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第14話 5月3週目(下)

 地元の人、しかも常連しか来ないカフェ『龍流』で、店長の『鈴丸』が店員のジオと『草鹿』と常連の『ノア』と『麻緒』に、真剣な面持ちでとある相談事をしていた。それは--。


「常連以外の客が来ない理由に、店名が良くないのではないかとボクは考えているのだが……キミたちはどう思う?」


 店の隅で縮こまり一般的に強面と呼ばれる顔面を情けなくさせている鈴丸の言葉に、カウンターテーブルを拭くジオと、常連しか居ないからとモップ掛けをする草鹿、暇だからとほぼ毎日開店から閉店まで角のテーブルをずっと占領し横になっているノアと、コーヒーだけ頼んで四人席で小説を書く麻緒の四人は、一瞬動きを止めて思った。

 新規どころか常連しか客が来ないのは、店名のせいではないと。


「……店長さん。店名はそのままで大丈夫だと思いますよ。この店に人気が有る無し以前に、店の存在が知られていないと思います」

「ソレ、思った。多分知ってる人居ないヨ。看板もないシ、店の見た目、完全に家だカラネ」

「お店に見えないお店って、結構あるから問題無いと思うよ。でもここにお店が有るって知る機会が無い人には、知られないよね。私、前みんなに聞いたんだけどね、常連さんに教えて貰って知ったってお客さんしかいないよ。そのお客さん達は今や全員常連になっているね」

「……ホームページ作ればいいんじゃない? 無いでしょここ」

「無いんですか?」

「無いみたいだよ」


 上から麻緒、ノア、草鹿、ジオの順で、麻緒が反応してジオが返した。


「ホームページ……。そういえばインターネットには多くのお店がお客さんによって紹介されているけど、うちの常連さんは食べ物とかの写真は撮るけどインターネットに載せたりしないよね……。スマホを持ってる常連さんと写真とか載せるアプリのアカウントを交換しているけど、見た事ないよ」

「オレ、スマホ持ってないヨ」

「買った方がいいですよ。貴方、携帯は何も持ってないですよね?」

「ウン」


 店長は目を白黒させて、ホームページの作成など考えたことが無かったと呟いた。


「ホームページ、ジオが作ろうか? 俺、得意だよ」

「いいのかい? それは有難い。よろしく頼む」

「いいよ。タダで作ってあげる」

「あぁすまない。相場というものを知らないので、後で教えて貰えないだろうか。今月の給料に上乗せしよう」

「店長、俺がタダでいいって言ったの聞こえなかったの?」

「無料だなんて、申し訳ない。--分かった。好きな額を言ってくれ」

「なんでそうなるの!?」


 この後どうしてもお金を払いたい鈴丸とタダでいいと言って聞かないジオの攻防が三十分続いたが、ジオが折れた事で決着が着いた。


「……じゃあ、五千円で」

「本当に? ……麻緒くん」

「個人か企業かで相場は変わってくるので、ジオさんの言った値段でいいと思いますよ」

「なるほど、ならばそうしよう」

「もーう店長、頑固!」


 鈴丸に尋ねられた麻緒は小説を書く手を止めて、ジオと鈴丸を見比べた後にジオの目配せに頷いて、鈴丸を言いくるめた。

 そして話題転換の為に、麻緒は鈴丸へ質問した。


「そういえば前々から思っていたんですけど、この店の経営状況は大丈夫なんですか? 自分みたいなのとか、そこに横になってるのとか居るのでアレなんですけど」

「あぁ。大丈夫だよ。この店はボクの趣味だから、赤字でも問題ないんだ。それに、ここを好いてくれていると分かっているし、ノアもちゃんと支払いしているから好きに過ごしてくれて構わないと思っているんだ」

「……あー。はい。なるほど。ありがとうございます。素敵ですね。それに自分も、小学生の頃とか喫茶店のマスターとか夢見たことありますよ。今は小説家ですけどね」

「ははっありがとう。小説家になって喫茶店で執筆するのも、夢があって心が踊りそうだ」


 麻緒はニッコリ笑って、小説を書く手を動かし始めた。店の隅から動いた鈴丸に、ノアが横になったまま声をかける。


「すずまる、好きだヨ。ちゅ」

「ありがとう、ノア。ボクはこの後本業の仕事があるから草鹿、戸締りを頼む」

「はい。お気をつけて」

「あぁ」


 ノアの投げキッスを笑顔で受け止めた鈴丸は、店の奥へ行って本業用の服へ着替え店を出ていった。店の窓からは駐車場を出る、鈴丸が運転する高そうな車が走行する姿が見えた。


「……店長の本業ってやっぱり」

「しっジオ、しっ! 痛っ!」


 鈴丸の車を窓越しから見ているジオの言葉を、草鹿は止めた。その際、頭のツノを勢い余って壁にぶつけてしまい、その衝撃で別に痛くは無いけど反射で言ってしまった。

 ツノを撫でながら、邪魔だから折ってしまおうかと迷う草鹿であった。



 午後十四時前、カフェ『龍流』のドアが開かれた。訪れたのは四人と、単位があっているか分からないが一匹だった。薄紫色と珊瑚色。若菜色と藍色の髪がそれぞれ揺れ動く。店内に居た店員と常連仲間の二人と挨拶したり、店員の前に立ち止まって軽く世間話を始める者もいた。

 薄紫色の下に隠れていた白色の変な生き物が、テーブルに着いた途端にメニューを掴み広げて、何を頼もうかと吟味し始める。


「若菜」


 朝からずっとここで小説を執筆し続けていた、麻緒が席を離れて話しかけてきた。


「……なんだ」

「お久しぶりです。花見以来ですね。貴方滅多に外に出ないでしょう。会えるとは思いませんでした」

「仙とジンが……」

「……そんな目で見るな。若菜。少しは外には出た方がいい」

「ふふ。今度謙徳が冒険から帰ってきたら、五人で出かけましょうね」

「……外か」


 家に遊びに来るならまだしも外に出かけようと言ってくる麻緒に、若菜は嫌そうな顔をする。そんな若菜を見て、麻緒は仕方ないなぁといった笑顔を浮かべた。


「そうですね。誰かの家にお泊まりも楽しそうです。もう少し話したい気持ちが有りますが、残念ながらまだ今日課したノルマが終わってないので、また後で連絡します。一緒に詳細を考えましょう。……無視しないでくださいね? 無視したら、勝手に決めますから」

「無視しない。ハイキングにまた行かされたら困る……」

「ふふふ。では」


 過去の若菜は幾度も連絡を面倒くさがって話し合いに参加しなかったのだが、ある時冒険が大好きな謙徳によってハイキングさせられる羽目になったので、以降話し合いに参加するようになったのだ。

 ハイキングに決まった時は嫌がらせかと思った若菜だったが、謙徳は嫌がらせをする様な性格ではないので渋々、気分どん底の中で頑張ってハイキングをした若菜だった。


 それからというものよく遊ぶ友達の内、特に麻緒から毎回からかわれ若菜は続けている。その度に若菜の脳裏には、楽しそうな顔でハイキングをしている謙徳が浮かび、苦い気持ちになった。


 麻緒は手を振って自分の席に戻った。ジンと仙は手を振り返したが、若菜は少し唇を尖らせてヘビと一緒にメニューを見ていた。仙はずっとニコニコして若菜の頭を撫でている。若菜は無視を決め込んでいた。


「嬉しいのか」

「うん。お友達と仲良くしてて、可愛いね」

「んー」

「ぴぃー」


 ジンは若菜を可愛いとは思ったことは無いので、そっと目を逸らした。ヘビの声がしたので見てみると、メニューを片手でパンパンと叩きながら、これが食べたいとアピールしている。


「ぴいー!」


 キラキラと目を輝かせるヘビと数秒意味無く見つめ合ったジンは、メニューを奪い何を頼もうか選び始めた。ヘビがメニューの前に来て、ヘビが選んだ品と違う品の写真を叩いた。どうやらそれも食べたいらしいので、ジンは特に今日の気分も無いのでそれを頼むことにした。



 店に来て直ぐシュノはジオに話しかけられ、カウンターで少しお話をしていた。


「そういえば、優さんはぁ?」

「なんか、怪我をしたらしくてしばらく休むって」

「へぇそうなんだぁ」

「どうしたの〜? シュノ、優の事嫌いでしょ?」

「もぉう。好きじゃないだけで、嫌いじゃないよぉ。合わないだけぇ 」

「そう? ふふ」


 カウンターに両手で頬杖をついたジオは、意地悪そうに笑っている。シュノはムッとして顔を逸らした。


「意地悪いわないでったらぁ」

「ごめんごめん」

「でさ、店員は普段何をしてるのかなぁって話で〜」

「あぁ。小さい頃聞いたんだけどぉ、ここら辺の地主してるみたいだよぉ」

「あぁ〜なるほど。厳ついね」

「ねぇ」

「で、仕事は?」

「……流石にそれは……知らないかなぁ」


 ニコニコと会話の後、シュノはジン達が座る席へ向かった。注文して食べて喋る。


「そういえばぁ、ジンが起きる前にぃ巫兎から連絡があったんだけどねぇ」

「うん」

「えっねぇ--」



 --それは今朝の事。

 昨日の帰りが遅くてまだ寝ている悟空とヒモの癖にまだ寝ている弥猫の為に、早起きの巫兎は朝食を作った。朝食を机に並べている時、インターホンが鳴った。

 巫兎は、来訪の予定はないから参拝客だろうと当たりをつけて、玄関へ向かった。


 巫兎は不用心である。周囲に護られているから今まで生きてこられたタイプなので、一人で過ごせばあっという間に死んでしまうだろう。

 結界が張ってあるとはいえ玄関は鍵をかけずに開けっ放しだし、いつもインターホンのモニターを確認せずに玄関へ向かっているのだ。結界があっても自ら引き入れてしまえば、結界の意味を成さなくなる。


 今回もいつも通り玄関を開けると、そこには誰もおらず巫兎は頭を傾げた。辺りを見渡して、何となく下を向くと足元に兎の人形が転がっていた。

 巫兎は不用心である。巫兎は何も疑うこと無くしゃがんで、兎の人形に手を伸ばした。あと少しで触れるという時、境内に大声が響いた。


「触るな!!」


 大声に驚いた巫兎は飛び上がりしりもちをついた。巫兎は間抜け面で声の主を見る。寝ていたはずの悟空が、玄関に繋がる廊下に居た。悟空は大きな飛躍で巫兎の前に降り立ち、巫兎の腕を引っ張って起き上がらせた。

 そして悟空は、兎の人形を睨みつけながら言う。


「弥猫の所へ行け。叩き起すんだ。これは彼奴関連だ」

「う、うんっ」


 巫兎は急いで弥猫の部屋へ行き、眠る弥猫へダイブした。呻く声が下から聞こえたが巫兎は気にせず、弥猫の肩を掴んで揺さぶった。


「……にゃ、なんだよ……」

「悟空が起こせって!!」

「あ? なんだよ……チッあー……お前は部屋に戻って、ジンから貰ったブランケットにでも包まってな。早くどけ」


 巫兎はのそのそと弥猫の上から退けて、悟空の所へ向かう弥猫の背中を不安そうに眺めた。弥猫が言っていた通り部屋に戻って、ジンから貰ったブランケットに頭からすっぽりと包まって部屋で二人を待った。



 悟空は兎の人形を、汚い物を触るように二本の爪の先で掴むと、手水舎の水を汲んで気を混ぜて人形にぶっかけた。頭を掻きながらやって来た弥猫に険しい顔を晒す悟空に、弥猫はゆっくり視線を横にずらした。


「焚く準備をしろ。過去の関係は清算しろと言ったはずだが」

「……ちゃんと清算したさ。ただ諦めが悪い、未練たらしいヤツだったってだけで。俺のせいじゃないね」

「弥猫、俺様に雷を落として欲しいのか?」

「……もう無いようにする。……呪いだろそれ、返しとけよ」

「そのつもりだ」


 最近は巫兎に刺繍やらなんやらやれと言われてそれで少し稼ぐようになった弥猫だが、それが無ければただのヒモ。過去は色んな人達のヒモをして、それはもう褒められる様な生活をしていなかった。

 なのでそのクソみたいな縁によって巫兎に悪いことが起きないように、悟空とジンと偶々居合わせた夕紅と護衛の二人に見届けながら縁を全切りさせられたはずだったのだが。


 どうやらまた縁を結んでしまったらしい。

 人形の贈り主はキモイくらいに弥猫に執着しているようで、今のヒモ先である巫兎に嫉妬して排除しようと呪いを込めた人形を作り贈ってきたそう。

 悟空も弥猫も解呪をしてやる様な性格ではないので、きっと逃亡中の贈り主は呪いを返されてそのまま死ぬ事だろう。


「……ごめんなさい」

「悟空……ほら、こんなに反省してるんだから、ね?」

「巫兎」

「……ほ、ほら! 朝ごはん食べよっ!! 温め直したのにまた冷めちゃうよ……」

「はぁ。」


 人形の焚き上げが終わったあと、巫兎が朝食を温め直している間、正座させられている弥猫は改めて悟空に説教されていた。する必要は無いのに巫兎は弥猫の隣に正座して、耳を垂らして一緒に説教を聞いていた。

 庇うのは失敗したが、説教を終わらせることには成功出来た巫兎であった。


 という話を、シュノは朝食後に電話してきた巫兎から聞いたらしい。


「なるほど」

「弥猫になんで優しいんだ? 巫兎は」

「野良猫が懐いて家猫になった気分、とか?」

「あぁ〜」

「悟空が居てよかった」

「本当にねぇ」


 神社に住み着いてからいろいろ分かるようになった弥猫は直ぐに分かったようだが、マジで才能がない巫兎は兎としての野生の勘も恐ろしい程に鈍いので、二人居なかったら死んでいただろう。


「命を使った呪いは厄介だ。容易く対処出来る者はそうそう居ない。おじいちゃんが死んでから、悟空をそのまま巫兎と住まわせたのは正解だったな」

「こわぁ〜い」

「後で神社行くか」

「俺は帰る」

「おけ」


 三人を尻目に仙はヘビをツンツンと突きながら、ヘビに尋ねる。


「これが日常で消費される会話なの、やっぱり今の時代可笑しいと思うんだけどヘビはどう思う?」

「ぴぃ」

「ははっそっかぁ」


 ヘビは食べる事に夢中だったので、適当に親指を立てて返事をした。仙はヘビの適当すぎる返しに笑みを零した。


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