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その果てに、月は神を観る 〜記憶を失った青年と兵器少女は、滅びた地球の真実へ降りる〜  作者: 大導ユウ
第20章 臨時トリアド

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第48話 根を断て


 地平線が、白く息を吸った。


 シロハリグモの背部砲身状構造が持ち上がる。


 クモたちは、伏せたまま動かない。


《敵性個体:シロハリグモ》


《再発射準備:進行中》


《高エーテル出力反応:上昇》


 ユイの声が、三つの回線へ走った。


『リディア、前へ』


『ガイウス、正面で受けないで』


『エリス、発射前の薄い場所を拾って』


 返答は、三方向から遅れて届いた。


『了解』


『防護を流す』


『聞いています』


 三つの声。


 隊ではない。


 けれど、形はあった。


     *


 リディアは白い粉塵の中を進んだ。


 《タケミカヅチ》の柄を握る右手だけが、妙に明瞭だった。


 右側で、低い防護圏が展開された。


 ガイウスだった。


 《ヘカトンシールド》は壁のように立っていない。


 崩れた舗装材と地下導管の残骸へ、防護面を斜めに噛ませている。


 止める形ではない。


 逸らす形。


「間に合ったか」


 ガイウスの声が入る。


「まだ」


 リディアは答えた。


「これから間に合わせる」


「了解した」


 短い返答。


 その向こうに、削れた防護圏の音がある。


 カッシウス。


 ノエマ。


 名は出ない。


 出ないまま、残っている。


 さらに奥で、エリスの通信が重なった。


『左ではありません。下です』


 リディアは足を止めない。


『シロハリグモの発射線は、地表を通りません。地下導管の残響を使っています』


「見えるか」


 エリスの声は、少しだけ遅れた。


『聞こえます』


 白い粉塵の向こうで、何かが沈む。


 リディアには見えない。


 ガイウスにも見えない。


 だが、エリスには聞こえている。


 それで十分だった。


     *


 エリスは合流予定地点を見下ろす瓦礫の高所に先行し、《ノクティス・ライフル》を構えていた。


 ヴェロニカの近い足音は、もうない。


 ブロンテが射点を支えた低い震えも、もうない。


 それでも、耳はまだ戦場を拾っている。


 その中から、エリスは音のない一点を探した。


 シロハリグモの背部砲身状構造が膨らむたび、周囲の音が一拍だけ沈む。


 発射前の静寂。


 そこが、白い線の根だった。


「見つけました」


 エリスは引き金に指をかける。


『撃てるか』


 ユイの声。


「撃てます」


 言い切った。


 肩の反応は遅れている。


 射撃の反動も、まだ腕の奥に残っている。


 それでも、撃てると言った。


 撃てなければ、ヴェロニカが消した近い音も、ブロンテが残した射点も、ただ消えたことになる。


 それは、違う。


「ガイウス」


『聞いている』


「次の白い線は、正面ではありません。下から上がります」


『防護角度を変える』


「受けないでください」


『受けない』


 ガイウスの声は低く硬かった。


『流す』


 エリスは、シロハリグモの根元へ意識を戻した。


 前の一射でつけた乱れは、まだ消えていない。


 光の節が不規則に明滅し、再発射の脈がわずかに遅れている。


 完全には戻っていない。


 そこが、まだ使える。


「リディア隊長」


「聞こえている」


「一射で、姿勢を崩します。その後、一拍だけ外郭が開きます」


「一拍でいい」


 リディアの声は平坦だった。


 平坦すぎるほどに。


 エリスは照準を合わせた。


「撃ちます」


 《ノクティス・ライフル》が鳴った。


 白い戦場を、細い弾道が伸びる。


 根元に残っていた光の節を、もう一度叩いた。


《シロハリグモ:姿勢制御乱れ》


《再発射周期:遅延》


《発射核:露出予兆》


 シロハリグモの多脚が、地面を掻いた。


 白い線が、予定より低く走る。


 ガイウスが動いた。


     *


 リディアが距離を詰める。


 近接戦闘へ持ち込むための時間。


 エリスが撃ち抜いたのはこの時間だった。


《再発射周期:遅延》


 シロハリグモの背部砲身状構造が脈打つ。


 だが、白い線は走らない。


 膨らんだ光が収束していく。


 広域掃射ではない。


 出力を絞っている。


 狙いを定めている。


 エリスが撃ち抜いた光の節で周期は乱れている。


 それでも、シロハリグモは発射を諦めなかった。


 照準だけを変えた。


 リディア。


 ガイウス。


 前へ出てくる二つの反応へ。


「来る」


 エリスの声が届く。


『広がりません』


 遅れて続く。


『二人を狙っています』


 リディアは止まらない。


 シロハリグモとの距離は、もう近い。


 《タケミカヅチ》を振り下ろせる距離まで、あと数歩。


 その瞬間だった。


 白い光が収束する。


 砲身状構造の先端が、リディアへ向いた。


 発射。


 白い線が走る。


 細く、鋭く、リディアとガイウスを貫くための線。


 リディアが踏み込む。


 ガイウスが前へ出る。


 《ヘカトンシールド》を正面には立てない。


 防護圏を斜めに沈める。


 受け止めない。


 押し返さない。


 滑らせる。


 白い線が防護面へ触れた。


 右腕の外装が軋む。


《右腕外装:亀裂拡大》


《防護角度:維持》


 ガイウスは動かない。


 必要な角度だけを残す。


 白い線が、防護面の上を流れる。


 逸れる。


《砲撃線:偏向》


 カッシウスなら、今の一瞬を撃つ。


 ノエマなら、角度誤差を数値で返す。


 どちらも、もういない。


 それでも、二人が残した盾はここにある。


 白い線が地表を削りながら横へ流れていく。


「リディア」


 ガイウスは声を出した。


「進め」


「了解」

挿絵(By みてみん)

 リディアが前へ出る。


 戻るためではない。


 次の一歩を踏むための防護だった。


     *


 リディアは走った。


 走る、というより、落ちるように前へ出た。


 白い線が逸れている。


 ガイウスが作った角度。


 エリスが撃った光の節。


 ユイが再構成した三点の線。


 その全てが、一拍だけシロハリグモの外郭を開かせている。


 リディアは、一太刀目を入れた。


 刃が白灰色の外郭を打つ。


 刃の奥から、ずれが返ってくる。


《敵性位相:検出》


《観測補正:未到達》


《切断可能域:未確定》


 待てば、確実になる。


 待てば、一拍を失う。 


 外郭の硬さ。


 光の脈。


 発射核へ向かう細い歪み。


 表示は、まだ追いついていない。


 それでも、リディアには分かった。


 分かった、というより。


 刃が、もう知っていた。


《位相照合:未完了》


《二撃目:手動継続》


 リディアは待たなかった。


 右手が返る。


 一太刀目が残したずれへ、二太刀目を入れる。


 《タケミカヅチ》の刃が、白い光の奥へ沈んだ。


「断つ」

挿絵(By みてみん)

 声が出た。


 誰に向けた命令でもない。


 刃がさらに深く入る。


 シロハリグモの発射核が、内側から裂けた。


《タケミカヅチ:敵性位相切断》


《発射核:断裂》


《再発射:停止》


《高エーテル出力反応:急減》


 シロハリグモの脚が、地面を叩く。


 一度。


 それだけだった。


 背部の砲身状構造が折れ、膨らんでいた白い光が内側から崩れた。


《敵性個体:シロハリグモ》


《戦闘反応:消失》


 白い粉塵が、遅れて落ちる。


 勝利の音はしなかった。


『止まりました』


 エリスの声が入る。


『砲撃線、消失』


 ガイウスの防護圏が、低く軋む。


 ユイの声は、すぐには戻らなかった。


 戻った時、その声は震えていなかった。


『臨時トリアド、目標撃破』


 目標。


 撃破。


 その二つの言葉は正しい。


 だが、リディアは前を見ていた。


 シロハリグモが崩れた奥で、粉塵が内側へ吸われている。


 道が開いている。


 ハルキの端末に、白い脈が走った。


《地下深部応答:再検出》


《識別:未照合》


《敵性照合:不一致》


《オルガノン照合:不成立》 


『地下反応が、変わった』


 ハルキの声が入る。


『強くなった?』


 ユイが聞く。


『違う。はっきりした』


 通常戦術盤には、何も出ていない。


 敵性反応でもない。


 セレーネの識別信号でもない。


 それでも、ハルキの端末だけが、奥へ向かう細い脈を拾っていた。


 《タケミカヅチ》の位相反応ログと一瞬だけ重なった。


 同じではない。


 似ている、と言うには早い。


 それでも、知らない反応ではない気がした。


 ゼノが問う。


『読めるか』


『ここからでは不安定です』


 ハルキの声だけが、ゼノへ向けて敬語に戻る。


『近づけば残ります。離れると消えます』


『外からじゃ無理か』


 マルコが言った。


『中で読むしかない』


 ハルキは答えた。


 リディアは、開いた道の奥を見た。


 白い粉塵の向こうに、音のない深部が続いている。


 帰るための線ではない。


 それでも、そこにしか線は残っていなかった。


臨時トリアドの初戦でした。


エリスが見つけ、ガイウスが流し、リディアが断つ。

三隊に分かれていた時には届かなかった場所へ、三人だけになったことで届いてしまう。


勝利ではあります。

ただ、それは帰るための勝利ではなく、さらに奥へ進むための道を開くものでした。


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