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その果てに、月は神を観る 〜記憶を失った青年と兵器少女は、滅びた地球の真実へ降りる〜  作者: 大導ユウ
第19章 白い戦場

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第45話 盾の外側

 リディア隊が白い戦場へ飲まれていった、その同じ瞬間。


 ガイウス隊もまた、第一射の直撃圏にいた。


 光が走った時、ガイウスはそれを砲撃だと認識できなかった。


 地平線が白く裂けた。


 次の瞬間には、戦場の輪郭そのものが消えていた。


《広域エーテル反応:飽和》


《地表層損傷》


《帰還線:未定義》


《戦術同期:断続》


 警告表示が一斉に赤へ変わる。


 だが、警告より先に地面が消えた。


 白い線が地表を舐める。


 味方反応がまとめて消える。


 ガイウスは即座に《ヘカトンシールド》を展開した。


《ヘカトンシールド:多層防御展開》


《特殊機能:カウンスウェル・パルス》


《反衝圧:上昇》


 防護圏が低く鳴った。


 音ではない。


 圧だった。


 白い線が防護圏へ触れるたび、盾全体が軋む。


 押し返す。


 戻す。


 耐える。


 それだけを繰り返す。


 戦場を削りながら通過する巨大な流れだった。


 ガイウスは膝を落とす。


 接地圧を上げる。


 盾を沈める。


 防護圏を維持する。


 その内側に、カッシウスとノエマがいた。


 まだいる。


 それを確認する。


 だが、終わっていない。


 静かすぎた。


 敵が攻めてこない。


 クモたちが前進しない。


 伏せている。


 待っている。


 そして、遠方で再び集まり始める異常なエーテル反応。


 理解する。


 これは前座だ。


 もう一度来る。


 ガイウスは戦術盤の残骸を確認した。


 月側回線は白く焼けている。


 応答要求を送っても、返答は戻らない。


 帰還線もない。


 隊間同期も断続。


 残っているのは、この場にいる三人だけだった。


「ガイウス隊、状況確認」


 ガイウスは記録用に発声する。


「第一射通過。防護圏維持中。帰還線再設定、失敗。防護対象、三名」


 返答はない。


 記録だけが残る。


「戦闘継続可能」


 嘘ではない。


 だが、十分ではない。


 帰れない。


 動けない。


 そして次が来る。


 カッシウスが短く笑った。


「便利な言葉だな」


「何がだ」


「戦闘継続可能」


 ガイウスは答えなかった。


 カッシウスは肩の装甲を払う。


 右腕部の外装が焼けている。


 脚部反応も安定していない。


 第一射の余波だった。


 ノエマは端末を抱えたまま計算を続けている。


「第二射予測」


 ノエマが言った。


「接近中」


 表示が切り替わる。


《高出力エーテル反応:再上昇》


《予測発射:近接》


《防護対象:三名維持困難》


 ガイウスは理解した。


 第一射を耐えたのではない。


 第二射を迎える場所まで生き残っただけだ。


「防護対象三名での維持は、二十秒未満」


 ノエマが端末から目を離さずに言った。


「二名なら?」


 カッシウスが聞く。


「四十二秒」


「一名なら?」


「作戦継続可能域」


「ほらな」


 カッシウスが小さく息を吐いた。


「そういう計算になる」


 ノエマは否定しなかった。


 ガイウスは即座に答えた。


「却下する」


 ノエマは顔を上げない。


「まだ提案していません」


「提案前に却下する」


「では、提案します」


 端末に表示が走る。


《防護対象再設定案》


《対象:ガイウス・プロクシスX》


《カッシウス:防護対象外》


《ノエマ:防護対象外》


「却下する」


「受領できません」


 ノエマの声は淡々としていた。


 カッシウスが小さく息を吐く。


「ほらな。こうなる」


「カッシウス、戻れ」


「戻っても三人まとめて潰れるだけだ」


「私は貴官らを守る」


「お前が残れば、まだ誰かを守れる」


 その言葉に、ガイウスの処理が一瞬止まった。


 まだ誰か。


 リディア。


 エリス。


 白い戦術盤の中で、二つの主力認定反応が沈みかけている。


 ガイウスはそれを見た。


 見てしまった。


 そして。


 第二射が来た。


 白い線が、再び戦場を横に掃いた。


 第一射より近い。


 第一射より深い。


 防護圏が悲鳴を上げる。


《防護圏外縁:侵食》


《反衝圧:限界接近》


《防護対象:三名維持困難》


「カッシウス」


「怒るなよ」


「命令違反だ」


「そうだな」


 カッシウスは防護圏の外へ出た。


 白い線の圧が、彼の装甲を撫でる。


 警告表示が一気に跳ねた。


《カッシウス:防護圏外》


《外装温度:上昇》


《エーテル侵食:危険域》


「戻れ」


「無理だな」


「命令だ」

挿絵(By みてみん)

「聞こえないことにする」


 カッシウスは武装を構えた。


 狙う先は敵ではない。


 白い線でもない。


 崩れた導管。


 旧施設の壁。


 地表に残る、焼けた構造材の根。


 彼はそこを穿った。


 導管が砕ける。


 壁が落ちる。


 地表のエーテル層が一瞬だけ乱れる。


 白い線が揺れた。


 一拍。


 防護圏の侵食が止まる。


 すぐに戻る。


 カッシウスは次を穿つ。


 二拍。


 ノエマの端末が再設定処理へ入る。


 三拍。


 ガイウスは、防護圏の中心へ押し戻された。


「守る側が」


 カッシウスの声が入った。


「全部抱えなくていい」


 最後の射撃が走る。


 白い線が、カッシウスの位置を飲んだ。


《カッシウス:外縁干渉継続》


《カッシウス:信号不安定》


《カッシウス:信号喪失》


 ガイウスは立ち上がろうとした。


 膝が動かない。


 防護圏が、彼自身を中心に固定されている。


 ノエマの処理だった。


「ノエマ」


「再設定中です」


「戻せ」


「できません」


「貴官とカッシウスを防護対象に含めろ」


「カッシウスは、すでに信号喪失」


 ノエマの声に揺れはなかった。


 ないようにしていた。


「貴官を含めろ」


「できません」


「命令だ」


「受領できません」


 ガイウスは、初めてノエマを見た。


 すでに対象外へ移っていた。


 端末上の処理では、ノエマは防護されていない。


 ガイウスだけが、中心に残されている。


「私たちは」


 ノエマが言った。


「あなたに守られるためだけの隊ではありません」


「違う」


「違いません」


 白い線が、再び防護圏へ触れた。


 今度は薄い。


 カッシウスが揺らした分だけ、圧がずれている。


 それでも、ノエマの立つ場所は削られていく。


「だから、残ってください」


「ノエマ」

挿絵(By みてみん)

「守る対象を、変更してください」


 端末が確定音を鳴らした。


《防護対象:再設定》


《対象:ガイウス・プロクシスX》


《カッシウス:対象外》


《ノエマ:対象外》


《集中防護:成立》


 ガイウスの防護圏が、急激に厚くなる。


 厚くなった分だけ、外側が消える。


 ノエマの識別が赤く沈む。


 白い線が通過した。


 ノエマの端末が白く焼ける。


《ノエマ:再設定ログ保持》


《ノエマ:防護対象外》


《ノエマ:信号不安定》


「守る対象を」


 ノエマの声が、細く残った。


「間違えないでください」


《ノエマ:信号喪失》


 防護圏の内側だけが残った。


 静かだった。


 白い戦場の中に、ガイウスだけが立っている。


 ガイウスは、拳を握った。


 震えはなかった。


 震えるための処理が、どこかに落ちていた。


 ガイウスは端末を見た。


 通信欄は白かった。


 受信もない。


 送信もない。


 だが、記録だけは残っている。


《ガイウス隊、戦術単位を喪失》


《カッシウス:信号喪失》


《ノエマ:信号喪失》


《残存:ガイウス・プロクシスX》


 送信完了表示は出ない。


 届いた保証もない。


 それでも、ガイウスは報告を入力した。


 誰かに聞かせるためではない。


 残すためだった。


《集中防護:継続可能》


《外縁干渉記録:保持》


《再設定ログ:保持》


《防護対象:未設定》


 未設定。


 その表示だけが、白い戦場の中で残っている。


 ガイウスは、ノエマの最後の言葉を処理した。


 守る対象を、間違えないでください。


 ゼノの命令が戻る。


 全員を帰せ。


 無理なら、一人でも多く帰せ。


 ガイウスは、防護対象欄を開いた。


 最初に、自分を外そうとした。


 端末が拒否した。


《集中防護中核:変更不可》


 ノエマの処理だった。


 カッシウスの稼いだ三拍。


 ノエマの再設定。


 その二つが、ガイウスを残している。


 残された。


 そう処理するしかなかった。


 ガイウスは次の欄へ進む。


《防護対象:追加》


 識別候補が白く揺れる。


 多すぎる。


 少なすぎる。


 残っている反応は、どれも不安定だった。


 そのうち一つに、微弱な補正信号が絡みついていた。


 断続的な通信補正。


 位置保持。


 削除されていない記録。


 イオナが残したものだった。


《位置補正ログ:検出》


《発信元:イオナ》


《対象:リディア・プロクシスIX》


《座標照合:成功》


 白い戦術盤の中に、細い一点が浮かび上がる。


 消えかけている。


 それでも、まだ残っている。


 リディア。


 ガイウスは迷わなかった。


《防護対象:リディア・プロクシスIX》


《暫定防護圏:形成中》


 細い線が伸びる。


 イオナが残した座標へ。


 白い戦場の向こうへ。


 届く保証はない。


 だが、位置はある。


 帰還線ではない。


 それでも、進むべき場所だった。


 ガイウスは一歩を踏み出した。


 応答はない。


 通信もない。


 白化した戦術盤には、断片化した識別情報だけが残っている。


 カッシウス。


 ノエマ。


 どちらも沈黙したままだ。


 ガイウスは歩く。


 守れなかった。


 その結論は変わらない。


 それでも停止はできない。


 停止すれば、二人が残したものまで失う。


 ガイウスは前を見る。


 白い戦場の向こう。


 不安定な反応が一つ。


 リディア。


 細い。


 今にも消えそうな線だった。


 だが、残っている。


 ガイウスはその線を見た。


 そして歩いた。


 一歩。


 もう一歩。


 守れなかった者の外側へ。


 残された者のもとへ。


 白い戦場の中を、ただ一人で進んだ。


リディア隊の回でした。


アウルスとイオナは、それぞれ違う形でリディアを残しました。

身体で射線から外す者と、声と位置を消さない者。


戦場では短い表示で終わってしまうものほど、本人の中には長く残るのだと思います。


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