第45話 盾の外側
リディア隊が白い戦場へ飲まれていった、その同じ瞬間。
ガイウス隊もまた、第一射の直撃圏にいた。
光が走った時、ガイウスはそれを砲撃だと認識できなかった。
地平線が白く裂けた。
次の瞬間には、戦場の輪郭そのものが消えていた。
《広域エーテル反応:飽和》
《地表層損傷》
《帰還線:未定義》
《戦術同期:断続》
警告表示が一斉に赤へ変わる。
だが、警告より先に地面が消えた。
白い線が地表を舐める。
味方反応がまとめて消える。
ガイウスは即座に《ヘカトンシールド》を展開した。
《ヘカトンシールド:多層防御展開》
《特殊機能:カウンスウェル・パルス》
《反衝圧:上昇》
防護圏が低く鳴った。
音ではない。
圧だった。
白い線が防護圏へ触れるたび、盾全体が軋む。
押し返す。
戻す。
耐える。
それだけを繰り返す。
戦場を削りながら通過する巨大な流れだった。
ガイウスは膝を落とす。
接地圧を上げる。
盾を沈める。
防護圏を維持する。
その内側に、カッシウスとノエマがいた。
まだいる。
それを確認する。
だが、終わっていない。
静かすぎた。
敵が攻めてこない。
クモたちが前進しない。
伏せている。
待っている。
そして、遠方で再び集まり始める異常なエーテル反応。
理解する。
これは前座だ。
もう一度来る。
ガイウスは戦術盤の残骸を確認した。
月側回線は白く焼けている。
応答要求を送っても、返答は戻らない。
帰還線もない。
隊間同期も断続。
残っているのは、この場にいる三人だけだった。
「ガイウス隊、状況確認」
ガイウスは記録用に発声する。
「第一射通過。防護圏維持中。帰還線再設定、失敗。防護対象、三名」
返答はない。
記録だけが残る。
「戦闘継続可能」
嘘ではない。
だが、十分ではない。
帰れない。
動けない。
そして次が来る。
カッシウスが短く笑った。
「便利な言葉だな」
「何がだ」
「戦闘継続可能」
ガイウスは答えなかった。
カッシウスは肩の装甲を払う。
右腕部の外装が焼けている。
脚部反応も安定していない。
第一射の余波だった。
ノエマは端末を抱えたまま計算を続けている。
「第二射予測」
ノエマが言った。
「接近中」
表示が切り替わる。
《高出力エーテル反応:再上昇》
《予測発射:近接》
《防護対象:三名維持困難》
ガイウスは理解した。
第一射を耐えたのではない。
第二射を迎える場所まで生き残っただけだ。
「防護対象三名での維持は、二十秒未満」
ノエマが端末から目を離さずに言った。
「二名なら?」
カッシウスが聞く。
「四十二秒」
「一名なら?」
「作戦継続可能域」
「ほらな」
カッシウスが小さく息を吐いた。
「そういう計算になる」
ノエマは否定しなかった。
ガイウスは即座に答えた。
「却下する」
ノエマは顔を上げない。
「まだ提案していません」
「提案前に却下する」
「では、提案します」
端末に表示が走る。
《防護対象再設定案》
《対象:ガイウス・プロクシスX》
《カッシウス:防護対象外》
《ノエマ:防護対象外》
「却下する」
「受領できません」
ノエマの声は淡々としていた。
カッシウスが小さく息を吐く。
「ほらな。こうなる」
「カッシウス、戻れ」
「戻っても三人まとめて潰れるだけだ」
「私は貴官らを守る」
「お前が残れば、まだ誰かを守れる」
その言葉に、ガイウスの処理が一瞬止まった。
まだ誰か。
リディア。
エリス。
白い戦術盤の中で、二つの主力認定反応が沈みかけている。
ガイウスはそれを見た。
見てしまった。
そして。
第二射が来た。
白い線が、再び戦場を横に掃いた。
第一射より近い。
第一射より深い。
防護圏が悲鳴を上げる。
《防護圏外縁:侵食》
《反衝圧:限界接近》
《防護対象:三名維持困難》
「カッシウス」
「怒るなよ」
「命令違反だ」
「そうだな」
カッシウスは防護圏の外へ出た。
白い線の圧が、彼の装甲を撫でる。
警告表示が一気に跳ねた。
《カッシウス:防護圏外》
《外装温度:上昇》
《エーテル侵食:危険域》
「戻れ」
「無理だな」
「命令だ」
「聞こえないことにする」
カッシウスは武装を構えた。
狙う先は敵ではない。
白い線でもない。
崩れた導管。
旧施設の壁。
地表に残る、焼けた構造材の根。
彼はそこを穿った。
導管が砕ける。
壁が落ちる。
地表のエーテル層が一瞬だけ乱れる。
白い線が揺れた。
一拍。
防護圏の侵食が止まる。
すぐに戻る。
カッシウスは次を穿つ。
二拍。
ノエマの端末が再設定処理へ入る。
三拍。
ガイウスは、防護圏の中心へ押し戻された。
「守る側が」
カッシウスの声が入った。
「全部抱えなくていい」
最後の射撃が走る。
白い線が、カッシウスの位置を飲んだ。
《カッシウス:外縁干渉継続》
《カッシウス:信号不安定》
《カッシウス:信号喪失》
ガイウスは立ち上がろうとした。
膝が動かない。
防護圏が、彼自身を中心に固定されている。
ノエマの処理だった。
「ノエマ」
「再設定中です」
「戻せ」
「できません」
「貴官とカッシウスを防護対象に含めろ」
「カッシウスは、すでに信号喪失」
ノエマの声に揺れはなかった。
ないようにしていた。
「貴官を含めろ」
「できません」
「命令だ」
「受領できません」
ガイウスは、初めてノエマを見た。
すでに対象外へ移っていた。
端末上の処理では、ノエマは防護されていない。
ガイウスだけが、中心に残されている。
「私たちは」
ノエマが言った。
「あなたに守られるためだけの隊ではありません」
「違う」
「違いません」
白い線が、再び防護圏へ触れた。
今度は薄い。
カッシウスが揺らした分だけ、圧がずれている。
それでも、ノエマの立つ場所は削られていく。
「だから、残ってください」
「ノエマ」
「守る対象を、変更してください」
端末が確定音を鳴らした。
《防護対象:再設定》
《対象:ガイウス・プロクシスX》
《カッシウス:対象外》
《ノエマ:対象外》
《集中防護:成立》
ガイウスの防護圏が、急激に厚くなる。
厚くなった分だけ、外側が消える。
ノエマの識別が赤く沈む。
白い線が通過した。
ノエマの端末が白く焼ける。
《ノエマ:再設定ログ保持》
《ノエマ:防護対象外》
《ノエマ:信号不安定》
「守る対象を」
ノエマの声が、細く残った。
「間違えないでください」
《ノエマ:信号喪失》
防護圏の内側だけが残った。
静かだった。
白い戦場の中に、ガイウスだけが立っている。
ガイウスは、拳を握った。
震えはなかった。
震えるための処理が、どこかに落ちていた。
ガイウスは端末を見た。
通信欄は白かった。
受信もない。
送信もない。
だが、記録だけは残っている。
《ガイウス隊、戦術単位を喪失》
《カッシウス:信号喪失》
《ノエマ:信号喪失》
《残存:ガイウス・プロクシスX》
送信完了表示は出ない。
届いた保証もない。
それでも、ガイウスは報告を入力した。
誰かに聞かせるためではない。
残すためだった。
《集中防護:継続可能》
《外縁干渉記録:保持》
《再設定ログ:保持》
《防護対象:未設定》
未設定。
その表示だけが、白い戦場の中で残っている。
ガイウスは、ノエマの最後の言葉を処理した。
守る対象を、間違えないでください。
ゼノの命令が戻る。
全員を帰せ。
無理なら、一人でも多く帰せ。
ガイウスは、防護対象欄を開いた。
最初に、自分を外そうとした。
端末が拒否した。
《集中防護中核:変更不可》
ノエマの処理だった。
カッシウスの稼いだ三拍。
ノエマの再設定。
その二つが、ガイウスを残している。
残された。
そう処理するしかなかった。
ガイウスは次の欄へ進む。
《防護対象:追加》
識別候補が白く揺れる。
多すぎる。
少なすぎる。
残っている反応は、どれも不安定だった。
そのうち一つに、微弱な補正信号が絡みついていた。
断続的な通信補正。
位置保持。
削除されていない記録。
イオナが残したものだった。
《位置補正ログ:検出》
《発信元:イオナ》
《対象:リディア・プロクシスIX》
《座標照合:成功》
白い戦術盤の中に、細い一点が浮かび上がる。
消えかけている。
それでも、まだ残っている。
リディア。
ガイウスは迷わなかった。
《防護対象:リディア・プロクシスIX》
《暫定防護圏:形成中》
細い線が伸びる。
イオナが残した座標へ。
白い戦場の向こうへ。
届く保証はない。
だが、位置はある。
帰還線ではない。
それでも、進むべき場所だった。
ガイウスは一歩を踏み出した。
応答はない。
通信もない。
白化した戦術盤には、断片化した識別情報だけが残っている。
カッシウス。
ノエマ。
どちらも沈黙したままだ。
ガイウスは歩く。
守れなかった。
その結論は変わらない。
それでも停止はできない。
停止すれば、二人が残したものまで失う。
ガイウスは前を見る。
白い戦場の向こう。
不安定な反応が一つ。
リディア。
細い。
今にも消えそうな線だった。
だが、残っている。
ガイウスはその線を見た。
そして歩いた。
一歩。
もう一歩。
守れなかった者の外側へ。
残された者のもとへ。
白い戦場の中を、ただ一人で進んだ。
リディア隊の回でした。
アウルスとイオナは、それぞれ違う形でリディアを残しました。
身体で射線から外す者と、声と位置を消さない者。
戦場では短い表示で終わってしまうものほど、本人の中には長く残るのだと思います。
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