表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その果てに、月は神を観る 〜記憶を失った青年と兵器少女は、滅びた地球の真実へ降りる〜  作者: 大導ユウ
第14章 祝福されない休暇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/36

第33話 好きの定義


 商業区の空気は、訓練区画より軽かった。


 正確には、軽く感じるように調整されていた。


 歩行路には柔らかな照明が埋め込まれ、店舗の前には色のついた案内表示が並んでいる。壁面には季節を模した映像が流れ、透明な天蓋の向こうには、人工陽光の薄い青が広がっていた。


 リディアは、それらを順に確認した。


 出口。

 非常動線。

 警備員の位置。

 監視端末。

 人の密度。

 遮蔽物になり得る構造物。


 休暇のために来た場所でも、最初に見るものは変わらない。


「リディア」


 ユイの声がした。


「はい」


「今、警備配置を見たでしょ」


「見た」


「休暇中」


「見た方が安全だ」


「間違ってないけど、そうじゃないんだよね」


 ユイは困ったように笑った。


 リディアには、その意味がまだ分からない。


 安全確認は必要だ。

 人が多い場所では特に。


 だが、ユイが求めているものは、それではないらしい。


 エリスはリディアの隣を歩いていた。


 普段より半歩近い。


 市民区画の音が多いと言っていたから、そのせいかもしれない。


 リディアは歩幅を少し落とした。


 エリスが遅れないように。


 それを見て、ユイが何か言いたそうな顔をしたが、結局何も言わなかった。


 三人は、商業区内の小さな休憩ラウンジに入ろうとした。


 入口の端末が、ユイを認識する。


 すぐに通過許可。


 次にリディア。


 表示が切り替わった。


 《プロクシス個体:市民区画自由行動には、同伴登録の確認が必要です》


 続いてエリスにも、同じ表示。


 音声案内は柔らかかった。


 表記も丁寧だった。


 係員の表情も崩れなかった。


「確認に少々お時間をいただきます」


 リディアは頷いた。


「問題ない。制限区画なら移動する」


 ユイの顔が、わずかに変わった。


 怒っている。


 たぶん、そうだ。


 けれどユイは、その怒りを端末にも係員にも向けなかった。


 リディアにも、エリスにも向けなかった。


「じゃあ、別のところ行こう。ここより面白い場所を選べばいいだけ」


「確認を待たないのか」


「待たない。今日の目的は、許可を待つことじゃないから」


 ユイはそう言って、二人を別の通路へ連れて行った。


 リディアは、もう一度だけラウンジの入口を見た。


 拒絶ではない。


 ただ、確認。


 登録。


 同伴。


 そういう言葉が、リディアたちの前にだけ置かれる。


 リディアには、それが特別なことなのか判断できなかった。


 自分たちはプロクシスだ。


 軍用人工人類個体。


 行動が記録され、管理され、必要に応じて制限される。


 それは、当然のことではないのか。


 けれど、ユイは当然だとは思っていない。


 その差が、リディアにはまだうまく掴めなかった。


 ユイが連れて行ったのは、小物店だった。


 軍用品ではない。


 衣類用の留め具、布製の小型ポーチ、識別タグカバー、色のついた布紐、髪飾りに近い装飾品。


 リディアは店内に入ってすぐ、用途別の分類を確認した。


「この区画に戦術的有用性は低い」


「その感想、店員さんには言わないでね」


「言わない」


「言いそうだから言ったの」


 ユイは棚から薄い布留めを一つ取った。


「今日は、性能じゃなくて、好きかどうかで選ぶんだよ」


「好き、という基準は、任務選定項目にない」


「だから今日は任務じゃないって言ってるでしょ」


 ユイはリディアの手に布留めを置いた。


 薄い青。


 灰色に近い。


 強くはない色だった。


 リディアはそれを指先で押した。


「軽い。動作阻害は少ない。耐久性は不明。汚れには弱そうだ」


「そうじゃなくて」


「価格は低い」


「それも違う」


「では、何を評価すればいい」


「見て、持って、嫌じゃないか。もう少し見たいか。自分のものにしたいか」


 リディアは布留めを見た。


 薄い青灰色。


 セレーネの白ではない。


 戦場の黒でもない。


 地球の灰よりは、少しだけ明るい。


 なぜ目が止まったのか、説明はできなかった。


 でも、棚に戻す気にはならなかった。


「……これでいい」


 ユイが少しだけ首を傾げた。


「こういう時は、“これがいい”って言うの」


 リディアは一拍置いた。


 言葉の違いは小さい。


 だが、意味は違うらしい。


「……これがいい」


 ユイは満足そうに頷いた。


「うん。採用」


「採用なのか」


「採用」


 隣で、エリスが小さく笑った。


 その声は、戦場で聞く通信の声より少し柔らかかった。

挿絵(By みてみん)

 エリスは布紐の棚を見ていた。


 淡い色の細い布紐。


 指先で触れて、すぐに離す。


 もう一度、触れる。


 リディアはそれを見た。


「エリスも選ぶのか」


「はい。リディア隊長」


「今日は隊長ではない」


「はい。分かっています、リディア隊長」


「分かっていない」


 エリスは困ったように目を伏せた。


 その仕草は、戦場の彼女とは違っていた。


 狙撃線を探す時の静けさではない。


 叱られた子供に近い。


 それでも、呼び方は変わらなかった。


 リディアには、それが分からない。


 今日は任務ではない。

 リディアはエリス隊の隊長ではない。

 この場に作戦指揮系統は存在しない。


 ならば、呼称を維持する理由もないはずだった。


 エリスの指先が、腰の小さなケースに触れた。


 リディアはそれに気づいた。


 そこは、戦闘用の位置ではない。


 すぐ抜くための場所ではない。


 落とさないための位置。


 大切なものを確認するような仕草だった。


「エリス」


「はい」


「そのケースは、任務用か」


 エリスの肩が、ほんの少しだけ揺れた。


 答えるまでに、短い間があった。


「……はい。大切なものです」


「そうか」


 リディアはそれ以上、聞かなかった。


 任務用だと言うなら、それは任務用なのだろう。


 ただ、エリスの声は少し違っていた。


 戦闘装備を確認する時の声ではない。


 けれど、その違いの意味は分からなかった。


 ユイは何かを察したように見えた。


 だが、何も言わなかった。


 ユイは棚へ手を伸ばす。


「エリス、それ、好き?」


 エリスは少し戸惑った。


「……柔らかいです」


「うん。好き?」


「音が、あまりしません」


「それも大事だね。で、好き?」


 エリスは布紐を指先で持ったまま、少しだけ考えた。


「……はい。たぶん、好きです」


「じゃあ、それにしよう」


 エリスは頷いた。


 淡い色の細い布紐。


 リディアの選んだ布留めよりも、さらに柔らかい色だった。


「それは何に使うの?」


 ユイが聞いた。


 エリスは少しだけ視線を落とした。


「……落とさないように、結びます」


 何を、とは言わなかった。


 リディアにも、その理由は分からなかった。


今回は、リディアとエリスの関係に少し踏み込む回でした。


エリスがリディアを「リディア隊長」と呼び続ける理由は、まだ本文でははっきり説明していません。

ただ、エリスにとってその呼び方は、単なる階級や役職ではないものになっています。


リディアはまだ、それを分かっていません。

エリスも、たぶん本人には言えません。


そしてリディアが初めて「これがいい」と選ぶ回でもあります。

小さな選択ですが、彼女にとっては大きな一歩です。


続きが気になると思っていただけましたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。


Xでは設定断片や制作メモも公開しています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ