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その果てに、月は神を観る 〜記憶を失った青年と兵器少女は、滅びた地球の真実へ降りる〜  作者: 大導ユウ
第13章 天賦の才たち

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第30話 防ぐ者、進ませる者


 第一中継拠点の内部構造は、細長い。


 旧テラ連邦の補助通信施設を、クモたちが巣のように組み替えていた。通路は狭く、天井には複数の走行痕がある。壁面には、回収型が損傷個体を接続するための仮設アームが増設されていた。


 そこへ、リディア隊が入った。


 前線管制画面に、リディアの反応が走る。


 速い。


 けれど、以前のような単独の速さではない。


 ユイは、その変化を見た。


 作戦盤の上では、三つの時間が同時に進んでいる。


 第一中継拠点のリディア隊。


 第二中継拠点のガイウス隊。


 第三中継拠点のエリス隊。


 それぞれの戦場は、実際には完全に同期していない。通信遅延、地下構造の反射、アラミタマの干渉波。わずかなずれが積み重なれば、管制画面の上では同時に見えていても、前線では数秒の差になる。


 その数秒で、隊は進む。


 その数秒で、隊は死ぬ。


 だからユイは、三つの画面を同じ速度で見なかった。


 リディア隊には、次の敵性反応を先に渡す。


 ガイウス隊には、敵圧の変化を遅らせずに渡す。


 エリス隊には、欠落した通信波形をそのまま残す。


 整える情報と、整えてはいけない情報がある。


 綺麗にしすぎた戦場は、嘘になる。


『第一接敵』


 イオナの声。


『右側面、回収型二。接続前に切れます』


 イオナの報告を、ユイは第一中継だけで閉じなかった。


「イオナ、その回収型は逃がさないで。中枢殻へ戻すと、第二へ信号が飛ぶ」


『了解。隊長、右を切れば止められます』


『分かった』


 リディアの動きが変わる。


 ただ敵を斬る軌道ではない。


 回収型を、中枢殻へ戻さない軌道。


 ユイは小さく息を吐いた。


 届いた。


 現地にいるから、間に合った。


『アウルス、左を押さえて』


『了解』


 リディアの指示に、アウルスの防護反応が即応した。


 防護展開は半歩後ろ。


 だが、遅れていない。


 リディアの動きに追従したのではなく、リディアが次に踏む場所を先に読んでいた。


 アウルスは完治している。


 けれど、記録上の完治と、戦場で戻ったと言えることは違う。


 今のアウルスは、ただ戻ったのではない。


 前よりも、隊の中で自分の位置を分かっている。


 《タケミカヅチ》が青白く走った。


 クモが断たれる。


 イオナが即座に次の経路を重ねる。


『前方、脚部制御型三。奥に中枢殻。隊長、右壁沿いに進めます』


『分かった。アウルス』


『通します』


 アウルスの防護が右壁沿いに薄く展開される。


 リディアはその隙間を抜けた。


 以前なら、リディアが開いた道に隊が追いつく形だった。


 今は違う。


 隊が道を作り、リディアがそこを切り開く。


 順番が、戦術になっている。


 ハルキが画面を見つめたまま、低く言った。


「リディアだけじゃないな」


「うん」


 ユイも同じことを見ていた。


 リディアが強いことは、もう誰も疑わない。


 けれど今の第一中継拠点を進んでいるのは、リディアだけではなかった。


 アウルスが守る。


 イオナがつなぐ。


 その二つを、リディアは当たり前のように判断に組み込んでいる。


 それだけで十分だった。


『第一中継、中枢殻確認』


 イオナの声が入る。


『接続動作、始まります』


『接続前に断つ』


 リディアの声には、熱がなかった。


 だからこそ、確実だった。


 《タケミカヅチ》の一閃が中枢殻の防護を裂く。


 横から飛び込んだ回収型を、アウルスの防護が弾く。


 イオナが通信を短く閉じる。


 次の瞬間、第一中継拠点の反応が沈黙した。


『第一中継拠点、制圧』


「確認。リディア隊、退路維持のまま待機。損耗報告」


『アウルス、軽微。イオナ、問題なし。私も継戦可能』


「了解。帰還線を維持して」


 ユイは第一拠点の表示を青へ変えた。


 一つ目。


     *


 第二中継拠点の警告が、赤く膨らんだ。


 敵密度、予測値の一・三倍。


 包囲速度、想定より早い。


 ガイウス隊は、狭い中央搬送路で押し止められていた。


『第二、敵圧増大』


 ノエマの声は落ち着いていた。


『通常防護で維持可能。ただし前進速度、四十二パーセント低下』


『遅いな』


 カッシウスが吐き捨てる。


『道を開ける。ガイウス』


『分かっている』


 ガイウスの反応が前に出た。


 ユイは、すぐに承認を出さなかった。


 第二中継拠点の敵圧は上がっている。だが、まだ散っている。四方から押しているだけで、正面の圧にまとまりきっていない。


 ここで展開すれば、耐えられる。


 けれど、進めない。


 ユイはガイウス隊の前方二十メートルを拡大した。


 クモの脚部配置。


 接続型の角度。


 回収型の待機位置。


 正面を押し潰す形へ、群れが変わり始めている。


『第二、撃たせるか』


 ゼノの声が入る。


「まだです。敵圧が散っています」


『待てる時間は短い』


「分かっています。潰される前に、押し返せる形にします」


『三秒を超えたら俺が切る』


「二秒で足ります」


『なら任せる』


 待つ。


 あと少し。


 胃の奥に、降下艇の揺れとは別の重さが戻った。


 画面上の二秒は短い。


 前線の二秒は長い。


 ガイウスはその二秒を、通常防護で受けている。


「ユイ」


 ハルキが横から声を落とす。


「まだ」


 ユイは返した。


 自分に言い聞かせるためでもあった。


 ヘカトンシールド。


 対アラミタマ量子領域攻撃、エーテル干渉、物理衝撃を多層的に受け止める防御兵装。


 ただの盾ではない。


 ユイの端末に、新しい機構名が表示される。


 《カウンスウェル・パルス》。


 実戦投入、初回。


 敵圧は増えている。


 だが、今ではない。


 早すぎれば、敵圧を受けきれない。


 遅れれば、カッシウスの突入線が潰れる。


 数字では二秒。


 体感では、長すぎる二秒だった。


「……今。ガイウス隊、発動承認。全方位防御、十秒以内」


『承認確認』

挿絵(By みてみん)

 ガイウスの声は硬かった。


 だが、迷いはなかった。


 ヘカトンシールドの中心核が青く灯る。


 次の瞬間、シールド面が複数に割れた。


 ガイウスの周囲で、花弁のように開く。


 それらが一拍遅れて互いに接続し、半透明の防御球を形成した。


 アラミタマの脚部が防御面に激突する。


 粒子干渉が走る。


 接続アームが伸びる。


 それらは、ガイウスの前で止まった。


 止まったというより、受け止められ、広げられ、殺された。


 衝撃が防御面の上を波のように流れ、背後のカッシウスとノエマへ届く前に消える。


『全方位圧、受ける』


 ガイウスが言った。


 直後、ガイウスの生体反応に負荷警告が走った。


 右肩駆動、過負荷。


 左膝固定、補助制御へ移行。


 ヘカトンシールド出力、急上昇。


 防御面は美しく展開している。


 だが、美しさは負荷を消してくれない。


 ガイウスは、全方位から来る圧を身体ごと受けていた。


『ガイウス、姿勢保持限界まで七秒』


 ノエマの声。


『十分だ』


 ガイウスが返す。


『カッシウス、三秒後に前へ出ろ』


『待ってた』


 全方位防御は、長く保たない。


 防御面を全方向に広げれば、個々の面の出力は均される。敵圧を受け止めるには十分でも、突破路を作るには足りない。


 ユイは敵圧の波形を見た。


 正面に偏り始めている。


 クモが押し潰しに来る。


 それを待っていた。


「三、二、一。ガイウス、指向性へ切り替え。正面十五度」


『了解』


 防御球が歪んだ。


 全方位に広がっていた青い膜が、正面へ折り畳まれる。


 盾が、壁になる。


 壁が、槌になる。


 ただし、それは攻撃ではなかった。


 敵を砕くための力ではなく、仲間が進むための空間を押し開く力だった。


 高出力指向性防御。


 青い壁が前へ押し出される。


 クモの群れが、わずかに後退した。


 それで十分だった。


 同時に、ガイウスの左側面防御が薄くなる。


 ユイは即座に表示を切り替えた。


「ノエマ、左側面、二秒だけ薄い」


『確認。カッシウス、戻り線を塞がないで』


『分かってる』


「ガイウス、左は捨てていい。正面維持。二秒で抜ける」


『了解』


 捨てていい。


 言うのは簡単だった。


 けれど、防護型の個体にそれを命じるのは簡単ではない。


 それでも今は、全方位を守る局面ではない。


 正面を開ける局面だった。


 ガイウスは迷わなかった。


 正面防御がさらに厚くなる。


『行くぞ、ノエマ』


『経路表示。右前方、二秒』


『二秒もいらん』


 カッシウスの反応が、青い防御の影から飛び出す。


 ノエマの支援解析が、中枢殻までの最短線を重ねる。


 ガイウスは動かない。


 動けない。


 指向性防御に出力を寄せている間、彼自身の自由度は落ちる。


 その弱点を、カッシウスが前進で埋め、ノエマが解析で塞いでいる。


 盾が進ませる。


 それを見て、ユイはようやく呼吸を戻した。


『第二中継、中枢殻破断』


『敵圧、低下』


『制圧完了』


 ノエマの報告が入る。


 第二中継拠点の表示が青に変わった。


 だが、ユイはすぐに青の表示へ固定しなかった。


 ヘカトンシールドの残存出力を確認する。


 冷却時間。


 再展開可能域。


 ガイウスの姿勢制御。


 右肩と左膝の負荷。


 制圧できたから終わりではない。


 ガイウス隊は、まだ帰っていない。


 ユイは通信対象をガイウス隊へ絞った。


「ガイウス、損耗報告」


『ヘカトンシールド出力低下。再使用まで冷却が必要。本体損傷、軽微』


「警備の定義が私と随分違うのね。右肩と左膝、次の戦闘では通常反応に戻さないで」


『……了解』


「カッシウス」


『問題なし』


「ノエマ」


『支援継続可能』


「第二中継拠点、制圧確認。ガイウス隊、帰還線維持。ガイウスは防護範囲を縮小。カッシウスを前に出しすぎないで」


『分かった』


 ユイは二つ目の表示を青へ固定した。


 第一、第二。


 作戦は、うまく進んでいる。


 うまく進みすぎているわけではない。


 それぞれの隊が、それぞれの役割を果たしているから進んでいる。


 そして、その役割は、消耗の上に立っている。


 それを忘れた瞬間、綺麗な作戦線は折れる。


『リンク、安定域。月側補正、まだ保つ』


 マルコの声が入る。


 軽口はなかった。


 そのことが、かえって彼の集中を示していた。


「ありがとう、マルコ」


『あとで言え。今は三つ目を見ろ』


 ユイは第三中継拠点へ視線を移した。


 エリス隊の表示だけが、奇妙に薄い。


 拾えているのに、形にならない。


『第三、侵入継続』


 エリスの声が届く。


 その奥に、かすかな緊張があった。


『……音が、薄いです』


 ユイの背筋が、わずかに冷えた。


 第三中継拠点の奥で、まだ何も起きていない。


 なのに、エリスはもう何かを聴いていた。


今回はリディア隊とガイウス隊の戦闘回でした。


リディア自身の強さよりも、今回はアウルスとイオナがちゃんと隊として機能していることを重視しています。

そしてガイウス隊では、ヘカトンシールドの新機構カウンスウェル・パルスが初登場しました。


「盾」は止まるためだけのものではなく、仲間を前へ進ませるためのもの。

ガイウスらしい戦い方になっていれば嬉しいです。


次回はエリス隊、そして第65次作戦の結末です。


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