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その果てに、月は神を観る 〜記憶を失った青年と兵器少女は、滅びた地球の真実へ降りる〜  作者: 大導ユウ
第11章 ゼノという男

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第25話 勝利の条件


 アウルスの生命反応は、黄色のまま安定していた。


 搬送線は、ガイウス隊が維持している。


 イオナによる応急固定は完了。


 B拠点の支援班は、帰還艇への受け入れ座標を確定していた。


 ハルキはそれを確認してから、リディア隊の戦況表示へ戻った。


 アウルスが抜けた。


 イオナはリディアの側へ戻っているが、隊形の安定性は落ちている。


 それでも、中枢防衛を断てるのはリディアだけだった。


 《タケミカヅチ》を持つリディアが、そこへ届かなければならない。


「ハルキ」


 ゼノが言った。


「リディア隊の線は」


「まだあります。ただし、最短経路は使えません」


「最短はいらん。死なずに届く線を出せ」


「エリスに見てもらいます」


「出せ」


 ハルキはエリス隊へ回線を接続した。


「エリス、イオナの現在地を送る。中枢へ届く線を見られるか」


《見ています》


 エリスの声は、先ほどよりわずかに低かった。


《最短は駄目です。右前方、崩落搬送路下。そこだけ、音が薄いです》


 音が薄い。


 エリスは敵影を見るより早く、戦場の音の欠けを拾っていた。


《現在地、送ります》


 イオナの通信が重なる。


 リディアに同行しているからこそ送れる情報だった。


 現在位置。


 足場の崩落率。


 接敵距離。


 《タケミカヅチ》接続負荷。 


 遠くからの観測では拾えない情報が、B拠点へ流れ込む。


《右足場、沈みます。二歩目まで》


《二歩目で下へ。右じゃない》


《了解》


 短い。


 速い。


 イオナが近くをつなぐ。


 エリスが遠くを見る。


 ハルキは、その二つを重ねた。


 そこへ、アウルスのログも開く。


 負傷直前まで記録されていた敵配置のずれが、エリスの観測と重なった。


 アウルスは退場したのではない。


 線を残していた。


「アウルスのログと一致。右前方の崩落搬送路下、通れる可能性があります」


「可能性でいい」


 ゼノが言った。


「ガイウスに通路を押さえさせる。帰還線も切らせるな」


「両方は負荷が高いです」


「だからガイウスだ」


 ゼノは迷わなかった。


「つなげ」


 ハルキはガイウス隊へ回線を開く。


「ガイウス、エリスが突破路を出した。右前方、崩落搬送路下。帰還線を維持したまま、十二秒だけ通路を確保できるか」


《できる》


 即答だった。


《十五秒もたせる。その間に通せ》


 表示上で、ガイウス隊が動いた。


 守る対象が、場所から線へ変わった。


 エリスが突破路を導く。


 ガイウスがそこを確保する。


 イオナが現在地をつなぐ。


 アウルスのログが、敵配置を補正する。


 ゼノが優先順位を決める。


 ハルキは、それらを一つの図に重ねた。


 完全な経路ではない。


 だが、通れる線はある。


「リディア」


《聞いてる》


「候補が一つある。右前方、崩落搬送路下。エリスの観測では、再接続が一瞬だけ遅れる。ガイウス隊が十五秒間、通路を確保する。イオナの位置情報とも合う」


 短い沈黙。


《使う》


 リディアが答えた。


 白い軌跡が、戦況図を走った。


 リディア隊が動く。


 エリス隊の狙撃が、敵の再配置を遅らせる。


 ガイウス隊が通路を守る。


 一時的な連携だった。


 正式な形ではない。


 だが、そこには確かに形があった。


 リディアの映像が中枢区画へ入った。


 旧テラ連邦要塞基地の中枢防衛は、まだ生きていた。


 壁面に沿って、クモの中継機能が網のように張り巡らされている。


 破壊すれば終わるものではない。


 守るものと、守られているもの。


 その接続が、複雑に重なっている。


 ハルキは補正値を送った。


「正面じゃない。左上の防護層が遅れている。中枢そのものではなく、外側の接続が薄い」


《見えてる》


「アウルスのログと一致した」


《分かった》


 《タケミカヅチ》が振られた。


 光が遅れて見えた。


 一拍。


 要塞中枢の防衛層が、白く裂ける。


 中枢を守っていたクモの連携が、一斉に乱れる。


 青い単眼が揺れた。


 回収アームが空を掴む。


 再接続動作が不成立のまま停止する。


《中枢防衛、停止》


 B拠点の現地管制AIが告げる。


《旧テラ連邦要塞基地、制圧可能》


 誰もすぐには声を出さなかった。


 戦況図の赤が、少しずつ消えていく。


 灰色の地表に、帰還線が残っている。


 搬送線も残っている。


 リディア隊。


 ガイウス隊。


 エリス隊。


 B拠点内のゼノとオルド。


 アウルスの搬送反応。


 全員の識別が、まだそこにあった。


 ゼノが、片目で戦況図を見た。


「帰還者数」


 ハルキは表示を切り替えた。


 その手順は、軍務上は最後でもよかった。


 損傷率。


 制圧率。


 通信状態。


 本来なら、それらを見るべきだった。


 だが、ゼノが最初に求めたのは数だった。


 ハルキは帰還者数を見た。


 未帰還。


 ゼロ。


 戦死。


 ゼロ。


 表示を見た瞬間、息が漏れた。


 自分が息を止めていたことを、その時に知った。


 ゼノは、短く笑った。


「よし」


     *


 帰還艇の内部は、静かだった。


 勝利した部隊の空気ではなかった。


 アウルスは処置台の上に固定されている。


 意識反応は弱いが、返答信号はある。


 イオナがその横で損傷ログを確認していた。


 オルドは別の処置台で修復を受けている。


 補佐プロクシスとしての機能は半分以上落ちていたが、生きていた。


 ゼノは壁際に座っていた。


 左目には応急遮断材が当てられている。


 血は止まりきっていない。


 それでも、背は丸まっていなかった。


 ハルキは、その姿を見た。


 戦場では大きく見えた。


 帰還艇の中でも、やはり大きかった。


 この人も、血を流す。


 壊れる。


 それでも笑う。


「リディア隊」


 ゼノが言った。


「帰還確認」


 リディアが答える。


「アウルスは」


「生存。現時点で戦闘継続不可。処置継続中」


「十分だ」


 ゼノはうなずいた。


「ガイウス隊」


「全員帰還しました」


 ガイウスの声。


「エリス隊」


「全員、帰還しています」


 エリスが答えた。


「B拠点支援班」


 ハルキは端末を見る。


「全員帰還。負傷者三。重篤なし」


「A拠点」


 オルドが処置台の上で、小さく反応を返した。


「オルド、生存しています」


「よし」


 ゼノは笑った。


 左目を失っている。


 A拠点は砲撃で半壊した。


 オルドは損傷し、アウルスは戦闘継続不能になった。


 B拠点も破られた。


 それでも、誰も死ななかった。


 ゼノは、帰還艇の中を見渡した。


「全員いるな。なら、勝ちだ」


 その声は、ただ明るいだけではなかった。


 勝利を飾るための言葉でもない。


 数を確認し、損傷を見て、それでも残ったものを選ぶ声だった。


 ハルキは、その言葉を否定できなかった。


 誰も死ななかった。


 それは、間違いなく勝利だった。


 リディアは、損傷一覧より先に帰還者数を見ていた。


 ハルキは端末に表示された作戦結果を見る。


 旧テラ連邦要塞基地、制圧。


 月地球間交信、限定復旧。


 第64次地球奪還作戦、戦死者数ゼロ。


 その文字列を見た瞬間、ハルキはようやく息を吐いた。


 それは、たぶん、この月に来てからハルキが初めて見た、疑いようのない勝利だった。


 だからハルキは、ゼノの言葉を胸の内で繰り返した。


 全員いる。


 なら、勝ちだ。


 その勝利が次に何を呼ぶのかを、まだ誰も知らなかった。


 だが、今だけはそれでよかった。


第11章完結です。

今回は、第1部の中でも大きな戦闘回の締めとして、「誰も死ななかった勝利」を正面から描きました。


ゼノ、ハルキ、リディア、ガイウス、エリス、イオナ、アウルス、それぞれが役割を持ってつながった回でもあります。

次章では、この勝利が次に何を呼ぶのかが見えてきます。


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