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その果てに、月は神を観る 〜記憶を失った青年と兵器少女は、滅びた地球の真実へ降りる〜  作者: 大導ユウ
第20章 臨時トリアド

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第49話 兵器と人間の狭間で


 シロハリグモの残骸の奥に、道が開いていた。


 帰るための線ではない。


 だが、そこにしか線は残っていなかった。


「進む」


 リディアが言った。


 ガイウスが防護圏を低く展開する。


「先導する」


「前は私」


「防護は俺だ」


 返答は短い。


 リディアは反論しなかった。


 エリスが後方で《ノクティス・ライフル》を構え直す。


「奥の音を拾います」


 三人は、シロハリグモの残骸を越えた。


     *


 ユグドラシル・コア内部へ踏み込んだ瞬間、外の音が遠のいた。


 粉塵の音。


 崩れる旧施設の音。


 クモの群れが地面を擦る音。


 それらが、一枚ずつ剥がれるように薄くなる。


 代わりに、内側から低い脈が返ってきた。


 空間そのものが、遅い鼓動を持っている。


『リディア、そこで一度止まって。そこから先は――』


 ユイの声が白く切れた。


『待て、ログが――』


 マルコの声も消える。


『三人とも、生きて――』


 ゼノの声は、最後まで届かなかった。


《外部通信:喪失》


《ケルベロス・リンク:遮断》


《月側管制:到達不能》


 声が消えた。


 ユイ。


 マルコ。


 ゼノ。


 ハルキ。


 外側にあった線が、まとめて切れた。


 リディアは足を止める。


「状況確認」


 命令の形をしていなければ、声にならなかった。


「防護可能。ただし、外と同じ範囲では展開できない」


 ガイウスが答える。


「観測可能です」


 エリスの返答は、少し遅れた。


「ただ、外の音ではありません」


 そこで、会話が止まった。


 沈黙の中に、消えた声だけが残る。


 アウルス。


 イオナ。


 カッシウス。


 ノエマ。


 ヴェロニカ。


 ブロンテ。


 名前は出なかった。


 出さなくても、そこにあった。


「記録は残っている」


 リディアが言った。


 自分の声が平坦すぎると、リディアは記録した。


 平坦でなければ、言えなかった。


 ガイウスが足元に視線を落とす。


「最後に残った防護対象は、俺だった」


 低い声だった。


「カッシウスも、ノエマも、それを分かって外側へ出た」


 右腕外装が小さく軋む。


「守る側の俺が、残された」


 報告に近い言葉だった。


 報告でなければ、口にできない言葉だった。


 エリスが、かすかに息を吸う。


「プロクシスなら」


 その声は、外の戦場よりも静かだった。


「損耗として、処理できるはずでした」


 誰も否定しなかった。


 リディアは端末の奥に残る未処理記録を思い出す。


 削除候補。


 再編候補。


 上位隊列への統合候補。


 どれも選べなかった。


「処理できていない」


 リディアは言った。


 それは報告だった。


 弱音ではない。


 だが、報告としても不完全だった。


 ガイウスが、ゆっくり頷く。


「俺もだ」


 エリスが目を伏せる。


「私もです」


 三人の声は揃わなかった。


 それでよかった。


 揃わないまま、同じ場所に立っている。


 リディアは《タケミカヅチ》の柄に手を置いた。


「なら、未処理のまま進む」


 ガイウスが防護圏を低く構える。


「防護対象、継続」


 エリスが音のない奥を見た。


「観測、継続します」


 三人は、再び前を向いた。


     *


 ガイウスは一度だけ、リディアを見た。


 守る対象。


 監視対象。


 二つの分類が、同じ名に重なる。


 ラドゥスの命令。


 軍規。


 シノドゥスの指揮系統。


 プロクシスなら、それを優先すべきだった。


「俺は、命令を全うするべきだ」


 ガイウスは低く言った。


 リディアも、エリスも動かなかった。


「そのはずだ」


 二度目は、少しだけ違った。


 確認ではない。


 否定だった。


 リディアはガイウスを見た。


「今の防護対象は」


「リディア。エリス」


 即答だった。


 ガイウス自身も、その速さに気づいた。


「……そう設定した」


「命令で?」


 リディアの問いは短い。


 ガイウスは答えなかった。


 沈黙が答えだった。


 奥の音が止まった。


 エリスが顔を上げる。


「何かいます」


 リディアは前を見る。


 光は少ない。


 だが、奥に形があった。


 人の形。


 その事実が、最初に異常だった。


 アラミタマの群れは、多脚で地形に伏せる。


 シロハリグモは、地平線を撃つために脚を広げていた。


 だが、それは違う。


 立っている。


 人間ほどの輪郭で。


 人間ではない沈黙で。


 中枢へ続く通路を塞いでいる。


 プロクシスより、少し大きい。


 二メートルを少し超える程度。


 黒い外装。


 仮面状の顔。


 関節の隙間から、青白いエーテル光が細く漏れている。


 ガイウスが一歩、前へ出る。


「防護対象を再設定する」


 リディアは刃を抜いた。


「断つ」


 エリスが、わずかに首を振る。


「違います」


「何が」


「これは、今までのアラミタマとは別の存在です」


 黒い人型個体が、初めて声を出した。


『侵入個体、三』


 声は、声帯を持たないものの音だった。


 抑揚がない。


 怒りもない。


 問いかけですらない。


『防衛境界、起動』


 リディアの端末が遅れて反応する。


《敵性照合:未定義》


《反応系統:未分類》


《同期値:微増》


 黒い個体は動かない。


 ただ、そこに立っている。


『識別。AR-AXIS-01』


 一拍。


『個体名、オハバリ』

挿絵(By みてみん)

 帰る線のない場所で。


 オハバリは、三人を待っていた。


三人はユグドラシル・コア内部へ入りました。


外部通信は途絶し、帰還線もありません。

その中枢手前で待っていたのは、白灰色の群れではなく、黒い人型の基軸個体。


次章、《オハバリ》戦へ進みます。


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