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第1話 ジンは朝ごはんが食べたい。

前書きってなんですか。

一話を公開して二日経ちました。誤字が酷かったので、加筆修正しました。


『昔々、これはまだ今の文明が生まれる何文明も前の話。世界を支配するのは全ての種族の頂点に君臨していた、黄金鳥。黄金鳥は全身が黄金で出来ていて、また黄金を生み出すことが出来た。黄金鳥が生み出す黄金は空に浮き、黄金鳥が住まう黄金で出来た浮島は、陸に大きな影を落とした。地上に生きるのは植物だけ。地上の生き物は全てその黄金の浮島に、黄金鳥の……』


 灰色だった世界がゆっくりと色づいていく。その世界の中で紫色の髪に金色の目をした男の人が、寝物語を子供に聞かせている。話している寝物語は有名な黄金鳥の童話だった。まだ話し始めたばかりだというのに、子供の瞼が落ちそうになっている。頑張って目を開け、閉じそうになること数回、話していた男の人がそんな子供の様子に気付き、話すのを止めて子供頭を撫でる。

 子供は思う、この人は誰だろうと。見覚えがあると記憶を探ろうとするが、睡魔に抗えない。子供は気付く。自分の手が小さくなっていることに。ああそうか、これは夢なのだと子供は理解した。睡魔に身をゆだねた頭を撫でる男の人と同じ紫色の髪と金色の目を持つ子供は、深い眠りの中へ落ちていった。

 これは幾度も子供に忘れられてしまった、夢の話。



 午前八時過ぎの人通りが多い街中で、爆発音が轟いだ。周囲の建物のガラスは割れて人々の頭上へ降り注ぎ、怪我人を増やしていく。それでも遠くから避難せず眺めている者たちが数多く居た。その内の一人は考える。一体何が爆発したのだろうと。

 悲しきかな、爆発などこの国では一週間に一度大小の差はあれど頻繁に起こる。今回は大きな爆発だったと通勤通学する者達は直ぐに頭の片隅に追いやり、歩みを止めることなく目的地へ進む。消防や救急車のサイレンが聞こえてくると、他の人々は気持ちを切り替えていつもの日常を煙を背景に再開する。


 歩く度に揺れる尻尾、音を感知してピコピコ動く頭上の耳や、一月なのに日傘を指して角が当たてしまい顔を顰める顔、体調が悪いだとか幸せかどうかを観察するにはちょうどいい、人間観察が趣味な人にはもってこいな街中で、観察する人や様子を伺っている周囲の人々に恐怖を与える存在が居た。


 爆発した場所からナニカが外へ顔を出した。そのナニカを認識した人々は悲鳴を上げて全力で走り始める。遠くで眺めていたい者達も日常に戻っていた者達も、急いでその場から離れる。獣の特徴を持たない見ず知らずの人間を見捨てることなく抱えて、人間よりも足が早い獣人達は逃げた。

 爆発だけなら何も問題はなかった。そこから離れればいいだけだから。でも、ナニカが居るなら話は別。ナニカは高い知能を持ちこの世の生き物全てを食料として見ている為、獲物を捉えると追いかけてくるのだ。何処までも、何処までも。ナニカは諦めるということを知っているが、諦めるということをしない。諦めるまでもなく必ず仕留められるほどの、速さと力を持っているからだ。


 そんなナニカを人類は『ヤナシ』と名付けた。種族名ヤナシ、ヤナシの存在が人間に認識された時、いろいろあって世界全体が疲弊していた為名付けは本当に適当だった。ちなみに名付けたのは日本人だった。


 そんなヤナシが出てきた。まぁそれだけではなく人の片腕を口に咥えていたのだから、ヤナシでなくとも怖いだろう。戦えないなら、ヤナシ討伐を専門とする機関の者達が来るまで、人々は自力で生き残るしかない。どれだけ死ぬのか、そもそもなぜこんな街中にヤナシが居るのか。可哀想に。居合わせてしまった人々は、理由を知ることが出来ずに死んでいくのだ。

 残念なことにこれもまた、爆発と同じくよくある体験したくない日常のうちの一つだった。



 午前九時。爆発が起こり爆発した建物の中からヤナシが出てきて、そのヤナシが討伐部隊との戦闘中に逃走したから気を付けるようにと、リビングに響くテレビのニュースキャスターの言葉をBGMに、午前九時という早い時間からお昼ご飯を作っている珊瑚色の髪を後ろでお団子に纏めた、人間とは違う尖った耳を持つ女性が居る。

 彼女の名前は『悟能 朱猪』。読み方は『ゴノウ シュノ』。シュノは起きるのが遅い一緒に暮らしている従姉妹の為に、この時間からお昼ご飯を作っている。楽では無いが、夕ご飯も一緒に作るから面倒ではない。時間が掛かるのはシュノのこだわりを優先した結果でもあるわけから。従姉妹の名前は『江流 陳』。読み方は『コウリュウ ジン』。ジンは、この作品の主人公である。


 ジンは十五歳の頃にいろいろあって健康を損ない不健康になったので、健康体の時よりも常に臓器の機能が低下している。

 ジンが起きるのは毎日十時から十一時の間。毎日遅いけどお昼ご飯には間に合うように起きようと、ジンは頑張っているけどジンは朝に起きれない。いろいろある前は毎日六時に起きていたのに、今ではその時間に起きることができなくなってしまった。だから毎日朝ごはんが食べれない。二食だけ。一度の食事で食べられる量も減った。だからジンは十五歳の頃よりも痩せてしまった。でも骨格がストレートと呼ばれる形のお陰で、見た目だけでは分かりにくい。見た目からの情報は実際の数値よりも優先されることが多いから、ジンは自分の体に感謝している。家族や友達にこれ以上の心配させたくないのだ。

 そんなジンの為に、シュノは料理をしてくれている。柔らかく消化しやすいように、栄養を取れて沢山食べれるように。毎日毎日、手間隙かけて。毎日料理をするシュノの緑色の目には、いつも愛情が浮かんでいる。


 ジンとシュノの暮らす家にはもう一人暮らす人がいる。家主であるジンの母親だ。彼女は二人を育てるために、朝から晩まで働いている。二人は今二十二歳で、今年二十三歳になる。ジンは体調の問題で大学に行かなかったが、シュノは短大を卒業している。シュノの大学費用も彼女がお金を出した。シュノの両親が亡くなって彼女が引き取り、実の娘ではないのに実の娘のジンと同じように愛し大事にしている、とても立派で尊敬に値する大人だ。

 朝ご飯はは彼女が作り、残りはシュノ。家事は二人で分担している。ジンは時々洗濯物を畳む手伝いだけする。


 そんな彼女は珍しく平日なのに仕事は行かず、家にいる。今日の日付である一月二十二日は、彼女の夫でありジンの父親の命日だからだ。ジンは体調の問題で墓参りは出来ないし、そもそも父親が亡くなったのはジンが四歳の頃。しかも高熱を出した日だったため、ジンは父親のことを覚えていない。墓地は車で三十分圏内にあるとはいえその後は仕事へ向かうし、覚えていないジンに強制させる訳には行かないと、ジンが行きたいと言った時だけ連れていくことにしている。

 午前十時。彼女は準備を終えて家を出る。


「それじゃあ、私はもう行くわ。シュノちゃんジンをよろしくね」

「はぁい! おばさん、行ってらっしゃい!」


 料理はもう少しでラストスパートに入る。ジン用のお昼ご飯は、ジンが食べることをめんどくさるので咀嚼る必要がない程柔らかいが、具材の形をギリ保っている状態の物が多い。流動食って神じゃない?とかアホ抜かすジンの要望に、シュノはシュノの拘りを貫きながら、最大限応えた。これで食べる量が減ったり食べることが嫌いになってしまったら嫌だから。美味しさには、料理の見た目は重要な要素。だからジンの食べる料理は、見た目だけは普通の料理の様に見える。


 午前十時三十分を過ぎた頃、また物騒なニュースが流れた。数ヶ月ほど前から多くの妊婦が行方不明になっている事件で、新たに行方不明者が出たらしい。今回の妊婦を加えると行方不明者は三十二人。親族や近しい関係の者達がずっと探している。こういうニュースは、ヤナシや爆発よりもシュノは心を痛める。ただでさえ人類の女性は少ないのに、新しい命を宿した女性が行方不明になっているので日本どころか世界でも大きな話題になっていた。


 聞いていて悲しくなるので番組を変えると、別の物騒な事件の話をしていた。今度は十年以上も続く連続男性殺人事件である。日中から堂々と家に入り人を殺す殺人鬼だったが、最近は被害者が一人でいるところを狙われており、狙われる理由も判明していないので一人にならないようにと毎年注意喚起されている。この事件の死亡者数は六十人以上。未だに犯人が見つからず、被害者が増え続けるだけの現状が続いている。この事件が騒がれ始めたのは実はここ二、三年の話で、凶器は百均で買える量産型の包丁である事だけが分かっている謎多き事件だった。

 犯行には毎回数ヶ月から一年の期間が空いていたから、連続殺人だと気づけなかった。事件マニアが過去の多くの未解決事件と同一犯だとネットに載せて、話題になるまでは。無関係だと思われていた殺人事件を調べ直すと浮かび上がってくる、同一犯だと示す状況証拠。刺された回数や場所は違えども必ず首を刺されていて、さらに心臓を貫通するほど深く刺されている。


 人々は思う、早く捕まって欲しいと。人々は考える、まだ分かっていないだけで同一犯の犯行だによる未解決事件があるのではないかと。新しい被害者が出ても人々は自分が蚊帳の外にいると思っている。殺人鬼の犯行の理由がまだ、明かされていないのに。


 午前十一時。部屋のドアが開く音がして、シュノはテレビから音がする方へ視線を向けた。目線の先には起きたジンが居た。テレビを消して、お昼ご飯の準備をする。食器の準備をするだけだけど。まだ少し完成まで時間がかかるから、シュノはジンの下ろしたままの髪を結ぶことにした。


「おはよぉう、ジン。座って」


 シュノはジンがいつも座る椅子を引いた。ジンはどこか頼りない足取りで歩き、椅子に座る。


「……おはよう」


 ジンのか細い声がシュノの耳に届く。今日のジンは、十時四分に起きた。でも体を動かす事と服を着替える事に約五十分使った。部屋の中からリビングへの移動にも数分。ジンは本当はテキパキ動きたいと思っている。でも出来ないから、いつもちょっと悲しくてもどかしくなる。その思いを誰にも言わず、ジンは心の中にずっと留めている。

 ジンの部屋は一階にある。前は二階にあったが、寝起きで体が上手く動かせずに階段から落ちてから、一階に移された。テレビの音も生活音も寝ているジンには聞こえない。そんな音じゃジンは起きることが出来ない。ジンの睡眠は寝ると言うよりも気を失うという状態だから、起きれないのだ。残念な事にジンの不健康は特例なので病院に行ったところで健康には戻らない。


 詳細は今度するとして、ジンはシュノに髪型を毎日二つ結びにされている。椅子に座るとジンの薄紫色の髪は今日もあっという間に、ツインテールに結われた。大きい鮮やかな紫色のリボン型のシュシュを最後につければ完成である。


「……ぁま、ママは、もう行ったの?」

「うん。十時には出た」

「そっか」


 時間が経って声を出しやすくなったジンの声量は次第に聞き取りやすい大きさになっていく。

 髪を結び終えたシュノは料理をお皿に盛り始めている。ジンはぼーっとその姿を眺めていたが、瞼がゆっくり落ちていくのを感じて、慌てて目を開ける。二度寝はまずい。ジンは二度寝も昼寝もしない。やっと毎日この時間に起きれるようになったから、生活リズムを崩したくないのだ。ジンはいろいろあった年から最初の二年、起きる時間が不規則だった。これはとても不便で不快で、ジンに多大なストレスを与えた。

 寝てしまわないようにテレビのリモコンに手を伸ばして、適当に番組をつける。テレビには午前中に起こった出来事のニュースが流れていた。


「逃亡したヤナシは、タヌキだって。可愛くなぁい。タヌキは可愛いのに」

「そうなんだ」

「近くだから、気をつけてね。ヨナは十二時に来るって」

「分かった」


 料理が盛られたお皿を持ってシュノが話しかけてきた。テレビを見るのを止めて、ジンは次々にお皿が置かれていくテーブルを眺めた。シュノの定位置はジンの右隣。シュノがシュノの分の料理を運んで席に座ったら、ジンは食べ始める。シュノは先に食べ始めてもいいのにと言うが、ジンは一緒にご飯を食べたいと思うから待つ事にしている。


「いただきます」

「いただきまぁす」


 ジンは食べるのが遅い。最低でも三十分かかる。健康な時でも食べるのが遅かった。不健康になってからは更に遅くなってしまった。最長一時間、流石に一時間も時間が掛かるのは遅過ぎると思い、頑張って食べているからそれ以上の時間を掛けたことがない。ジンは早食いが得意じゃない。食べているという感じがしないからだ。なのでカレーが嫌いだ。無意識なうちに早く食べてしまって、しかも噛むのを忘れてしまう事が多いから喉が痛くなる。お茶漬けは大丈夫なのにカレーは喉が痛くなるという、とても理不尽な理由でジンはカレーが嫌いだった。


 つけっぱなしのテレビのニュースをBGMに、二人は黙々とご飯を食べる。健康だった時のジンにならシュノは時々話しかけたが、今は食べることに集中させたいので食事中にジンに話しかけることはない。それに今日は十二時友達であるヨナが来るから、ちょっと急ごうかなという思いもある。


 友達のヨナのフルネームは『悟浄 沙那』。読み方は『ゴジョウ ヨナ』。ヨナとは二人が中学の頃に通っていた塾で出会った。先に友達になったのはシュノの方で、シュノによるとひと目見た時にビビっと来たらしい。嘘である。ヨナが妖怪だったからシュノは珍しいと思い、シュノから話しかけて友達になって、ジンに紹介した。ヨナの人間に化ける技術は高く、妖怪と関わっている者や妖怪退治屋だとか陰陽師だとかそういうのを生業にしている者達にしか気付かれない。シュノが気付けたのは、シュノが半妖だったからだ。

 シュノはヨナと違って、完璧に人間に化ける事が不得意だった。でも耳が尖っているだけなら、今の時代多種多様な耳を持つ人類の中で目立つことはない。妖怪全部が人間の耳を尖らせた様な耳を持っているわけではないが、数は多い。妖怪以外にも似たよ様な尖った耳を持っている人類もいるから、わざわざ種族を言わなければ勝手に誤認してくれるから、シュノに妖怪の血が流れないるとは思われない。そもそも妖怪の存在を信じていないのもある。だからシュノの変化の術が下手でも、人の社会で生きていける。


 妖怪の中で、人々の中に混ざり生活する妖怪は少ない。それに皆、人間に化けているから気付かれない。だから妖怪の存在を信じている人類は少ない。神や妖精に精霊が居ると言ったあかつきには、電波か厨ニ病、頭がおかしいと思われてしまい、人々から遠巻きにされたら関わりを絶たれてしまう事だろう。存在していることを認識できないから、人類のほとんどはファンタジーとして存在を消費する。でも、神を崇めるし宗教に入るし、二次元存在させるから人々の好意や恐れが、現実の存在に力を与える。

 あぁ本当に、人類はなんで自由で愚かなんだろう。


 そんなわけで友達になった三人は、高校はジンとヨナが同じでシュノだけ別で、大学も別だった。でも交流は途絶えず、二十二歳になった今でも仲が良く頻繁に会う。ヨナも別の大学だが短大卒で、今は妖怪の両親が経営している雑貨屋でバイトしている。雑貨屋というが売っている物は、人でも使えなくはないけど扱いを間違えてはいけない商品が多く、主に妖怪向けの商品だ。時々人も買いに来くる。


 人々の中に混ざって生活しなくても、人里に時々降りてくる妖怪はかなりいる。メイン客層はそういった妖怪達だ。時々結界を張るのを手伝って欲しいだとか、探し物を手伝って欲しいだとかの依頼を受けたりもする。

 稀によく妖怪退治屋だと間違えて来る人もいるが、一応話を聞いて退治した方がいい妖怪だったら退治しているので、人々の間で少しづつ妖怪退治屋だと認識が広がってしまっている。働いている店員は全員妖怪だが全員が人間に化けているから妖怪だとバレていても、人里で生活する妖怪は好意的で敵意がないと人々も知っているから妖怪退治の依頼は絶えない。だからと言って必ず人類の味方をするわけじゃないのに、時々勘違いしているお馬鹿さんには急を据えている。


 ジンとシュノは時々ヨナの仕事を手伝っている。不健康でもジンの方がヨナより強く、シュノは器用で不器用でちょっとドジなヨナのサポートだ。ヨナの手に負えない事だと助力を求めてくる。あとは暇な時に店に遊びに行き、ついでに手伝う事がある。というかほとんどそれだ。なんでこのタイミングで、そんな事になる!? みたいな事をしでかすヨナが二人は心配なのだ。


 そんなこんなで時間は過ぎて、四十分。シュノはとっくに食べ終わっており自分のお皿を洗って、ジンのペットのヘビに餌をあげに行った。この家にはペットが二種類いる。白いヘビと白いでかい犬だ。ヘビの名前は『ヘビ』。ヘビと言っているが、見た目は作画が違う細長い謎の生き物である。ジンがヘビと呼ぶからヘビと皆呼ぶが、絶対にヘビじゃないと皆思っている。

 このヘビは起きるのが遅い。ヘビはジンとは違い、健康体でたくさん寝たいだけのヘビなのだ。白いでかい犬は、ちゃんと白いでかい犬だ。見た目だけなら秋田犬だが、秋田犬よりもでかい。そしてものすごくかわいいのだが、なぜかよく誘拐される。でも自力で毎回無傷で帰って来から、心配はしていない。この犬の名前は『白玉』。名付けはヘビと同じくジンである。この名前の差はなんなのか。


 白玉はほぼ毎日、朝早くから起きて勝手にランニングマシーンを使い、時々休憩しながらお昼時まで走り続けている。白玉は家に来た当初は食にうるさかったが、最近はペットフードにどハマりしている。だから白玉のご飯は、ボタンを押すと自動で適量出してくれる機械の中に入っているから、白玉は好きな時にご飯を食べている。

 ジンがあと少しで食べ終わるという時に、白玉は走るのを止めたらしく白玉の足音がリビングへ近付いてきた。ジンを視界にとらえた白玉は尻尾を爆速で揺らしながら駆け寄って来る。その時丁度インターホンが鳴って、ヨナの来訪を抑えてくれた。十二時には少し早いが日本人なら五分、十分前行動は当たり前だから、問題ない。

 シュノが玄関へ向かい、ヨナを出迎える。


「ヨナ、おはよう。いらっしゃぁい」

「よっ! おはようシュノ。おじゃましまーす!」


 ヨナの声はジンにも聞こえるように、大きい声だった。目の前に来てもう一度言えばいいのに、とてもヨナらしい。ヨナは出会った時よりも長くなった赤髪を揺らしながら、ジンに近寄りジンの食べ終わった食器を流しへ運んで洗い始めた。赤い髪からは想像できないけどあれで水属性なヨナに、ジンは髪も目と同じ水色なら分かりやすいのになと見るたびに思っている。赤髪で水属性は詐欺だろ。


「もぉう、いいのに」

「いいって! ジン、歯磨いて来いよー」

「うん」

「ジン~、私が歯磨こうかぁ?」

「自分で磨く」

「ちぇ~」


 シュノはジンが大好きなので、身の回りの世話をしたがる。ジンの服はシュノが作っているし、料理も作る。スキンケアにヘアケア、着替えや髪を結ぶのも爪を切るのも耳掃除だってシュノがしたいし、お風呂も一緒がいい。不健康になってから安全のために一緒に入れるようになったけど、素直に喜べない。シュノはジンが大好きなので世話をしたがるが、ジンの意思も尊重したいしジンの思いは大事なので、世話を焼くときなど毎回ジンに確認する。断られたら諦めるようにしている。


 ジンは世話を焼かれるのは好きだ。でもお風呂まで一緒は嫌だった。今は諦めている。他の事にジンは拘りなんてないからなんでもシュノが用意した物を使っていたが、ジンには唯一譲れない事があった。それは、プライベートで履く履物のについてだ。ジンはクロックスが大好きで、小さい頃からずっとクロックス一筋だった。ジンが持っている履物は、スニーカーとクロックスと学生時代のローファーのたった三足のみ。

 春夏秋冬、大雨大雪凄い寒い気温でもジンはクロックスを素足で履く。そんなジンにシュノはせめて靴下を履くように提案したが、ずっと却下されている。シュノはもう何も言わなくなった。ジンが今持っているクロックスは小学五年生の頃から履いている物で、だいぶ古くなっていた。そろそろ替え時であるが、まだ穴空いてないしなとジンは買い替えるのを渋っている。


 ジンは歯磨きも遅い。シュノはジンの歯磨き中に外へ出る準備を終えて、ジンの上着を用意しヘビを肩に乗せながらヨナとおしゃべりに興じていた。しばらくすると白玉が洗面所の方に向かって行ったのでシュノとヨナはリビングを出て、洗面所から出てきたジンと共に玄関へ向かう。ジンの履物はクロックスだからさっさと履いてドアを開けようと手を伸ばすが、その前にドアが開いた。ジンは開いたドアの隙間を見て、視線を下げる。ジンと似て異なる金色の目と、目が合った。ジンよりも先にドアを開けたのは、身長百二十五センチメートルの、赤錆色の髪に隠れる尖った耳を持つ小さな男の子。ほぼ毎日ジンに会いにくる、小さい頃からのジンの友達。

 小さな男の子の名前は『孫 悟空』。読み方は字面で分かるだろうが『ソン ゴクウ』だ。今はジン達の地元の神社の巫女達と住んでいる。


「おはよう、悟空」

「おはよう、ジン。シュノ、ヨナも。おはよう」

「おはよぉう、ごくぅくん」

「おはよう!ごくー」

「白玉とヘビもおはよう」

「わん!」

「ぴっ」


 シュノとヨナは思う。ヘビの鳴き声が「ぴっ」って。「ぴっ」って何だよと。白玉は元気に返事をして悟空の顔を舐め回す。悟空は何とも言えいないような顔をしていた。少なくても嬉しくはないみたい。

 皆が家を出て、シュノが鍵を閉める。白玉がさらにでかくなってその背中に、ジンを真ん中にして前後をヨナとシュノで挟んで乗り、悟空は觔斗雲を呼んで空に浮かび並んで飛行した。歩いてもいいけど体力が低下してしまったらジンが居るので、空を飛ぶことにした。定位置であるジンの肩に乗っているヘビは空を飛ぶ事が好きらしく、空を飛ぶ度にぴっぴっと鳴いている。


 徒歩三十分圏内にあるヨナが働く雑貨屋にはあっという間に到着して、店の中には店番をしている店長のみつよばぁちゃんが居た。他の店員は今は留守にしているようだ。


「戻ったー! ばぁちゃん!」

「おかえりなさい。ヨナちゃん」

「おばぁちゃぁん。こんにちはぁ」

「みつよちゃん、こんにちは」

「こんにちは。俺様とは半年ぶりか、元気にしていたか? みつよ」

「うふふ、みんなこんにちは。元気だったわよ。お菓子食べる?」

「食べまぁす」

「貰っとく。ありがとう」

「俺様は食べない」


 みつよばぁちゃんはシワシワでちっこい。寿命が長い妖怪だけど、もう寿命に近いばぁちゃんなのだ。全盛期に比べると衰えて弱くなってしまったが、店番には十分すぎるほど強いから問題ない。


 今回、ジン達というかジンに手伝ってもらおうとしたのだが、今日暇だったシュノは見物に。悟空はジンの保護者枠なので着いて来た。悟空もいろいろあって弱体化していて、動物が冬眠するように長期間眠らないといけない期間があるため、毎回ジンについて来るわけではない。

 ヨナがジンに頼もうとしたのは、呪物の呪いを解呪する事だった。ヨナは呪いを弱める事は出来ても、呪いを解く事は得意じゃないし、今回はヨナには解けないだろうと判断してジンに頼んだ。ジンがよく行く神社に持ち運んでもよかったが、いかんせん呪いが強過ぎる上に、周囲に呪いを撒き散らす厄介な呪物でもあった。運んでいる途中に一般の人に呪いが飛んだらイヤなので、ジンに来てもらう事にした。


 というわけで早速呪物を保管している奥の部屋へジンを連れて行き、シュノと悟空は特にする事がないので悟空は店の前で白玉とボール遊びをして、シュノはみつよばぁちゃんとお茶を飲んで時間を潰し他の客が来たらヨナの代わりに対応する事にした。

 みつよばぁちゃんは、どっちかって言うと店の守護者だから。もちろん、ジンは確定だが客が来ればシュノもお駄賃が貰える。シュノは大学を卒業後ハンドメイド作家になり、かなりお金は稼げているがやはりお金はいくらあってもいいのだ。しかもシュノは運が良い。一等こそ無いが宝くじには買えば毎回当選する。だからこそ、お金に困っていないから収入が不安定なハンドメイド作家になれたというのもある。ジンの母には、お金を返すと言っても受け取ってくれず、好きな事に使うか貯金しなさいと言うから、シュノは好きな事に使いまた貯金する事にした。


 ジン達が居なくなって数十分後、店に顔色が悪いが何か決意を感じさせる表情をした男性が店に訪れた。


「いらっしゃいませぇ」

「……あ、あの。ここは妖怪退治もしていると伺ったのですが……」

「店の中へ、どうぞ」


 震える声で喋る男性にシュノは笑いかけて、店の応接間へ上げた。



 他の者に任せれば一日以上かかる解呪も、ジンにかかれば一時間も掛からない。解呪が終わりただの物になった元呪物を待って店の方へ戻ると、シュノが客であろう男性の話を聞いていた。その男性は涙を流しながら語る。

 来月出産予定だった妻が行方不明になってしまったのだと。シュノは話を聞きながら、今朝のニュースを思い出していた。あぁ、新しい行方不明者はこの人の奥さんだったのかと思いながら、男性に話を促す。藁にもすがる思いでいろんなツテを使い探したが見つからない。何か見つける方法はないかと、考えていたら思いついたらしい。妖怪を頼る事を。人は窮地に陥ると何をしでかすか分からないが、だいぶ男性も追い詰められているらしい。状況が状況だから仕方ないと思うけど。

 七つまでは神の子。七つまでの子供は大人が見えないモノも見えたりする。男性は幼い頃に妖怪を見た事があったから、人以外の存在なら見つけられるかもしれないと考えて、妖怪退治屋としての噂があるこの店に来た詳しく教えてくれた。ここなら妖怪に会える気がしたから、その感覚を信じてここまで来たのだと男性は話した。そして彼は、どんな対価を払う覚悟があると話し続けた。


「本当に妖怪とここで出会えたとしても、言葉は慎重に選ばなくてはいけませんよ。もし私が悪ぅい妖怪なら、貴方を騙しているかもしれませんからね」

「で、でもっ俺……おれっ!」


 悟空は店の端っこにある椅子に座って白玉を撫でながら、二人の様子をじっと眺めている。あの事件はは妖怪にまったく関係ない事件だから、妖怪が助ける理由はない。悟空は特定の者以外には優しくないから何もしないが、空気を読んで大人しくする事はできる。仲は良い方ではある、ということもあるけど白玉は悟空より弱いので、自分より強い悟空に従って大人しく撫でられている。


 愛おしい存在が、これから生まれてくる愛おしい存在を身に宿した状態で行方知らずになるのは、とても辛い事だろう。話を聞いていたヨナは妖怪だが、人の病院で生まれて人と共に育った。人とずれているところもあるし妖怪寄りの価値観をしているけど、愛おしい存在の行方も安否も知らないのは妖怪だって辛い。


 店に居てまだ男性がジンのことを認識していなくとも、ジンが男性を認識したのだから関わりは生まれた。ならばジンは彼の愛おしい家族を探す手伝いをする事に決めた。ジンは手に届く範囲の者達を出来る限り、守り助けたいと思っている。ジンは他者に手を差し伸べる事を苦に思わないし、実際に守り助ける事ができるほどの実力をジンは有している。

 関わったのならばジンが手伝ってあげよう。ジンに願え、そうすればジンがその願いを叶えてあげよう。ジンは神じゃない。神は願いを叶えてくれないけど、ジンは人間だからジンの目に写りジンの手が届く範囲の者達の願いならば、叶えてあげられる。傲慢でも慢心でも自分の実力を過信しているわけでも、見栄を張っているわけでもない。ジンは出来るからそうしているだけ。

 さぁ、手を差し伸べよう。


「初めまして、お客さん。お茶でも飲むといい。泣いた後の水分補給は大事だよ」

「……はい。ありがとうございます」

「安心するといい。ジンがお客さんの奥さんを見つけてあげよう」

「ほ、本当ですか!?」

「あぁ。ジンは妖怪じゃないけど、そういうの得意なんだ。ジンの名前はジン、よろしくね」

「っはい! ありがとうございます!! 俺は渡辺 恭弥と申します。……本当にありがとうございます!」

「いいよ」


 こうして、男性はジンの客となった。

 奥さんを見つける事は難しくない。七つの歳を過ぎても、ジンは他の人には見えないモノが見えた。縁、気、幽霊、守護霊、その他いろいろ。だから客と奥さんの縁を辿って行けば、その先に奥さんがいる。ジンには難しくない事だ。だが、問題があった。客と奥さんの縁が切れかかっていたのだ。切れ方にはさまざまな意味がある。刃物のような物で切れた時は縁切り。千切れるように切れるのは外部からの干渉が原因。縁が解けるように切れるというか消えるのは、自然消滅。腐り切れるのは呪い。今回は千切れかかっている。縁が切れるという事は、縁の先の者が死ぬということを意味する。奥さんは生きているが死にかけている。どうやら、早く向かう必要があるようだ。


「白玉」

「わん!」


 ジンの声に白玉は応える。でかくなった白玉に客は驚いていたが、ジンが白玉の背に乗ると覚悟を決めたような顔をして背に乗った。白玉が飛ぶ後に悟空も続いたが、シュノとヨナは空を飛んでいく手段がないので置いてきぼり。あっという間にジン達の姿が見えなくなった空を、二人は見上げる。


「あ~あぁ。行っちゃったぁ」

「追いかけよっか」

「うん」


 二人は仕方ないので走って追いかける事にした。身体能力が高いので、障害物なんて飛び越えれば良い。一直線にジン達を追いかけた。



 店から奥さんが居るだろう場所までは、そう遠くなかった。電車で二十分ほどの距離。一軒家が建ち並ぶ住宅街。目的地より少し遠くに降りた三人は早歩きで向かう。ジンは歩きながら、住宅街に既視感を覚えた。どこで見たのかと考えて、そういえば。と、ジンは思い出す。小さい頃に引っ越した事があるとママが言っていたと。もしかしてこの辺りだったのだろうかと思いながら目的の場所、周囲の家と似たような見た目の家に着いた。

 警察に連絡するとか、この時三人の頭の中には無い。そもそもどうやって知ったのかと言われてもジンは縁を辿っただけだから、説明のしようがない。信じてくれないと思うし。だから突撃するしかないのだ。あとで適当に理由並べれば問題ないとか思ってる、ガバガバ計画である。なんとかなるなる。


 二人が前に歩みを進めたが、ジンは少し躊躇した。ジンには見えないモノが見える。見え過ぎて、皆が見える物が見えないことも多い。一応言っておくが、ジンは幽霊や怪異も見えるんだけども、それでもホラーが得意なわけじゃない。


「ここですか? 普通の家と変わらないですね……」

「イヤな気配がする。ジン、どうだ?」

「んー。地獄行きだなこれは」

「そうか」


 ジンの目には、遊園地にあるお化け屋敷よりもお化けが出そうな家に見えた。色も汚いし。空気も悪い。なんかもう全部汚い。それに窓から、幽霊が複数見える。お化け屋敷だ。だがここで立ち止まるわけにはいかないので、ジンも二人の後ろを歩く。裏に回って窓から家の中に侵入する。窓が開いていたから入るのは簡単だった。鍵はちゃんと閉めた方がいいと思う。

 近くに来た時から臭っていたが、中に入ったらすごい臭かった。白玉は顔を顰めて、外で待つ事にしたようで、走って行った。腐敗臭ってやつかもしれない。ジンは嗅いだことがない臭いを、そう片付けた。でもその中に、鉄の匂いが混ざっていることは分かった。ジンは血の匂いは知っている。女だというのもあるけど敵に攻撃したら血出るから。視界の端に紫色が過ぎった。振り返ってみたけど何も無かったから、切り替えて歩き続ける。


 人の気配とそれ以外の気配が強くなっていく。悟空が先頭に立ち、その後ろに渡辺さんが続く。ジンは壁や物にぶつかりながら、後を追った。二階に上がると、人の気配がする部屋が二つあった。一つは弱々しい気配。もう一つは二人も居るらしい。ジンと悟空は気配を消せるし、渡辺さんには飛んでいる時に気配を分からなくする術をかけたから、犯人であろう二人組には気付かれていない。二人組が居る部屋の前を通ったが気付かれることなく、弱々しい気配がする部屋の前に辿り着くことができた。

 三人で見合って、悟空がドアを開く。中には、血を流して気を失っている腹が膨れた女性が、五体満足とは言い難い数名のご遺体の側の地面に横たわっていた。体が上下するのが見えた。彼女は生きている。辛うじてだが。


「万由子!」


 家の中に入ってから悪かった顔色をさらに悪くして、奥さんに近付く渡辺さん。気配の他にも音を消す術を使っているから、犯人達にはまだ気付かれない。渡辺さんに続いて、ジン達も部屋に入る。怪我をしているから早く治してあげなくては。ジンは渡辺さんの肩に手を置いた。


「大丈夫だ、ジンに任せなさい」

「ジンさん……」


 ジンはそう言って、奥さんに触れる。するとジンの手から暖かな光が溢れ、次第に奥さんの顔色がマシになっていった。ジンは奥さんの怪我を治したのだ。


「血をかなり失っている。だからすぐには意識は戻らないだろうけど、必ず目を覚ますよ。あなたは悟空と共に、外に出なさい。店で話をした他の店員を覚えているね? 外で待機しているから、あなたは奥さんを連れて病院に行くんだよ。いいね」

「……はいっありがとうございます!」


 涙混じりの声で客は答える。ジンは悟空に目配せをして、悟空は頷き渡辺さんを連れて行った。二人が階段を降りる音を聞きながら、ジンは犯人達がいる部屋へ向かった。ジンが見えるものに間違いはない。人の他に、ヤナシが部屋の中にいる。

 ドアの前に立つと、中にいる二人の話し声が聞こえてきた。ジンは賢いのでスマホで撮影を開始する。


「驚いたよ。なんでチョコちゃんが外に出てたんだよ。観察中にチョコちゃんを見た時どんな気持ちだったと思う? 久しぶりに焦ったよ俺は」

「あははっごめんごめん。どうもゲージの鍵をかけ忘れてたみたい。お前と遊びたくて追いかけちゃったんだろ」

「チョコちゃん回収して帰ってくるの大変だったんだからな。外でチョコちゃんに会うとか心の準備が出来てねぇから、一瞬ビビったぜ」

「ありがとうなー。チョコーいいか? 外の餌は勝手に食べちゃダメだ。俺が用意した餌があるだろ?」


 和気藹々とした声色がジンの鼓膜を揺らす。まさか今朝の爆発ヤナシと妊婦行方不明事件に、関連があるとは思わなかった。ジンがそろそろ中に入るかと思った時、また衝撃な事実を彼等は話し始めた。


「お前も次のターゲットは決まったのか?」

「いや、まだだ。候補はいるけどな」

「へぇ。それにしてもお前に出会えてよかったよ。お前に出会えてからもう三年か? なんだかそれよりも前からの付き合いみたいに思えるよ」

「ははっ本当にな! 短期間で殺しちゃあ、すぐにバレるかもしれないからな。時間を置くにしてもその間どうしようかと思ってたから、お前と出会えてラッキーだったぜ。俺は男しか殺さないって初めて男をを殺した時から決めてんだ。でも、幸せそうなの許せないだろ。お前は餌に妊婦が欲しい。俺は幸せそうな男が生きてることが許せない。殺したくなる。でもそいつらが絶望で顔を歪ませている姿を見るのは、俺が直接殺さなくても最高の気分になれる」

「いい趣味してるよ。最初は女も殺そうとしてたんだろ?」

「あぁ。でも、妻が怪我を負って必死に守ろうとしてさぁ、死にかけのくせに俺を睨みつけてきたあの顔が、ずっと忘れられなくてよぉ。恐怖に怯える顔もいいが、死にかけても諦めない顔もいいんだ。最初に見たのが男だったからか、男を殺したくて仕方ないんだ。幸せから落とされる男の顔がな!はははっ」

「あははっいいね。俺は殺すことに興味はないけど、チョコちゃんの餌は必要だからな。腹に子供もいて脂肪も蓄えてんだ、お得だろ?」

「はははそうだなぁ!」

「あはは!」


 耳障りな笑い声が気にならないくらい、ジンは驚いた。まさかのまさか、連続殺人事件の方とも関わりがあっただなんて。流石にこれ以上は聞くのも不快だし、そろそろ犯人を捕まえるかと決めてドアを開いた。キーっとドアが音を立てた。犯人達は驚いてドアの方を、ジンを見る。ジンも犯人達を視界に捉える。ジンは中に入るのを止めて、少し目を見開いて立ち止まった。


「はっ!? 誰だお前!」

「クソっ見られた! チョコちゃん、餌が増えたよ!」

「はぁっ!? なんで体が動かないんだよ!」

「なんで!」


 ジンはそれから数十秒止まっていて、その間にジンを捕らえようと犯人達だが、何故か体が動かない事に喚いていた。ジンはただ立ち止まったわけじゃない。金縛りの術を使い犯人達を行動不能にしたのだ。ジンを前にしてこの場で賢い選択をしたのは、チョコちゃんと呼ばれたヤナシだけだった。犯人達は大人しいヤナシに気付かずに、ジンに対して暴言を吐く。その姿、実に醜い。

 口元を血で汚したヤナシは、ゲージの中でジンに対して警戒はしているが、攻撃姿勢をとっていない。大人しく床に横になり、無抵抗を示している。


「賢いね。さすがヤナシだ。そこの二人とは違って、この場で一番強い存在をちゃんと理解っている」


 ジンはそう言うと両手を近付け、気を集めた。ジンは攻撃が得意じゃない。手加減が苦手だからだ。ヤナシなら問答無用、躊躇い無く殺すが、それ以外の生き物を即ぶっ殺すことはあまり許されていない。だから手加減が苦手なジンはうっかり殺してしまわないようにしないといけいから、攻撃が得意とは言えない。ジンは多種多様な攻撃に適した術の知識が豊富だ。

 でもそれらを使う事はない。面倒だからだ。ジンはかなり面倒くさがりだから、発動が簡単な攻撃をジンは使う。手のひらじゃなくてもいいけど、気を集めて凝縮し放つだけの脳筋技。簡単で気の量を調節すれば必ず血は出ることになるが、即死は免れる。手加減が苦手なジンにはもってこいな攻撃方法。失敗は、あまりしない。死ななきゃジンが治せるから問題ないね。


 ジンの気が集まるだけで、澱んだ汚ない部屋の空気を綺麗になる。浄化というやつだ。浄化だけじゃない。彼等に殺された人々の幽霊も、ジンの気が集まり強くなっていくだけで、除霊されていく。今回の事件の被害者達は、なかなか強い怨霊で弱いとは言い難い。その辺にいる怪異や妖怪汚い気も含めた弱いモノは、ジンが近くを歩くだけで勝手に消えていくのだ。きっとこの後外に出て家を改めて見れば、この家は他の家々の様にジンの目には映ることだろう。


 集まった気をヤナシの頭めがけて放つ。一瞬でヤナシの頭は跡形もなく消えて、血が沢山出てきた。ジンは失敗した。うっかり床に穴を当てしまった。生き物なら治せたけど、ジンは材料がなきゃ床は直せない。ヤナシの血が床の穴から一回へ流れている様が見える。まあいいか、床くらい。


「きゃあああああああああ! チョコちゃん!!! いやあああああああああああああああ! チョコちゃん! チョコちゃん!! 許さない! 許さないからなああああ!」

「うわあああっ! なんなんだよ、お前!」


 男の甲高い声と図太い悲鳴が部屋に響いた。すごい五月蝿い。あとは気を失わせて、逃げられないように拘束すれば楽だろう。だがジンは、それをしなかった。ジンはゆっくり連続殺人事件の犯人に近寄った。そして犯人の頭に手を置き、気を動かした。ジンがこれから使うのは、近所に引っ越してきた魔法使いに習った精神破壊の魔法。ジンはなにも頭がおかしくなったわけじゃない。ジンはいたって冷静で、冷静に怒りを処理して、冷静に精神破壊の魔法を行使したのだ。

 ジンの手が離れると、白目を向いて床に倒れた。その男を見て、ヤナシを飼っていた男は腰を抜かせジンに対して恐怖を宿した視線を向けた。ジンはゆっくりと視線を合わせる。怒り隠さぬ目をジンに向けられたもう一人の男はも気を失った。部屋にゴトッと鈍い音が響いて、それから数分ほどジンは白目を向いた男を見下ろしていた。


 二階から家を出るまでの間に怒りは鎮まっていて、家の前に居たシュノ達と一緒に家に帰った。渡辺さんはあの後すぐに病院に向かったらしく、シュノが連絡先を交換したから何かあれば連絡が来るだろう。

 そして次の日、赤ちゃんが産まれたと連絡が届いた。誘拐され死にかけた多大なストレスから予定日より一ヶ月早い出産になってしまったが、母子ともに健康らしい。いいことである。数日後に渡辺さんに会った時に奥さんを見つけてくれたお礼のお金を受け取らなかったら、後日果物を沢山くれた。


 しばらくニュースはこの事件で持ち切りで、妊婦で生きていたのは、行方不明になったばかりの渡辺万由子さんだけだった。あの部屋に居られたご遺体はご家族の元へ帰られ、ヤナシの腹の中に残っていた骨は多くなかったが、それでもご家族の元へ帰ることができた方達がいる。

 残念ながら骨も残らなかった被害者の方達は、遺品が他の部屋で見つかったので遺品がご家族の元へ渡された。犯人達が遺品からお金になりそうな物を売っていたらしく、残った遺品は多くはなかった。でも身分証や母子手帳は残っていたから、身元確認ができこの事件の行方不明者は、死者として記録された。


 犯人逮捕までの流れは、渡辺さんが、恭弥さんが万由子さんと口裏を合わせたから、自力で逃げ出した万由子さんが恭弥さんに助けを求めて警察には万由子さんの証言から犯人達の居場所が割れたという筋書きになっていた。

 そして警察が犯人逮捕に向かって見たのは、複数のご遺体と気を失っている犯人二人と頭部がないヤナシが一匹。目が覚めた犯人の一人は廃人になっていてもう一人はずっと恐怖に怯え要領を得ない発言ばかりで正気を失っていた。ヤナシを殺した存在も不明だし、警察宛に犯人達の暴露動画が送られてくる、解決したが不思議な事件として一連の事件は幕を下ろした。犯人達は死刑判決が降ったその日に、死刑執行された。


 ニュースを知ったママが帰宅早々に、話題を振るとジンはあからさまに顔を逸らした。ママはママなのでそんなジンに気付き、シュノに話を聞いた。ジンは慌ててシュノを見たが、シュノはいい笑顔を浮かべ今日あった事をママに正直に話した。こういう時、シュノはママの味方になる。悟空は我関せずといった様子でテレビを見ていたし、ヘビも白玉も薄情なものでそもそも他の部屋に行っていた。ヨナだけが擁護してくれて、ジンのヨナへの好感度が一上がった。


 夜ご飯を一緒に食べた後ヨナも悟空も帰って、シュノは自分の部屋行きヘビと白玉も別の部屋で自由気ままに過ごしていた。ジンとママ、二人だけで話をした。ジンからママに話しかけた。ジンの部屋で、ジンはベッドに横になって天井を見ながら口を開いた。


「……あのさ、薄々気付いてたと思うんだけど、パパを殺した犯人だったよ。今日捕まった一人」

「……え」


 ママが目を見開いて、ジンを見つめる。ジンは視線だけ動かして、ママの目が潤み始めたのを見て直ぐに視線を天井に戻した。ママが泣く姿は見たくない。


 ジンはパパが死んだ当時、高熱を出して寝込んでいた。だからかもしれないが、ジンはパパの事を覚えていない。それでも覚えている事はあった。あの犯人の汚い気を、幼いジンは忘れていなかった。どこで見たのかも曖昧になったが、あんな汚い気を近くで見た事は初めてだったから、記憶に残っていた。今日、犯人に対面して驚いた。前よりも汚くなっているけど、汚い事に変わりはないあの気がそこにあったから。そして思い出した。どこでこの気を見たのかを。芋蔓式にパパの事も思い出したのだ。


 ジンが四歳の時だった。パパの命日である一月二十二日。その日に高熱を出したジンを看病するために、二人はわざわざ仕事を休んでくれたのだ。共働きだった。ジンは風を滅多に引かない産まれた時から健康優良児だったから、高熱を出したことに二人して慌てふためいていたのをハッキリ思い出した。

 犯人達が住んでいた家の近所に、ジンはパパが死んだあの日まで住んでいたのだ。



 ピピッピピッとなっているであろう体温計の音が、ジンにはくぐもって聞こえた。


「インフルかなぁ? 三十八度九分だ」

「高いな。ジン、ゼリーだけでも食べな」

「ん」

「でも、咳はないんだよね」

「なんだろうな、病院に行っても分からなかったんだろ」

「解熱剤は出してもらったよ」

「いつ飲ますんだ? 食後?」

「食後」


 ゼリー食べ終えて薬も飲んだから、寝かしつけられている汗で額に張り付いたジンのパパ譲りの鮮やかな紫色の髪を、骨張った手でパパは退かしてあげる。無表情がデフォルトのパパが珍しく、微笑んでいる。


「ぱぱ、ジンはまだねない」

「いーや、寝るよ」

「まだおきてる」

「どれくらい?」

「三時間くらい」

「夜ご飯になっちゃうからダメ」

「ねないよ」

「寝るの本でも読んでやるから……こら、横になってろ」

「なによむ」

「黄金鳥の話」

「またか」

「聞きたくなかったらさっさと諦めて寝ろよ」

「こまったぁ……」

「ははっ」


 あの時パパが本を読んでくれたけど何度も読んだ本だから、まんまとパパの策略にハマって眠ってしまったんだ。


 ガシャン、ドンドン。大きな音でジンは目が覚めた。水を飲んで、階段をゆっくりゆっくり降りていく。ずっと大きな音がしている。一階について、何があるのかと大きな音がするリビングのドアを開いた。


「……ぁ、ぱ、ぱぱ」

「っジン! 外へ出ろ!!」


 変な匂いがする、パパが怪我してるみたい。血が出てる。そうかこれが血の匂い。パパは誰かの上に乗っていた。パパの下にはうつ伏せになってるおじさんが居た。誰だろう。


「急げ! ジン!」


 はっとして、パパが外に出ろって言うから、ジンは急いで外に出た。靴は履いてなかった。急いでって言ったから。パパが怪我してる、沢山血が出たら病院に行くってジンは知ってる。隣に住む人に救急車を呼んでもらおう。ジンは隣のインターホンを鳴らした。


『あら、こんにちは。ジンちゃんお熱があるんじゃなかったの?』

『あのね、パパがたくさん、ちだしてる』

『なんですって、ママは? 二人ともお休みでしょ』

『まま? まま、どこだろ。あのね、しらないおじさんいたの』

『分かった、貴方! 警察に連絡して! 救急車も! ……ジンちゃん、ちょっと待っててね。今ドア開けるから』

『うん』


 家の中に入れてもらうと、足を洗って布団を貸してくれた。『寝ていいからね』そうお婆さんが言ってくれたから、ジンはすぐ眠ってしまった。

 大きなピーポーピーポーって音が聞こえて、ジンは起きた。しばらくぼーっとしてるとピーポーピーポーって音がどんどん小さくなっていってた。起きて寝かせてくれた部屋を出ると、お婆さんとお爺さんは居なくて、お婆さんとお爺さんの子供だって言ってたおじさん、じゃなくておにいさんが居て、おにいさんはジンを見ると苦しそうな顔をした。


「ジンちゃん、お熱が下がるまでここに居ていいからね。ジンちゃんのママ大怪我しちゃって病院にお泊まりすることになったんだ」

「まま、けがしたの?」

「あぁ」

「ぱぱもびょういんにおとまり?」

「……っああ。そうだよ」


 優しい、嘘だった。ジンは小さくても賢かった。それが嘘だって分かってた。死とかそういうのは上手く理解できていなかったけど、良くない事なのは分かってしまったんだ。


 ジンは熱が下がった数日後、警察だろう大人と話すことになったけど、ジンはパパの事をすっかり忘れてしまっていた。


「……おじさんと、お話してくれてありがとう」


 たった数分のお話。今なら分かる、あの時の警察官の表情の意味を。とても痛そうな顔をしてた。なんでだろうと、当時のジンは分からなくて警察官に「いたいの? びょういんいく?」と聞いたら、警察官は「痛くないよ。ありがとう」と言ってくれたんだ。


 顔を見ているはずのママも、ジンと違ってパパの事は忘れなかったけど当時の記憶だけ忘れてしまっていた。ママも重症で、危なかったそうだけど無事退院できた。

 血塗れになった家を見るとママが泣き叫ぶから、パパの弟夫婦が代わりに引越し作業をしてくれて、弟夫婦の家の近所に引っ越した。それが、今三人が住むこの家。


 ママは今も当時のことを思い出せない。でも思い出さなくていいと思う。辛い記憶は必ずしも向き合わないといけない訳では無いから。

 今日はママと一緒に寝ることにした。ママはとっくに寝てるけど、ジンはまだ起きている。なんだか眠れないから。


 あ。


 あ、あぁ。そっか。ぱぱ。パパだ。

 ママについてる守護霊。ぼやけてる守護霊はたくさんいるけど、それは力が弱いかまたは消えかかっているかのどちらか。でもママの守護霊はそのどちらでもないのに、いつも姿がぼやけて見えていた。理由が分かった。ジンがパパの事を忘れていたから、ジンが見えなくしたんだ。ジンにだってショックな事だった。パパが死んだ事は。


 パパ。


「……パパなの?」


 ママが見せてくれた写真とそっくりな顔がそこにあった。鮮やかな紫色の髪は前のジンの髪色と同じで。


「……あぁ、そうだよ」

「そっかぁ」


 ハッキリ見えるようになったパパのジンと同じ金色の目にジンのママの姿を映し、そしてジンに微笑んだ。


「おやすみ、ジン」


 記憶を思い出しても思い出せなかったパパの声は低くめで、とても優しかった。



「おやすみ、ぱぱ」

 おやすみ。パパ



「おやすみ、パパ」


 小舟に横たわり天の川を眺めるモノが、そう呟く。

 その呟きは闇に溶けて、呟いたモノ以外には届かない。

 そのモノを乗せた小舟が、天の川を写した水面の上を流れる。

 小舟が流れる度に出来る波紋が、星々を隠す。


 ここには小舟に乗るモノしか居ない。

 でもそれで構わない。

 そのモノは望んだから、一人で此処に居るのだから。


 日課をこなす為にそのモノは立ち上がり、小舟を漕ぎ始める。

 可哀想で愛おしいあの子の為に。


 今日も明日も明後日も、そのモノは言う。

 『起きろ』と。









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