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その果てに、月は神を観る 〜記憶を失った青年と兵器少女は、滅びた地球の真実へ降りる〜  作者: 大導ユウ
第20章 臨時トリアド

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第47話 残された三つの点

第47話 残った三点


 月側管制層の戦術盤に、白く沈んだ表示が残っている。


《リディア隊:戦術単位喪失/残存一》


《ガイウス隊:戦術単位喪失/残存一》


《エリス隊:戦術単位喪失/残存一》


 ユイは、それを見ていた。


 指が一度だけ止まった。


「……三点だけ」


 声に出したつもりはなかった。


 隣で、マルコが聞いていた。


「形だけなら」


 マルコの指は止まっていない。


 白く焼けたログの底から、保守回線の残りを掘っている。


「プランBに近い」


 ユイの喉が、ひとつ詰まった。


 プランB。


 高適性の三隊長だけを高密度で動かす予備案。


 突破率は高い。


 だが、随伴隊の回収率が落ちる。


 だから、採用しなかった。


 採用しなかったはずだった。


「選んでない」


 ユイは言った。


「こんな形で、残したかったわけじゃない」


 ゼノが戦術盤を見たまま、短く言う。


「使えるか」


 ユイは息を吸った。


 答えたくない。


 だが、答えなければならない。


「使うしかありません」


 その声は、戦術家の声だった。


 声だけは。


     *


 ハルキは戦術盤を見ていた。


 通信は死んだまま。


 正規回線も、予備回線も戻らない。


 白く沈んだ盤面の中で、見えるものだけを追う。


 ゼノが言った。


「見えないなら、見えるようにする」


 左眼補助視界が開く。


 《ODIN-EYE》が戦場全域のエーテル場を再構成した。


 白いノイズの底に、三つの共振点が浮かぶ。


 リディア。


 ガイウス。


 エリス。


「いたな」


 通信は切れている。


 だが、観測共振は残っていた。


「ユイ。エリスを中継点にする」


「届くんですか?」


「届かせる」


 戦場エーテル流とエリスの観測領域が重なる。


《観測共振:成立》


《通信補助経路:形成》


 ノイズの向こうから声が返った。


『……聞こえます』


 エリスだった。


 返答までに、わずかな間があった。


 通信遅延ではない。


 ユイは気づいた。


 気づいたが、考えない。


 今は考えない。


「中継できる?」


『やります』


 声は届いている。


 それだけで十分だと、自分に言い聞かせた。


 ハルキが地下深部応答とエリスの通信帯域を重ねる。


《通信中継経路:仮設》


《中継点:エリス》


 細い線が二本伸びた。


 リディア。


 ガイウス。


 ノイズが走る。


 それでも線は切れない。


『……こちら、ガイウス』


 少し間が空いた。


『リディアです』


 返答は短かった。


 不安定だが、届いている。


『二人とも拾えました』


「よくやった」


 ユイは即座に指示を出す。


「今は三人を合流させる。ハルキ、その線を保って」


「分かった」


 その時だった。


 画面の底に、別の反応が浮かぶ。


 戦術盤にも登録されていない未照合応答。


《地下深部応答:再検出》


《三残存反応との重合:成立》


 細い線が、三人の位置と重なった。


「ゼノ司令」


「言え」


「地下深部の応答が残っています」


「帰還線か」


「違います。奥へ向かう線です」


「奥って、どこ」


 ユイの問いに、ハルキは答えた。


「ユグドラシル・コアの地下深部だと思う」


 マルコが舌打ちする。


「最悪だな」


 誰も否定しなかった。


 線は不安定だ。


 だが、消えてはいない。


 ゼノが低く言う。


「中で読むしかないか」


 ハルキは頷いた。


「はい」


 白い盤面の底で、細い線が揺れ続けていた。


     *


 地表では、リディアが白い灰の中に立っていた。


 左腕の反応は遅れている。


 アウルスの記録。


 イオナの声。


 削除候補は、まだ端末の奥に残っている。


 リディアは選ばない。


 削除しない。


『リディア』


 ユイの声が届いた。


「聞こえる」


『三名を合流させます』


「了解」


 リディアは短く答えた。


『リディア』


 ガイウスの声が入った。


 硬い。


 いつもより、さらに硬い。


『こちらは動ける』


「損傷は」


『防護可能域に収める』


 答えになっていない。


 だが、今はそれでよかった。


 エリスの通信が、さらに遅れて入る。


『こちら、エリス。合流線、聞こえています』


 声の奥に、何かが残っている。


 近い音が消えた後の、広すぎる戦場の音。


「合流地点は」


『三名の中間ではありません』


 エリスが言った。


『白い線が薄い場所です。そこを通れば、砲撃源の再発射前に寄れます』


 ユイの声が重なる。


『リディア、前へ。ガイウス、防護を低く。エリス、薄い場所を拾って』


 命令が来る。


 隊ではない。


 だが、形はある。


 リディアは一歩を踏み出した。


 足下の旧舗装材が砕ける。


 白い粉塵が上がる。


 その向こうで、白灰色のクモが動いた。


 追撃ではない。


 塞ぐ動き。


 奥へ向かう線を、もう一度閉じる動き。


 リディアは《タケミカヅチ》を抜いた。


「断つ」


     *


 月側の戦術盤に、三つの点が近づいていく。


 ユイは、三人の位置だけを見ていた。


 三点。


 三角。


 臨時の形。


 それだけが、白い戦場でまだ動いている。


 マルコが声を落とす。


「残りの通信、もつか怪しいぞ」


「分かってる」


「ガイウスの防護ログは焼けてる。エリスの音声帯域も白い。リディアは左腕が遅れてる」


「分かってる」


 二度目で、ユイは自分に言い聞かせていることに気づいた。


 分かっている。


 分かっているだけでは、足りない。


「それでも、三人なら動ける」


 ユイは演算履歴を開いた。


《予備戦術案:B》


《高適性三個体集中運用》


《随伴隊回収率:低》


《採用判定:棄却》


 棄却。


 その文字が、白く重い。


 ユイは表示を閉じた。


「臨時トリアドとして再構成」


 声に出す。


 管制層が、それを命令として受け取る。


《臨時トリアド:構成中》


《前衛突破:リディア》


《防護制御:ガイウス》


《観測狙撃:エリス》


 ユイは息を吸った。


「リディア、前へ」


「ガイウス、受けないで。流して」


「エリス、次の発射前の薄い場所を」


『白い線の根が、動きます』


 エリスの声。


 戦術盤の奥で、高エーテル反応が膨らんだ。


《砲撃源個体:再捕捉》


《高エーテル出力反応:上昇》


《背部砲身状構造:展開》


《再発射周期:不安定》


 ユイが表示を開く。


 長い分類名が、戦術盤の端に流れた。


《敵性個体暫定識別:高出力エーテル砲搭載型アラミタマ》


 その前に、ゼノが切った。


「長い」


 ゼノの左眼補助視界に、白灰色の多脚個体が拡大される。


 背部に砲身状構造。


 地面へ脚を広げ、旧施設群の残骸を巣のように抱え込む姿勢。


 脈打つ白い光。


「シロハリグモ」


 ゼノは言った。


「以後、あれをそう呼べ」


 ユイは頷いた。


「了解。砲撃源個体、現場呼称シロハリグモ」


《敵性個体:シロハリグモ》


《再発射準備:進行中》


 ハルキの端末で、地下深部の応答が強くなる。


 シロハリグモの背後。


 白い線の根のさらに奥。


 そこに、細い道が残っている。


「ゼノ司令」


「見えたか」


「はい」


 ハルキは画面を見つめた。


「シロハリグモの背後に、応答が残っています。三人があれを越えれば、地下深部への線が開きます」


「越えれば、か」


 ゼノの声は低かった。


 希望ではない。


 条件だった。


 ユイは三つの点を見た。


 その前方で、シロハリグモの白い光が膨らんでいく。


 もう一度撃たれれば、三点は三点のまま消える。


「合流を急がせます」


 ユイは言った。


 声は、もう震えていない。


 震えごと、戦術盤へ押し込んだ。


「臨時トリアド、合流開始」


 白い戦場の上で、三つの点が動いた。


 その先で、シロハリグモが脚を広げる。


 地平線が、また白く息を吸った。


今回は、「三隊」ではなく「三点」だけが残った状態から始めました。


ユイにとってプランBは、強いからこそ選ばなかった案です。

それが仲間を失ったあとに残ってしまう、というのが第20章の苦い入口になります。


そして、砲撃源個体には現場呼称として「シロハリグモ」という名が付きました。


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