あー。おけ、分かった!」


 言っておかないと、クレープが出来た時にヘビを呼べない。真千がヨナの人魚言葉に応えてヘビに教えてくれる事だろう。

 ジンはふと疑問に思った。ヘビは人魚の言葉、海の生き物の言葉は分かるのか否かを。なのでジンは悟空に聞いてみた。


「ヘビって魚とかの言葉分かるのかな」

「分からないのではないか。前にセイミアやヨナには手話で話しかけられていたのを見た事がある」

「なるほど。エラ呼吸は出来ても言葉は無理だったか」

「猫や犬の鳴き声みたいなものだからな、魚が発する音は。言葉の形を成していない」

「ほー。悟空はエラ呼吸出来る?」

「何種類かは出来る」

「すごい」


 変化の術。見た目だけ変えるか中身も全て変えるかは、術者の力量による。見た目だけでも記憶が曖昧だと、普段のヘビみたいなヘビらしからぬ見た目になったりする。

 ジンは変化の術で、見た目だけなら変えられる。別に使う機会が無いからそこまで熱心に学んでいなかったので、あまり得意ではない。


 中身まで変えるには、変化対象の作りへの理解を深める必要がある。だが大抵の者は見た目だけ変え、中身まで変えはしないのだと、昔変化の術を悟空に教わった時に、聞いたことがある。

 懐かしい。ジンより悟空の方が背が高く、まだジンの髪が鮮やかな紫色だった頃の話だ。



 変化の術の練習を初めて少し経った頃の事。休憩中に悟空が隣に座って、ジンとヘビと一緒にスイカを食べながら、変化の術についての思い出を語ってくれた。


「俺様のは地煞七十二変。昔、須菩提祖師という仙人に弟子入りして教わった術の内の一つだ。俺様もこれには少し手間取ったな」

「本当?」

「あぁ。だが変化の術が得意な師兄が居て、その師兄に言われたんだ。『手間取っているように見える、どれ私が助言してあげよう。ほら一度私の前でやってみろ』とな。師兄の助言は確かに正しく、その場で俺様は変化の術を習得していた。--今まで費やした月日を思えば、その月日で他の術を習得できたのにと、苦悩したものだ」

「ほう」


 少し苦々しいといった表情を作る悟空を、ジンは見上げた。


「俺様は、師兄に尋ねた。『何故師兄は、形のみならず作りを変えるのか』と。師兄は答えた。『私が変化するのは興味がある物だけだ。私は見かけだけではなくそれ自体になりたいのだよ』と。そう言った師兄は後に、数多の生物を解剖していた事を他の門弟に告げ口されて、破門された」

「うぇ」


 スイカを食べながらジンは悟空を見る。遠くを目つめた悟空は何を思っているのか、目を伏せたあと少しばかり目を閉じてから悟空は話を続けた。


「それ以降会うこともなく、死んでいるのと思っていたのだがなぁ……随分と長生きだ。最近見かけた時は、この孫様でさえ度肝を抜いたな。当時の師兄は人間だったんだ」

「どれくらい前か知らないけれど、人間が長生きなのは確かに驚くね。おじいちゃんよりも長生き?」

「あぁ遥かに」

「ぴー!!」


 大声を出すヘビを見ると、口に溜めたスイカの種を勢いよく連続で噴射して遊んでいた。神社でそんな事するなと、後で種を拾っくるように注意した事を覚えている。



 そんな事もあったねと、人をダメにするクッションに寄りかかっている悟空に話しかけると、悟空は懐かしそうに目を細めて笑った。


「そうだな。師兄は本当にすごいお人だ。きっと知らぬ間にヤナシを解剖して、ヤナシに変化するかもしれんな」

「やばー」


 ジンはそう言って、テレビを眺めた。今やっているのは『フィリア』による増え続ける被害報告についてだった。


 桃川乙海隊の皆が『フィリア』と戦う為に駆り出されているのだが、ヤジンの祖を探す時間が無くなった、こんな事で暇が無くなるのは嫌だと嘆いていた。でも、このまま数千年見つけられなかったヤジンの祖探しが、これを機に有耶無耶になればいいのにとも言っていた。

 それに日本でも野良ヤジンを探す事になるだろうから、特に暇な犬目区からも数人出すことになるかもしれない。花守家の護衛もあるし一気に忙しくなって可哀想だ。


 後で白玉と泳ぐヘビの写真を送ってあげよう。ジンはそう思った。


 テレビを見るジンを尻目に悟空は、当時の師兄の姿を思い浮かべていた。


 悟空は最初話しかけられた時、なんだこやつはと眉を顰めた。

 悟空とは違い修行服を着崩し胸元をはだけさせていて、まだ若いのに白色が目立つ青色の髪を下ろし、その髪は風に靡き遊ばれていた。ヘラヘラと軽薄そうな笑顔を浮かべ木の上から見下ろしてくる師兄に、当時のまだイキリ尖っていた悟空は睨みを返したのだった。


 そのまま無視する事も出来た悟空だったが、直ぐに考えを改めた。なぜなら、師兄の豆が出来た傷跡だらけの手を見たからだ。この人間は強い。仙人に若くして弟子入りしているのもそうだが、隙が無い。

 悟空は貪欲で勤勉だった。悟空の高い自尊心を抑えて、師兄に向き合い頭を下げた。


『よろしく頼みます』


 悟空の真っ直ぐでギラギラ輝く赤錆色の目に、師兄は光の無い暗く淀んだ目を愉快そうに細めた。


 そんなかつての師兄と、再会した目に光がある楽しそうに日々を過ごす師兄を比べて、複雑だが楽しそうでなによりだと悟空は思ったのだった。

 だけれどやはり思う所もあるが、溜息だけ出して悟空は師兄には伝えず黙っている事にした。



「みんなぁクレープ出来たよぉ〜」


 シュノの声を聞いて悟空とジンは立ち上がり、多くのクレープが置かれたテーブルを見た。ヨナは真千用のクレープを一個持って、ヘビを呼びに水槽へ向かった。

 椅子に座りながら、ジンは言う。


「美味しそう。多いね。山になってる。二個食べてもいい?」

「食べれるならぁ食べていいよぉ。最近カロリー不足だと思うしぃ食べれるなら沢山食べてぇ。夜ご飯は少なめにするけどぉ、全部食べてねぇ?」

「やった分かった頑張る。全部食べる」

「早口ぃ」


 ジンはスマホを取り出して、複数のクレープの山の写真を撮った。ヨナがヘビを連れて戻ってきて、椅子に座る。タオルに巻かれたヘビはテーブルの上に置かれて、クレープの山を見て目をキラキラさせていた。

 イチゴクレープ、バナナクレープ。バナナとイチゴ両方入ったクレープにマンゴークレープ。ガトーショコラが乗ったクレープに、シュガバタークレープと抹茶クレープ。そしてミルクレープ。

 クレープ、クレープ、クレープ。クレープって何だ。ゲシュタルト崩壊中。ジンは考える事を放棄した。


 いただきますを言ったら、各々好きなクレープを取って食べる。サラダクレープも作っていたらしく、ジンは最初にそれを食べた。

 ジンの飲み物は水。悟空はココアで、ヘビと白玉は果物ジュース。シュノは緑茶でヨナはコーラ。


「美味しい」

「良かったぁ」

「生地焼くの大変だった。前よりも綺麗に出来たわ。ほら見て、これが最初のクレープでこっちが最後ら辺の」

「おー綺麗じゃん」

「でしょっ!」


 クレープがおやつになるのは、何度かあった。数年前の初回に比べれば、ヨナのクレープを焼く技術は確実に上がっていると言えよう。

 ヨナの両親やセイミア達用のクレープは冷蔵庫に入れてあるそうなので、今出ているクレープは全部食べるつもりらしい。


 一時間後。沢山あったクレープは、話をしながらだったけれど全部無くなった。皆よく食べる。ヘビは身体中汚れてるし、白玉は口元がベタベタしてる。

 家に帰る前に、洗わないとな。

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