第47話 残された三つの点
第47話 残った三点
月側管制層の戦術盤に、白く沈んだ表示が残っている。
《リディア隊:戦術単位喪失/残存一》
《ガイウス隊:戦術単位喪失/残存一》
《エリス隊:戦術単位喪失/残存一》
ユイは、それを見ていた。
指が一度だけ止まった。
「……三点だけ」
声に出したつもりはなかった。
隣で、マルコが聞いていた。
「形だけなら」
マルコの指は止まっていない。
白く焼けたログの底から、保守回線の残りを掘っている。
「プランBに近い」
ユイの喉が、ひとつ詰まった。
プランB。
高適性の三隊長だけを高密度で動かす予備案。
突破率は高い。
だが、随伴隊の回収率が落ちる。
だから、採用しなかった。
採用しなかったはずだった。
「選んでない」
ユイは言った。
「こんな形で、残したかったわけじゃない」
ゼノが戦術盤を見たまま、短く言う。
「使えるか」
ユイは息を吸った。
答えたくない。
だが、答えなければならない。
「使うしかありません」
その声は、戦術家の声だった。
声だけは。
*
ハルキは戦術盤を見ていた。
通信は死んだまま。
正規回線も、予備回線も戻らない。
白く沈んだ盤面の中で、見えるものだけを追う。
ゼノが言った。
「見えないなら、見えるようにする」
左眼補助視界が開く。
《ODIN-EYE》が戦場全域のエーテル場を再構成した。
白いノイズの底に、三つの共振点が浮かぶ。
リディア。
ガイウス。
エリス。
「いたな」
通信は切れている。
だが、観測共振は残っていた。
「ユイ。エリスを中継点にする」
「届くんですか?」
「届かせる」
戦場エーテル流とエリスの観測領域が重なる。
《観測共振:成立》
《通信補助経路:形成》
ノイズの向こうから声が返った。
『……聞こえます』
エリスだった。
返答までに、わずかな間があった。
通信遅延ではない。
ユイは気づいた。
気づいたが、考えない。
今は考えない。
「中継できる?」
『やります』
声は届いている。
それだけで十分だと、自分に言い聞かせた。
ハルキが地下深部応答とエリスの通信帯域を重ねる。
《通信中継経路:仮設》
《中継点:エリス》
細い線が二本伸びた。
リディア。
ガイウス。
ノイズが走る。
それでも線は切れない。
『……こちら、ガイウス』
少し間が空いた。
『リディアです』
返答は短かった。
不安定だが、届いている。
『二人とも拾えました』
「よくやった」
ユイは即座に指示を出す。
「今は三人を合流させる。ハルキ、その線を保って」
「分かった」
その時だった。
画面の底に、別の反応が浮かぶ。
戦術盤にも登録されていない未照合応答。
《地下深部応答:再検出》
《三残存反応との重合:成立》
細い線が、三人の位置と重なった。
「ゼノ司令」
「言え」
「地下深部の応答が残っています」
「帰還線か」
「違います。奥へ向かう線です」
「奥って、どこ」
ユイの問いに、ハルキは答えた。
「ユグドラシル・コアの地下深部だと思う」
マルコが舌打ちする。
「最悪だな」
誰も否定しなかった。
線は不安定だ。
だが、消えてはいない。
ゼノが低く言う。
「中で読むしかないか」
ハルキは頷いた。
「はい」
白い盤面の底で、細い線が揺れ続けていた。
*
地表では、リディアが白い灰の中に立っていた。
左腕の反応は遅れている。
アウルスの記録。
イオナの声。
削除候補は、まだ端末の奥に残っている。
リディアは選ばない。
削除しない。
『リディア』
ユイの声が届いた。
「聞こえる」
『三名を合流させます』
「了解」
リディアは短く答えた。
『リディア』
ガイウスの声が入った。
硬い。
いつもより、さらに硬い。
『こちらは動ける』
「損傷は」
『防護可能域に収める』
答えになっていない。
だが、今はそれでよかった。
エリスの通信が、さらに遅れて入る。
『こちら、エリス。合流線、聞こえています』
声の奥に、何かが残っている。
近い音が消えた後の、広すぎる戦場の音。
「合流地点は」
『三名の中間ではありません』
エリスが言った。
『白い線が薄い場所です。そこを通れば、砲撃源の再発射前に寄れます』
ユイの声が重なる。
『リディア、前へ。ガイウス、防護を低く。エリス、薄い場所を拾って』
命令が来る。
隊ではない。
だが、形はある。
リディアは一歩を踏み出した。
足下の旧舗装材が砕ける。
白い粉塵が上がる。
その向こうで、白灰色のクモが動いた。
追撃ではない。
塞ぐ動き。
奥へ向かう線を、もう一度閉じる動き。
リディアは《タケミカヅチ》を抜いた。
「断つ」
*
月側の戦術盤に、三つの点が近づいていく。
ユイは、三人の位置だけを見ていた。
三点。
三角。
臨時の形。
それだけが、白い戦場でまだ動いている。
マルコが声を落とす。
「残りの通信、もつか怪しいぞ」
「分かってる」
「ガイウスの防護ログは焼けてる。エリスの音声帯域も白い。リディアは左腕が遅れてる」
「分かってる」
二度目で、ユイは自分に言い聞かせていることに気づいた。
分かっている。
分かっているだけでは、足りない。
「それでも、三人なら動ける」
ユイは演算履歴を開いた。
《予備戦術案:B》
《高適性三個体集中運用》
《随伴隊回収率:低》
《採用判定:棄却》
棄却。
その文字が、白く重い。
ユイは表示を閉じた。
「臨時トリアドとして再構成」
声に出す。
管制層が、それを命令として受け取る。
《臨時トリアド:構成中》
《前衛突破:リディア》
《防護制御:ガイウス》
《観測狙撃:エリス》
ユイは息を吸った。
「リディア、前へ」
「ガイウス、受けないで。流して」
「エリス、次の発射前の薄い場所を」
『白い線の根が、動きます』
エリスの声。
戦術盤の奥で、高エーテル反応が膨らんだ。
《砲撃源個体:再捕捉》
《高エーテル出力反応:上昇》
《背部砲身状構造:展開》
《再発射周期:不安定》
ユイが表示を開く。
長い分類名が、戦術盤の端に流れた。
《敵性個体暫定識別:高出力エーテル砲搭載型アラミタマ》
その前に、ゼノが切った。
「長い」
ゼノの左眼補助視界に、白灰色の多脚個体が拡大される。
背部に砲身状構造。
地面へ脚を広げ、旧施設群の残骸を巣のように抱え込む姿勢。
脈打つ白い光。
「シロハリグモ」
ゼノは言った。
「以後、あれをそう呼べ」
ユイは頷いた。
「了解。砲撃源個体、現場呼称シロハリグモ」
《敵性個体:シロハリグモ》
《再発射準備:進行中》
ハルキの端末で、地下深部の応答が強くなる。
シロハリグモの背後。
白い線の根のさらに奥。
そこに、細い道が残っている。
「ゼノ司令」
「見えたか」
「はい」
ハルキは画面を見つめた。
「シロハリグモの背後に、応答が残っています。三人があれを越えれば、地下深部への線が開きます」
「越えれば、か」
ゼノの声は低かった。
希望ではない。
条件だった。
ユイは三つの点を見た。
その前方で、シロハリグモの白い光が膨らんでいく。
もう一度撃たれれば、三点は三点のまま消える。
「合流を急がせます」
ユイは言った。
声は、もう震えていない。
震えごと、戦術盤へ押し込んだ。
「臨時トリアド、合流開始」
白い戦場の上で、三つの点が動いた。
その先で、シロハリグモが脚を広げる。
地平線が、また白く息を吸った。
今回は、「三隊」ではなく「三点」だけが残った状態から始めました。
ユイにとってプランBは、強いからこそ選ばなかった案です。
それが仲間を失ったあとに残ってしまう、というのが第20章の苦い入口になります。
そして、砲撃源個体には現場呼称として「シロハリグモ」という名が付きました。
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