第13話 5月2週目(上)
「貴方か!」
ジンは困惑していた。白玉と散歩中に早歩きで歩いている人がいるなと思っていたら、その人が目の前に来て肩を掴んで来たからだ。ヘビと白玉が威嚇しているが、お構いなしにジンを掴み見てくるこの人。
この人は一体誰だろう、ジンは何かしてしまったのだろうか。そう一瞬考えたが、この人の後ろの方から桃川の声が聞こえたので、桃川の知り合いで桃川が何か言ったのだろうと予想つけた。
「こら、竜姫! 止めろ!! ジン、ごめんな。ほら、離せよな」
竜姫と呼ばれる人の腕を掴んでジンから引き離し、ジンと竜姫の間に入ってくる桃川。桃川を睨みつけたがすぐ大人しくなると、ジンを見て竜姫は申し訳なさそうに謝ってきた。
「……申し訳なかった。無礼なことをした」
「いいよ。許す。桃川にジンについて何か聞いたのか」
「ありがとう。……そうだ。それでつい先程貴方が目に入いり、一目見て分かった。桃川が話していた人は貴方だろうと。それで勝手に、しかも乱暴に触れてしまった。本当に申し訳ない」
「……うん。--桃川」
桃川から聞いた人を見つけて興奮しての行動だと説明する、竜姫。ジンは別に竜姫の行動は気にしないけれど、桃川が話したジンについての事が気になるので、桃川に設定を求めた。
ヘビと白玉が桃川に、何を言ったんだこの野郎と言いたそうに下から睨みつけている。
「やっほージンちゃん」
「ジンこんにちは」
「こんにちはジンさん」
「お久しぶりですね」
「ちっーす」
「こんにちは!」
すると竜姫の後ろからひょこっと、桃川の部隊の隊員達と沢山のヤジン達が、挨拶や会釈してきた。ジンは理解した、知らないヤジン達は、他の区のヤナシ討伐部のメンバーなのだと。仕事服着てるし。
細道にジンより背が高い人達に囲まれて、急に壁が出来たみたいで邪魔だなと思ったり思わなかったりして、ジンは桃川を見た。桃川は頭をかいて、言う。
「あー……とりあえず、場所変えようぜ。花守の前だし」
「あぁそうしよう」
桃川の言葉に、竜姫が言葉を返す。
そう、ジンが今散歩中に通っていたこの細道は、花守家の前にある細道だった。どうやら桃川達は花守家に用があったらしい。それなのに、ジンも一緒でいいのかと思ったが、桃川がいいと判断したならいいんだろう。
インターホンの近くに居た猿連がインターホンに押すと、インターホンからは朝生の『はーい。今開けるからね』と言う声が聞こえた。
門が開きぞろぞろと中に入っていく。ジンも入ったら玄関の前で待機していた昼育が、ジンを見て驚いていた。
「--あれ、ジンさんもご一緒ですか」
「目の前で会った」
「そうですか。ジンさんなら大歓迎ですよ」
「ありがとう。白玉の散歩途中だったから、白玉は庭に放すよ」
「はい。大丈夫ですよ」
桃川達が上がって行く中、ジンは昼育に一言断ってから白玉のリードを外した。ヘビは白玉とは遊ばずにジンと来るようだ。白玉の背中から移動してジンの肩に乗ってきた。
玄関に入ると桃川達は移動したらしくもう居ない。ジンが中に入ると昼育が扉を閉めた。靴を脱いでスリッパに履き替える。そして廊下を歩き、桃川達が居る部屋を目指す。
昼育はジンの後ろを歩いている。案内しなくてもジンは気配で何処にいるか分かるからだが、それと関係なくいつも昼育はジンの前を歩かない。これが従う者の在り方なのか。ジンは勝手に花守家を彷徨く度に思っている。
「今日はどうしたの」
「今日は日暈様が、未鷺区のヤナシ討伐部隊の皆さんと顔合わせをするんですよ。最近物騒ですから、花守家の守りを強固にするよう言われましてね。とはいっても必要ないと日暈様が仰ったのですが、今回ばかりは上も譲れなかったようです。こちらが折れる形で、犬目区と未鷺区からそれぞれ二名ずつ、数日毎に常駐させることになったんですよ。--ですがその前に、一度全員で顔合わせを、と」
「なるほど。でも、暴れてるのはフィリアだよね? 襲われる心配でもあるの」
「フィリアにはありません。フィリアは皇族を狙う事はありませんから。……これはまだ秘密なので、メディアで出るまでは公にしてはいけませんよ」
「分かった」
「どうやら隣国で管理外のヤジンを数人、確認したようなのです。天然ヤジンは近くに目撃者が居ないと、管理連盟に届けを出さない事がありますから……。理性を失っている状態なら尚更です。そしてそのまま数が増えてもおかしくはありませんからね」
「へぇ。しかも、本人達の意思で人々を襲っているんだ」
「そのようです。それに、ヤナシも心做しか活動が活発に思えるのです。……なにか、確実に始まろうとしています。それ故に、被害が無くとも警戒せざるを得ないのです」
「……地震が起きる前の動物が騒がしいように、何かあるのかな」
「杞憂だといいのですが…」
昼育に気になったから聞いたら、廊下を歩きながら教えてくれた。時々思うのだけれど、昼育以外でもそうだが何故かジンに素直にいろいろ教えてくれる人が多い。
教えてくれた事をわざわざ話したりしないけれど、機密事項は聞いたら心臓がバクバクすることがある。体に良くないよ。ジンの前では皆口が軽くなるの、やめたほうがいいと思う。
広間に着いた。閉じられた障子を昼育が開けてくれた。障子が開くと中に居た皆の視線が、一斉にジンに向けられる。だがジンは、躊躇う事なく中に入る。
広間に居るのは、ここに住む二十人とヤナシ討伐部隊両区合わせて二十人、総数四十人とジンとヘビ。多い。
「--壮観だね。色彩豊かで情報量が多い」
「やあ、ジンちゃん。そこに座るといい」
「なんだか、飛び入りなのに重役出勤した気分になるよ」
「ははっ面白いね。……ジンちゃんならいつだって歓迎するよ」
上座に座るラスボスっぽい日暈と会話するジン。他の皆は、話す事なくただ静かに座っている。日暈に指定された座席は、入口から距離があって日暈に近い。
こういう厳かなタイミングに遭遇した事が無いから、客はこの位置に座っていいのかと考える事で気を紛らわせた。日暈が選んだんだから、ここでいいんだろう。
顔合わせは日暈の言葉から始まり、桃川達から改めて自己紹介をし始める。皆の頭のてっぺんを眺める機会なんてそうそうないので、ジンは途中から面白がっていた。
ジンの表情筋は仕事を放棄しているので、ポーカフェイスは意識するまでもなく出来ている。雰囲気から出てはいたと思うけれど。
自己紹介が終わっても話す事があるらしく、まだ続きそうなので全員を紹介しよう。
ではまず、花守五人兄弟。
長男『花守 日暈』、呪殺が得意な花守家の当主。次男『花守 櫻希』、常時女装している皇居の花結界の核。三男『花守 菊鏡』、日暈の色違いで日暈の影武者。四男『花守 夕紅』、鬼の封印を押し付けられた可哀想な子。五男の『花守 青青』、皆から甘やかされ愛されている姫系末っ子。
次に、花守家に仕えている色藤一族。
日暈に『赤藤 紅貴』と『黒藤 夜彦』。櫻希に『青藤 蒼雅』と『黄藤 金麿』。菊鏡に『橙藤 柑吉』と『白藤 義時』。夕紅に『紫藤 徳雅』と『緑藤 智翠』が護衛兼付き人をしている。
青青には『雛守 懐』と『剣 常日』が護衛兼付き人をしているが、この二人は日暈が個人的に雇っているので、主人は日暈である。
日暈によると色藤一族は全色揃ってるからもう要らないと悩んでいたら、雛守が青青を気に入ったから護衛兼付き人にしてあげたらしい。元々常日は雛守の護衛で、ついでに青青の護衛もしているのだとか。
次に家を守る結界師、菊咲一族。
『菊咲 朝生』、『菊咲 昼育』、『菊咲 散夜』全員関係性は従兄弟。持ち回りで正門と裏門の門番をしているが、鬼門は散夜だけが担当している。
そして日暈と永久雇用契約を結んだ、同居している二人の呪術師。
『対羽 生』と『羽切 天司』。この二人は日暈以外の皆を呪いから守る為に雇っている。皆も呪いに対応出来るが、専門の方が早く呪い返しが出来るらしい。日暈に聞いた。日暈は解呪はしない方針のようだ。
次にヤナシ討伐部隊。
『桃川 吉流』が隊長を務めている犬目区のヤナシ討伐部隊のメンバーは、副隊長に『犬牙 和人』。それから『鳥島 団子郎』、『猿連 備昭』、『山田 春平』、『鈴木 夏彦』、『平川 秋斗』、『清水 冬親』、『橋本 唯信』、『日野 我道』の十名。
そして未鷺区のヤナシ討伐部隊のメンバーは、隊長を『乙海 竜姫』が副隊長を『浦浜 百三』が務めていて、『小亀 泳助』、『花山 彩』、『鳥森 響』、『風林 彼方』、『月木 光留』、『難波 独丸』、『一条 尊寿』、『夢見 寝子』の十名からなっている。
どうやら話し合いは終わったらしい。皆の雰囲気が緩み、今にもいつものように各々が話し出しそうだ。だが、日暈の許可なく勝手に話す者はいない。
ジンと関係無い事だから、興味無さ過ぎて何も覚えていない。花守と護衛の話は、ジンが覚える必要は無いから問題無いか。
なんでここに来たのか忘れかけていたけれど、日暈に話しかけられて思い出した。
「--それで、ジンちゃんは桃川に連れて来られたようだけれど、どうしたのかな?」
「それな。……えっと、……桃川」
「おう!」
竜姫との印象的な初対面を何て説明しようか迷って、一瞬悩んだ末に桃川へ託した。託された桃川は元気に返事して、日暈に説明する。
「竜姫が犬目区に近付くほどヤナシが減っていき、犬目区ではヤナシの目撃者情報すら滅多に無い事が気になっていたんだ。だから俺に心当たりは無いのかとよく尋ねてきていたんだけど、俺はその度に強い子が住んでるからだって答えてたんだよ」
「そうか。続けて」
桃川が途中で話すのをやめて、日暈の様子を伺う。日暈は相槌を打って、続きを話すように促した。ジンは、ヘビの頭を撫でた。
ヘビは大人しくしている事に飽きたのか、畳の上を進み始めた。お前、流石に日暈の前に行くのはやめろ。他の子の所に行きなさい。
「でもヤナシが避けようとするほどの強者なんて、そうそういないだろう? 俺が知る限り、ジー君くらいだよ。他にも探せば居るとは思うけどさ。だから竜姫には嘘だと言って、信じて貰えなかったんだ」
「確かに、そうだね」
「……なんだか複雑な気分」
ジンは、ジー君と同じ場所にいるのか。ジンは素直に驚いた。
世界の支配者のジー君は、蝶人になり死を与える蝶能力を使えるようになった。生き物は誰だってジー君に、死に怯え死から逃げようとする。
だから、ジー君が住まう土地ではヤナシ所か動物自体少ない。なのに一緒に住んでいるジュン君と、たぶん一緒に住んでる反月の生存本能がおかしいんだと思う。
それとも家族パワーで死への恐怖を感じないのか、死に無関心なのか。とりあえず、ジー君は皆に恐怖を与えない為に滅多に外に出ない。引き篭もり生活を余儀なくされている。
「ジンちゃん、強いからねぇ。ジンちゃんは家の前を散歩中だったのかな。それで顔合わせに来た皆と鉢合わせ、桃川の言っていたことが本当だと竜姫は知ったけれど、説明する時間が無くて家に連れてきたと」
「日暈の言う通りだ。ジンに許してもらっているが、本当だったと知った竜姫が、初対面のジンに無礼を働いた」
「……へぇ」
「俺達の仕事が長引いてとはいえ、約束の時間に間に合わず日暈達を待たせてしまっていたから、数分だろうとも更に遅れるのどうかと考えて、ジンだしいいかと俺の勝手な判断で連れて来た。すまない」
「そうだね。桃川、貴殿が勝手に判断していい事ではない。--だが今回は許そう。確かにジンちゃんだからね、大目に見てあげるよ」
解せない。日暈は常々ジンに対して寛容で優しいのだけれど、これはなんなんだろうか。時々日暈と接している時、薄ら寒く感じる事があるよ。
ジンはじーっと日暈を眺めていると、日暈がジンを向いてニッコリと笑った。なので、ジンは頭を傾げておいた。当主やってるから怖いのか、日暈だから怖いのか。
「ちなみに、無礼とは?」
「急に触られて揺さぶられただけ」
「確かに無礼だね。気を付けなさい」
「はい」
日暈の忠告に竜姫が返事をする。
他人に許可なく触れるのは無礼である。これは常識。それが異性、特に女性へなら尚更だ。こんなの小さい頃から教わる。
女性は男性より人体の構造上脆いから、優しく扱わなければならない。女性は一時絶滅していた過去がある。増えてきていはいるが、それでも未だ男性と比べると圧倒的に少ない。
そして増えるかどうかは運でしかないから、また減らないように守る必要がある。
ここは日本全体で見ても人間の女性が多い区だろうから、道を歩いていてもよくすれ違う。けれど、女性が居ない男性だけが住む区の方が圧倒的に多いというか、半分はそうだろう。
だから女性への対応にこの世の中は厳しい。かすり傷ひとつでも負わせてみろ、人を殺したのかってくらい責められる。
つまりは人間の女性が少ないのがいけない。なんで少ないのかって、それは女性狩りのせいだ。ということは過去の人間がいけないんだ。
過去の頭がおかしい人間達は、本当に頭がおかしいとジンは思う。
だって今では当たり前に存在しているヤジンを人工的に生み出そうとして、沢山の人間の命を使ったんだから。




