第2話 ジンはかなり暇。
ジンは不健康になってから自力で起きれた事は、一度も無い。
最初の方は大変だった。起きれず数日経っていた事が何度もあったからだ。その度に見ることになるのは、ママとシュノの目に涙を溜めてでも口元は笑っている、ジンが起きたことに喜んで安堵している顔だった。
ジンの眠りは意識を失うのと同じ。闇しかない深い深い底なしの谷に、沈み続ける様な眠り。底がないから絶壁の崖だろうとも、底を歩いて近付き登ることもできない。
ならばどうして毎日起きれるのか。それは最初、まるで蜘蛛の糸の如く細く不明瞭な光がジンの手に絡まり、魚釣りしてるみたいに釣り上げたのだ。時が経つにつれてその光が太く強く光り輝いて、いつしか人の手に変わった。その手がいつもジンを掴んで引っ張り上げてくれる。この手のおかげでジンは、ここ数年決まった時間内に起きれる。
最近この手もまた変わり初めて、体の様なものも見えて来ている。全てが見えた時、じんを起こしてくれている者の正体が知れるのだろうか。この事は皆には言っていない。皆ジンが自力で起きれていると思っている。ジンはずっと、光が無い闇のそばに生きている。
この手の持ち主は、光の下にジンを連れてきて優しくそれでも力強い声で毎日言うのだ。『起きろ』と。
「ぴっぴっ」
「……ぇ、め。めずらしぃ。お前が、起きているだなんて」
それかジンが部屋の中で転びそうになる時以外は、シュノが起こしに来るまで寝ている寝るのが大好きなヘビが珍しく起きている。ヘビの丸々とした青い目がジンを見た後、窓を向いた。すぐに、とんとんと、カーテンが閉めてある窓をノックする音が聞こえてきた。外に居る者の気配に覚えがある。近所に引っ越してきたばかりの魔法使いだ。引っ越しの挨拶に来て時が初対面。どうやらママの古い友人だったらしく、そのまままママが家に上げた。
最初は疑ったな。魔法は本当にあるのかと。見た目はママよりも若々しく、近所に住む他の知り合いを思い起こす様な、青空色の髪をしていた。魔法を見せてもらって本当だと信じて、それからちょくちょく魔法を教えてもらっている。
魔法で使う魔力は気や妖力と同じ。ただ言い方が違うだけ。気を魔力を使う時に使う術が、違うだけ。でも全く同じじゃ無い。気にだって見た目と同じ様に個体差があるし、種族によってさらに差が広がる。使われている言葉が違えば尚の事、魔法に限らず妖怪の妖術だとかも使うのは難しい。でも、使える様になる。ジンは実際使える様になったし。シュノは器用だけど元々妖力すら扱うのが下手だから、早々に諦めていた。
シュノは蚕の妖怪との半妖。だから、蚕の妖怪固有の力、糸を出して操る事または糸に変えて操る事は得意。気を扱って術を発動するのは、有名なことわざの『針穴に糸を通す』ようなもので、それが出来るなら扱えてもいいはずなのに、謎に下手だ。糸を出すって妖力から糸を作り出す事なのに、不思議なシュノ。
『魔女って本当にいるんだって思ったでしょう?』
『うん』
『うふふ。魔女は少ないわ。そもそも女の子の数が少ないから、周りは男ばっかりよ』
『だろうね』
『ねぇ、私何歳に見える?』
『うわぁ、五十以上』
『あら、狡いわその言い方。シュノちゃんは、何歳だと思う?』
『えぇ〜。じゃああ〜、七十四歳!』
『ざんねーん! 百五十八歳です!』
『誤差だ』
『ジン、百は大きぃよ』
とんとんとんとんとん。いけない、過去の記憶が。ジンが起きている事に近所の魔女ことラズは気付いているのだろう。度々不法侵入をやらかしてその都度シュノにブチギレられていたが、やっと学んでらしい。中に入る許可を貰おうとしているみたいだが、待ちきれないのかノック音がうるさい。窓から来るな。何のための玄関だ。小賢しいことに、ラズが音を結界の外に出さない結界を自身を中心に張っているから、シュノはラズの来訪に気付かない。
「はぁ、ヘビ開けてくれ」
「ぴっ」
ヘビは返事すると、開けるために手がある猿に変身して窓を開けた。ヘビが窓を開け切る前のたった数センチの隙間から、ハムスターに変身したラズが入って来た。待てが出来ないタイプの生き物。ジンのベッドの前に来て変身を解いたラズは、市松人形と同じく綺麗に切り揃えられた髪を揺らしながら、満面の笑みでジンの肩に両手を置いた。
「おはよう! ジン!!」
「ぉはよぅ」
元気一杯な挨拶に返事をすると、ヘビがヘビの姿に戻り何だこいつ。みたいな視線をラズに向けながら、ジンの肩に乗って来た。ヘビがきたから両手を退かしたラズは、ヘビを見ながら両手を上げ、一歩下がった。どうやら、ヘビの方が上らしい。
「……なにか、よう?」
「そうそう! この前、ドラゴンの肉食べてみたいって言ってたでしょー? 取り寄せたの! 食べてね。ほら見てー、ドラゴンの肉ー!」
この前、異世界ファンタジーアニメを見ている時に赤いドラゴンが出ていて、食べてみたいと溢した独り言を不本侵入しやがったラズに聞かれたんだ。
『現実にもいるよと言って取り寄せようか? 人が食べる用は無いけど、家畜用なら売ってたはず。人が食べても問題ないよ。実際に食べてる物好きな魔法使いを知ってるしね』
『…‥ヘビ』
『ぴっ!』
『ああああー!! こら! 何度言われれば不法侵入を止めるなよ!?』
『あ、やべ。じゃ、またね! 時間はかかるけど取り寄せてみるー!』
不本侵入して勝手に話を進めてさっと逃げ帰って行った、あの日。ヘビに呼んでもらったぷんぷんしてるシュノの機嫌を取りながら、また家の結界を強化しようと思ったんだ。ラズは結界を破らず侵入する事が得意らしく、ジンの結界をいとも容易く侵入してみせる。どれほどの恐れ警戒すべき存在か、シュノはいまいち理解できていない。
ジンは結界を張る事は大の得意だし、ジンの張った結界に欠点は無い。ラズが侵入してくるせいで、ジンの結界の技術は結界を張る専門よりも高く、専門でもジンの結界を解く事が出来ない。なのに、ラズは結界を解く破るよりも難しい、結界を残したまま侵入を何度もしてくれる。ジンの高いわけじゃないプライドが、珍しく怒り炎のように燃え盛っている。だが、そんなラズが一歩引くヘビはジンの予想よりも強いのらしい。ラズが結界に特化したスペシャリストなだけかもしれないが、ヘビの実力はジンは把握出来ていないから、ヘビがジンの味方で良かったとだけラズが侵入してくる度に思う。
「おぉー。肉だ。赤いドラゴン?」
「そうよ。ちゃんと赤いドラゴン」
「ありがとう」
「どういたしまして。あとね」
「……まだあるの?」
「うふふっそうよ! じゃじゃーんっこれ何か分かる?」
キラキラどころかギラギラとエフェクトがかかりそうな程にやかましい顔面に、寝起きにラズはキツイと思った。元気の塊がすぎる。
ラズは魔法で中を拡張した鞄の中から、この前のさらに前の不本侵入で足元に転がっていたジンの錫杖を壊しやがったのだ。床に転がしていたのはジンなので、ちゃんと片付けていればよかった話なのだが、まあ壊したラズが悪いと思う事にした。
「ちゃんと直したのよ」
「……改造した?」
「えへ、バレた? これ、ジンが使う術を邪魔しないけど、魔法使いの杖の役割ができるようにしたのよ! すごいでしょ!!」
「へぇ。すごい、ありがとう」
「どういたしまして」
ドヤ顔がうざいな。何故ジンの許可無く改造しているのか。魔法使うなら杖があった方が調節しやすいから欲しかったと言えば欲しかった。錫杖は仕方ないとして、スマホと家の鍵と多少のお金以外をわざわざ持つのは面倒だったから、正直ありがたくは思う。鞄とか持たない手ぶら派だから。前にラズに愚痴ったのを覚えている。覚えていてくれたのだろう。だとしても許可は必要だアホが。
本当に、ラズはこの手のことが得意なようだ。力の個性をそのままに反発し合う筈の別々の力を違和感なく共存させる、ジンでもジンの気の個性を出来る限り消してやっと出来ることなのに。違うか、ラズは個性を消す事が出来ないからこれが出来るようになったんだ。だからって侵入してくるなよな。
「じゃあ、私の用事はこれだけ。またね!」
「うん。またね」
「ヘビもー」
「ぴいいいいいいい」
「あはは、ばぁい。あ、これ詫びね」
ヘビに威嚇されたラズは、ジンをいつもの服に魔法で着替えさせてから瞬間移動して消えた。仕方ないから、ジンはラズの来訪を伝えたらぷんぷんするであろうシュノにラズの擁護をしてあげようと思った。ジンは着替える魔法を使えるようになりたいのだ。次来たら教えてもらおうと思う。ラズが来たから、もうすっかり目が覚めた。
「ごはん……ヘビ、お前はどうする」
「ぴっぴっ」
どうやらヘビもご飯を食べるらしい。貰ったドラゴンの肉もシュノに渡さなくては。
シュノは気を扱う事が下手だ。でも気を感知する事は下手じゃない。リビングに来たジンに纏わりつく不本侵入を繰り返す忌々しい魔女の魔力、ジンの手に持たれている謎の肉にもう起きているヘビ。シュノは全てを察して、額に青筋が浮かんだ。それを見たジンとヘビは目を逸らし、謎の肉を差し出して言う。
「ドラゴンの肉。貰った。 窓からだったけどちゃんと許可を得てから中に入ったよ」
「……ジン、そう言う問題じゃないの」
「はい」
いつものちょっと間伸びした話し方はどうした、シュノよ。ヘビはジンの袖の中に隠れて、お腹が空いたジンは何事もないように取り繕って椅子に座った。今日もご飯が美味しかった。ドラゴンの肉は後日、ビーフシチューならぬドラゴンシチューになった。美味しかった。
凶悪事件の犯人を二人同時に捕まえてから、早一ヶ月。二月下旬まだまだ寒い日、こんな日に雨が降ったら最悪だろう。雨が降ると寒いのにもっと寒くなるから。すっかり目が覚めて、どうやらいつもより元気だったジンは、いつもより調子がいい事に気付いたシュノに誘われて買い物に行く事になった。近場なら一緒によく行くが、今回は電車に乗るらしくちょっと遠いらしい。
ガタンゴトンと揺れる電車に乗りながら、ヘビをそのまま外に出したら問題なのでヘビには装飾品、今回は腕輪に変身してもらった。「それぇヘビじゃないからぁ、大丈夫でしょ」とシュノが言うがヘビはヘビである。ヘビに教えてもらったがヘビの一番得意な術は変化の術らしく、いろんなものに変身してジンの手伝いをよくしてくれる。装飾品に変化するのが一番好きなのだと言っていた。ジン達の家がある地域は空は晴れていたが、電車が目的地に近づく度に雲が増えていく。あれは雨雲。
電車が駅に着いて降りると、外は少し暗い。空は全部雲に覆われていた。駅から数分、シュノの後ろに着いて行って、着いた先は布とか売ってる店だった。
「売り物を作るの?」
「そぉう。あと、ヨナの服作るのぉ」
「そうか」
買い物はそんなに時間がかからずにあっという間に終わった。買うものをあらかじめ決めてあったらしい。
「他は見ないの?」
「うん。家に材料まだあるしぃ、最近沢山買ったばかりだからこれ以上はぁ。くっ可愛いの沢山あった。誘惑がいっぱいだよぉ」
「我慢するのか」
「そうっ!買ってもぉちゃんと全部使うっちゃ使うんだけど、欲しいと思って買いまくっちゃったら、消費スピードが間に合わなくなる」
「そーか」
話の最後の方はシュノの笑顔が真顔に変わっていった。切実な問題らしい。
その後も数件回って、おやつの時間になった。買い物が終わったから駅構内にある店で帰る前のおやつ休憩をしていると、どうやら雨が降り始めたらしい。濡れた傘を持って歩く人がちらほら増え始めた。
「寒いのに、アイスぅ?もぉ〜う。体冷えちゃうよ、ジン体温低いのに。おやつは冷たいもののイメージがあるのは分かるけどさぁ」
「おいしい。食べる?」
「食べる。私のも食べていいよぉ」
シュノが頼んだのはパンケーキ。あったかい。甘い。ヘビは本当にパンケーキが好きだな。嬉しそうだ。シュノも外を見て雨が降っている事に気が付いたらしい。ジンはスマホを取り出して近所に住む引きこもりの友達に、雨が降っているか確認した。シュノは準備がいいから折り畳み傘を持ってきているが、買い物をしたばかりで荷物が多い。雨の中を歩くのは面倒だろう。
「雨、晴らすか」
「い〜い?おねがぁい」
「うん」
「晴れてたのにねぇ。家の方も降っちゃったかぁ」
「みたい」
ジンは一旦アイスを食べるのを止めて、願う。を晴らす時は左手を開いて外ならそのまま上に上げる。雨が晴れますように。と、思いながら。別に慣れた今ならこんな事しなくても晴らす事は出来るけど、これで慣れてしまったから今も辞めることなくそうしている。
手のひらからキラキラ光が溢れて昇り、消えていった。ここが外ならば、ジンの手のひらに雨が晴れれば日差しが一番に届く。店内だからわからないけど、もう晴れた事だろう。ジンは食べることを再開した。
ジンは知らない。ジンの一体何を消費して雨を晴らしているのか。ジンがいつも使っている気とは少し違う。でもちゃんとジンのモノなのは分かる。これを少し消費するだけで、天候を操れるだなんてジンは不思議に思うが、天候を操れると知った皆も結局ジンさえも『ジンだから』で終わらせる。ジンでも思う。ジンなら出来そうだし。
「雨、晴れたね」
「そうだね、良かった。傘持ってないし」
おやつを食べ終えて電車を待つホームで、近くの人が話している。ここから見える空は大きな雲を残しつつも、青空を覗かせていた。
「あれ、虹じゃない?」
「本当だ!」
「綺麗だね」
動く電車の中で、近くの親子が話している声が聞こえた。窓の外雲が減った空に、大きな半円の虹が掛かっていた。ジンが雨を晴らすといつもこうなる。ジンは虹が好きだから、晴らす度に見れて嬉しい。流石に雨の度に晴らしてはいないけど、晴らしたくなる。雨よりも晴れの方が好きだし。
まだ最寄り駅までは十分以上ある。暇だからシュノと話す事にする。
「ヨナに何の服作るの」
「んっとねぇ、ゴスロリ」
「ふええ、そうか」
「似合うと思わない?」
「ヨナに頼まれたの? 似合うんじゃない」
「ううん。似合うと思うから勝手にぃ作るの」
「そうかぁ。いいんじゃね」
シュノがジンの右腕と腕を組んで肩に頭を乗せてくるので、左手でスマホを扱うのが下手な右利きのジンはぼーっと外を眺める事にした。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。窓の外の景色があっという間に変わっていく。人が少なめの車両を選んだから、人に遮られる事なく外が見える。空も夕焼け模様になってまだ二月だからすぐに夜空になってしまう事だろう。
最寄りに着いて、家までの道を歩く。地面には小さな水溜まりが何個もあったがクロックスだからと避ける事なく踏んで、草木には水滴が付いたままで下を歩いていると落ちてきた。帰り道、シュノと他愛もない話をして時々元に戻ったヘビも返事をして、家の前。シュノがドアを開けて先に入る。そして振り返り、笑顔を浮かべて口を開く。
「おかえりなさいジン、ヘビ。」
「ただいま」
「ぴぃ」
今日は、早く寝よう。
闇の中でも輝きつづける暖かい光の手に、今日もジンは起こしてもらった。
体を起こしてでも立つのはまだ難しいから、全身に気を巡らせながらゆっくり体をほぐす。壁に手を添えて立ち上がり、寝そうになるのを耐えながら服を着替えて、顔を洗いに洗面所へ行く。
ヨナにゴスロリコーデをさせる為に布を買いに行ったシュノはその日から服を作るので忙しく、最近のジンのご飯は作り置きである。いつも作り置きにすればいいと言っても、シュノの拘りから沢山時間がかかるわけじゃないから作ると言って聞かない。出来立てを食べて欲しいらしい。ありがたいけど、大変だろうに。ジンが自分で作ると言うと、台所にシュノが唯一出来る繭のような結界を張って立て篭もるので、ジンは未だに料理が不得意だ。それに、小さい頃からシュノがジンのご飯を作ると言って聞かないのだ。
今日で二週間になる。糸を操るシュノは依頼の服を作るのに費やす時間はどんな服であっても一週間だけだった。でも趣味なら拘りを追求し続けられるから、長くて一ヶ月かかる。シュノは足し算より引き算、機能的だがシルエット重視でシンプルイズベストに重きを置いている。隠しポケットが沢山あるから、鞄を持たない手ぶら派のジンは嬉しい。
未だ眠るヘビを掴んでリビングへ行ってソファにヘビを置いたら、冷凍庫にある料理を取り出す。シュノは見た目を重視して沢山の小皿を使いたがる。けどジンは食べれればいいので一皿に全部乗せる。ラップをしてレンジで解凍。時間なんて適当でもどうにかなる。うちの電子レンジは七百ワットがあるから、たぶん一分半でいけるはずだ。する事ないからレンジを眺める。ピーピーと鳴って指で触って確認する。
「ぁっつ」
熱かった。手を袖の中にしまい皿を持つが、それでもちょっと熱い。手持ち扇風機を準備して冷ますことにする。そうだ忘れていた、ヘビのご飯も準備しなくちゃいけない。ヘビはパンケーキが好きなので、シュノが小さなパンケーキを沢山焼いてくれている。冷蔵庫に入っていたパンケーキを、レンジで温める。七百ワットのままでいい。三十秒でいいと思うからそうする。確認の為に一枚食べたら、丁度よかった。
「……」
「……」
ヘビが口を開けてジンを見ていた。効果音を付けるなら、ガーン!! だろうか。勝手に食べてしまったので、ヘビに手招きをして何をかけるかと問う。睨みつけながらゆっくり近寄って来たヘビが目を輝かせて地面を張っていたのに、びゅーんと飛んでジンに突っ込んできた。そのまま肩に乗って、パンケーキにかける物を決めてもっともっとかけて! と何度も催促してくる。もう沢山かけてるだろう。シュノはかけ過ぎはダメ! といつも言うので、ヘビはいつもちょっと残念そうだった。
「シュノには秘密だよ」
「ぴっ!」
つい小声になってしまったが、ヘビのパンケーキもテーブルに運び多少の熱さも水で流そうと決めてご飯を食べ始めた。日課ランニングマシーンでの走りを終えた白玉がリビングに来て、ヘビのパンケーキを見て呆れた視線をジン達に向けてきた。仕方ないだろう。
白玉はテレビの前に移動して、テレビの電源を入れてニュースを見始めた。白玉はバラエティ番組よりもニュースが好きで、ニュースよりも月九が好きだ。毎週月曜日はシュノとママと一緒に見てる。ジンとヘビのはスマホでアニメ見てる。ヘビは昼ドラが好きらしく、昼頃はいつも白玉とテレビのリモコンを取り合っていて、今のところ勝敗は半々だ。
食べ終わってお皿を洗い、証拠隠滅成功。シュノの作業部屋に行って、声をかける。
「シュノ、おはよう。ご飯食べた」
「おはよぉう!」
ジンの声を聞いたシュノはドアを開けて挨拶をした。今日神社に行って御守り作りをする日だから、シュノに伝える。
「今日は御守りを作るから神社に行く。十六時には帰る」
「わかったぁ。白玉はぁ、一緒に行くの?」
「……行くみたいだ」
シュノが下を見たので下を見ると、尻尾を振りリードを加えてお座りをする白玉がいた。もふもふ足に触れてたからいたのは分かっていたが、着いてくる気だったのか。別に構わないし玄関へ移動しながら、シュノと話す。
「どう? そろそろ完成しそう?」
「うん! 今日で終わりそぉ」
「明日、ヨナたぶん暇だろうからぁ来てもらう!」
「暇だといいね。暇だろうけど」
クロックスを履いて、リードを手に持ちドアを開ける。シュノの方は振り返って。
「行ってきます」
「行ってらっしゃぁい。みんなぁ気をつけてね」
「うん」
「ぴっ」
「わん!」
わざわざ玄関まで来て、シュノは見送りをする。ジンに「行ってらっしゃい」を言いたいらしい。二人で外に出ていても先に中に入って「おかえり」を言う。ジンに「おかえり」を言いたいし、ジンに「ただいま」を言われたいんだそうだ。シュノが毎回嬉しそうにするから、玄関まで来なくていいのにとは思うが言えない。心に仕舞っておこう。
白玉のリードを持って、今日は日差しが強くてぽかぽか暖かい。影が強めに出ているから、なるべく日陰の下を歩いて神社へ向かう。神社は家から遠くなくて、徒歩十分くらいで着く。ジンは一人で歩く時は、歩くのが遅いから二十分かかる。誰かと歩く時は早く歩くように意識している。今のジンにとったの早くは、健康の頃のジンの当たり前の速度だけど。
白玉に乗れば直ぐに到着するけど、運動はしないといけない。引きこもりの友達と違って外に出る回数は多いが、それでもジンは不健康のせいで筋力も低下して寝てる時間も多く、シュノはいつもだけどヨナも悟空もジンといる時はジンの世話を焼くから、あまり動かない。だからなるべく外に出て体を動かして、日の光も浴びないといけない。庭に出ればいい話だけど、庭だとやる気出ないわ。ランニングマシーンは白玉が独占してるし。白玉と散歩は除外する。白玉は走りたいのであって、散歩したいわけじゃないから。
今日は神社に行くから着いて行こうとしてるんだろう、神社は空気が澄んでいるし境内に住む巫女に美味しい餌も貰えるしな。
境内に住む巫女は、気の使い方とか術とか教えてくれた師匠ポジに収まる神主だったお爺ちゃんの孫だ。お爺ちゃんは人間だけど婿が兎獣人だった。ジンの成人式を見るまでは死ねないとか言って、成人式の数日後に寿命で死んだお爺ちゃん。初めて会った時既に百歳を超えていて、ジンと丁度百歳差だった百二十歳まで生きた人間にしては長生きなお爺ちゃんだった。
孫の巫女は兎獣人と人間との混血で、うさ耳が生えてる。神に使える兎に相応しい、白兎だ。
神社へ続く急で一段一段が大きい階段を登って、じゃりじゃり地面を鳴らして鳥居をくぐる。手洗って、それで次は略。四足歩行の畜生をしている白玉には頭から水かけてやった。リードを纏めて首輪に引っ掛けて境内を好きに走り回る姿を巫女が住んでいる家の壁に寄りかかり見ていたら、家の中から足音が近寄って来た。壁の近くにあったカーテンが開いて、うさ耳を持った巫女がジンの姿を確認している。ジンは視線を白玉に戻し、巫女がドアを開けるのを待った。インターホンが壊れているのに、さっさと直せと何度も言っているのに直さないのがいけない。
ガラガラと音を立てながら横開きのドアが開いた。
「もう! スマホがあるんだから連絡してくれてもいいでしょ!」
「気配で気付け」
「むむっジンみたく気配に鋭くないの! みとちゃん先輩には優しくしてよねっ」
耳を揺らしながら腰に手を当てて怒ってるアピールをする自称先輩、自分は姉弟子だと言い張るこのうさ耳巫女は、霊感が全くない零感で何もわからない。獣人の遺伝子のお陰で人間より気配を感じ取れるだけで、獣人の中だと感じ取れる気配も微弱。個を判断することも出来ない。はっきり言って、うさ耳巫女の巫兎は弱い。たった一年早く生まれただけ、お爺ちゃんの孫だっただけで先輩面してくる。『みとちゃん先輩』って呼んでとうるさいし。なんで『ちゃん』も付けないといけないのか。
「おーい! 白玉! 餌!!」
「わんわん!」
白玉と暮らし始めて、巫兎に知られてしまった日からずっと巫兎は白玉に餌付けをしてる。白玉は巫兎から貰う餌にハマり、神社に行く時はほぼ毎回ついてくる。ジンが神社に行く事を伝えずに行くと、白玉は拗ねるし巫兎も拗ねる。帰る時に餌を持たせてくるから、白玉の機嫌は餌を見た途端に上機嫌になる。まんまと餌付けされて、シュノに太ったと言われても知らないんだから。巫兎は、妹弟子の子分なら可愛がってあげないとね! と言っていたのだが、白玉はお前より強い。巫兎は気付いてない。弱いから。
白玉の足を拭いて、家の中に入る。御守りを作ると言っても形は既に巫兎と居候の野良猫が作っていて、ジンがするのはそれぞれの御守りに合った祈りをするだけ。一つ一つ手に取って、調節しながら祈りを込める。ジンが本気でやったら逆に不幸になったりするから、調節しないといけない。人には人に合った受け箱がある。どんなものでも、過ぎてしまえば悪い事しか起きない。ジンが手伝うようになってから、この神社の御守りは効果があると有名になって県外から来る人が増えた。地元の小さな神社。元旦から数週間だけ地元の人が沢山来てそれ以外では、ほとんど人を見かけない神社だったのに。お賽銭が増えたと巫兎や氏子達が喜んでいたな。
あぁ、そうだ。
「悟空はどう?」
「寝てるわ。来週には起きるでしょう」
「そう」
悟空。悟空も本調子じゃないし、一ヶ月に一度は必ず何日もの纏まった時間、睡眠が必要な状態になってしまっている。寝るタイミングは、強い睡魔が襲って来た時。ただ寝るのと少し違うんだらしい。悟空はほぼ毎日ジンに会いに来るが、時々神の依頼を受けて会いに来れない時がある。その度に悟空は顔を顰めて「俺様に雑用を押し付けるとは。下界に降りて来てみろ殴ってやる」と言わんばかりに天を睨みつけてるのが常。最近は神からの依頼が増えていて、依頼の内容を聞くと本当に雑用だった。あれを取って来て納めろだとか、あの寺の住職に伝言を伝えてこいだとか。悟空によると最近の雑用の多さは、ただの嫌がらせらしい。悟空は神に嫌われているのか。
『違う。羨ましいんだあの愚か者共は』
『羨ましい?』
『あぁ。醜い嫉妬だな』
何にと問おうにも、ジンは知らなくていいと言って教えてくれない。それでも気になると言うと、頭を撫でて笑って誤魔化す。
『神なんかに興味を持つな』
『神が嫌いか』
『ジンも好ましく思ってはいないだろう』
『そうだけど。無茶振りが過ぎるし』
雑用が多い依頼、ジンが健康の時にはジンにもあったが、不健康になってからは一切無い。過去に施した封印が解けそうだから掛け直してこいだとか、あぁ嘘をついた。昨年は経文を天竺から取ってこいって依頼されたんだった。旅行見たくて楽しくて依頼だと言う事を忘れていた。他にもいろいろあるけど、ほぼ毎回距離が遠いしジンの力を過信していないかと思えるような依頼ばかりだった。今なら簡単に出来ても昨年は例外だとして当時は十五歳よりも下の子供。しかもただお爺ちゃんの気まぐれで、ジン的には暇潰しの遊びとして修行していだけで、出家してないし巫女でもないのに何故ジンにと心の中でよく文句を垂れたものだ。まあ、ジンだからなんだろう。ジンは強いし。危ない事は多々あったけど、失敗した事ないしな。
悟空は言明を避けたけど、悟空は神が嫌いだ。
嫌がらせが終われば、悟空はまた毎日会いに来てくれるのだろうか。ジンは悟空に会えないと寂しい。悟空は雑用をジンに手伝わせてはくれないから、悟空に嫌がらせをする神への好感度はずっと下がりっぱなしだ。元々高くはなかったけど。このままだとマイナスになる日は近いかもな。神に願ってみようか。悟空とこれ以上会えない歯が生えたら嫌いになるから、雑用を押し付けるのはやめろと。悟空はジンが八歳の頃にお爺ちゃんが紹介して出会った、ジンの遊び相手でありジンの保護者ポジだった。それからずっと一緒だったのに、毎日顔を合わせていたのに。
やめだやめ。さて、そろそろ現実逃避はやめよう。別に御守りの多さから目を背けるために悟空のことを考えたわけじゃないぞ。
御守りは正月しか売ってなかったけど、求める人が増えたから正月以外でも買えるようにした結果、量が多い。年々増えてる。今は十三時。十六時に帰るとシュノに言ってしまったから、早く終わらさなければ。三時間で終わるかな、これ。否、終わらせるのだ。
結果から言うと、終わった。時計は十五時五十九分を示している。疲れたジンの足だと行きよりも時間がかかること間違いなしだ。だが大丈夫。白玉がいる。
「白玉」
「わん」
外へ出て大きくなった白玉の背に乗る。疲れた。シュノに今から帰ると連絡を入れる。
「またねー!毎日来てくれても良いのよ!」
「毎日は来ない。階段がだるい。またね」
白玉が浮く。どんどん小さくなっていく手を振り続けている巫兎に手を振って、家に帰った。白玉に乗ればあっという間に家だ。今日は家の鍵を持って出なかったからインタホーンを押そうとしたけど、待機していたらしいシュノがドアを開けた。シュノは巫兎と違って気配を探り個を判定する事が得意だから、ジンが帰って来たと気付いたんだ。
「おかえり、ジン。ヘビと白玉も」
「ぴ」
「わーん」
今日はもうご飯食べてお風呂入って寝るだけだ。明日は何も予定ないから、ゆっくりしよう。そうしよう。シュノはヨナにかかりっきりだろうし、アニメでも見返そうかな。
次の日は、シュノに引き摺られて連れてこられたヨナが完成したゴスロリの服を着せられていて、とても似合っていた。赤と黒ってやっぱり良い組み合わせだよね。ヨナはシュノの着せ替え人形になるのは慣れたものだったから、着せ替え人形デビューした日と違ってとても楽しそうである。可愛いしね。メイクを施され写真撮影をし、顔が写っていない写真をシュノの仕事用ホームページに載せていた。ゴスロリも依頼が入りそうだね。
『起きろ』
真っ白だった光の中に、金色が見えた気がした。
十時四分。枕元に置いてあるスマホで時間を確認した。ジンは数ヶ月前からずっと十時五分以内に起きている。ジンを起こしてくれる存在の全身が見えるようになったら、ジンはもっと早く起きれるようになるのだろうか。そんな事を考えながら、ジンは支度を始めた。今日の予定は、特に決まってない。だから近所の引きこもりの友達の家に、遊びに行くことにした。
友達のことを考えて思い起こすのは、友達の名前と同じ若菜色の髪の毛。メールでの連絡は高頻度でしているけど、会うのは去年の十二月ぶりになる。スマホで『遊びに行く』と送れば、直ぐに既読がついて『分かった』と返事が返ってくる。
あの子の寒がりが少しでも良くなっただろうか、夏でも冬服を着てマフラーも耳当ても手袋も欠かさない極度の冷え性。原因は分かっていても、あの子はまだ囚われている。
今日はついでに、マフラーにかけた暖かくなるおまじないをかけ直してあげようと、ジンは思った。




