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その果てに、月は神を観る 〜記憶を失った青年と兵器少女は、滅びた地球の真実へ降りる〜  作者: 大導ユウ
幕間1

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幕間1 観測階梯・黒


《秘匿記録:観測階梯・黒》

《開示制限:第一階梯以上》

《記録対象:第64次地球奪還作戦後観測報告》


 そこには、窓がなかった。


 月面都市の白も、地球の灰も映されていない。


 壁面を満たすのは、戦況図でも、凱旋記録でもない。


 ただ、記録だけだった。


「第64次地球奪還作戦の結果を」


「完了しています」


 声は、揺れなかった。


「旧テラ連邦要塞基地、制圧。月地球間交信、限定復旧。戦死者数、ゼロ」


「損耗は」


「軽微。ただし、ゼノ・ユル・ヴァレン左眼部喪失。応急遮断処置済み。大佐昇格処理、完了。次段階特殊作戦構想への中核指揮官登録も承認済みです」


「第64次制圧拠点の解析は」


「進行中。近傍地下深部に、旧テラ連邦最大要塞を確認。既存アラミタマ制御ノードを上回る中枢反応あり。識別名、ユグドラシル・コア」


 短い沈黙が挟まった。


「オルフェウス構想は、予定どおり発生したということですね」


「はい」


 答える声は、淡々としていた。


「ただし、構想発生経路に複数の予定外要素があります」


「続けなさい」


「ハルキ個体。姓認証、未回復。記憶階層、表層欠落のまま安定。第63次以降、タケミカヅチ設計、地球戦域における接続補佐、ゼノ・ユル・ヴァレン用高機能戦術義眼計画に関与」


「未分類反応は」


「第63次以降、地球戦域ノイズに重畳する形で断続検出。通常エーテル反応、プロクシス同期波、オルガノン系統のいずれにも完全一致しません」


「現時点では、保護観測対象から、観測中枢因子への再配置を検討中です」


「確定登録は不要です」


「承知しました。暫定階梯で維持します」


「他二名は」


「ユイ個体、マルコ個体ともに姓認証未回復。記憶欠落は安定。ただし、第64次作戦以降、両名とも作戦系統への関与度が上昇しています」


「エランテス三名は、分離観測では足りない」


「同意します。三名間の相互補完値は、初期観測値を上回っています。特に、ハルキ個体を中心とした判断補助、戦術分岐、技術実装の連結は、通常の外部協力者モデルでは説明困難です」


「名称は」


「仮定階梯では、Trinity Echo候補群として処理されています」


「まだ早い」


「承知しています。正式分類は保留」


 記録に、数値が走った。


L-IX。

タケミカヅチ同期域。

情動偏差。

命令遂行率。

帰還者確認行動。

自己定義兆候。


「第IX個体は」


「予定値を逸脱しつつあります」


「同期値は」


「タケミカヅチ第二同期域周辺で安定。第三域には未到達。ただし、戦闘終了後の行動に、命令遂行個体としては不要な優先処理が確認されています」


「不要な優先処理」


「帰還者数の先行確認。損傷個体への継続確認。アウルス個体に対する処罰語彙の変化」


「処罰語彙」


「記録上は『叱る』に分類されています」


 そこで初めて、わずかな間が生まれた。


「兵器としては、不要ですね」


「はい」


「では、欠陥ですか」


「現段階では、断定できません」


 声は続けた。


「第IX個体の情動偏差は、タケミカヅチ運用時の判断遅延を生んでいません。むしろ、第64次では帰還線維持と中枢防衛断絶の両立に寄与しています」


「兵器でなくなりつつある」


「まだ、その表現は早いでしょう」


「では」


「命令遂行個体から、自己定義個体への移行兆候」


 白い部屋に、記録音だけが残った。


「オルフェウス構想の承認条件は」


「旧テラ連邦最大要塞への接近。ユグドラシル・コアの機能解析。必要に応じた制圧、または停止」


「作戦目的としては妥当です。ただし、観測目的としては別項目を推奨します」


「通過点ですか」


「門です」


 沈黙。


 その沈黙には、否定も驚きも含まれていなかった。


「深部観測へ移行するには、ハルキ個体と第IX個体の接続値が不足しています」


「不足しているなら、増加を待ちなさい」


「増加が制御可能とは限りません」


「制御できるものだけが、観測に値するわけではありません」


 記録に、新たな項目が追加された。


《オルフェウス構想:承認保留解除》

《ハルキ個体:観測階梯引き上げ》

《L-IX:制御評価継続》

《タケミカヅチ:同期上昇監視》

《Trinity Echo候補群:分類保留》


「最後に」


 報告する声が、わずかに低くなった。


「第IX個体は、観測可能です。ですが、制御可能であるとは、まだ断言できません」


 沈黙が落ちた。


 長くはなかった。


「ならば、観測を続けなさい」


 声は、最後まで揺れなかった。

挿絵(By みてみん)

「あの子は、まだ月の中にいる」


《記録終了》

《承認階梯:第一》


シノドゥス第一執政官

オラクル・ルナエ


幕間1でした。

第1部本編では、ハルキたちの側から「勝利」と「次への準備」を描きましたが、今回はそれをセレーネ上層側から見た記録です。


ここから第2部へ入ります。

第2部では《オルフェウス》構想、ユグドラシル・コア、そして地球深部への降下が本格的に動き始めます。


なお、第2部からは投稿ペースを変更し、**毎日投稿ではなく、月・水・土の20時更新**を予定しています。

引き続き追っていただけると嬉しいです。


続きが気になると思っていただけましたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。


Xでは設定断片や制作メモも公開しています。


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