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その果てに、月は神を観る 〜記憶を失った青年と兵器少女は、滅びた地球の真実へ降りる〜  作者: 大導ユウ
第11章 ゼノという男

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第24話 切れた線

 B拠点の警報灯が赤に変わった。


《敵性反応、外縁到達まで四十秒》


 現地管制AIが告げる。


 ハルキは退避経路を開き、同時に防衛火器を限定起動した。


 B拠点は戦闘拠点ではない。


 補給と通信、戦況統合のための仮拠点だ。防衛火器は最低限。突破個体を破壊するためではなく、時間を稼ぐためにある。


 防衛火器の同期系には、マルコの調整が残っていた。


 細かい。


 過剰。


 だが、こういう時に限って役に立つ。


 本人がいれば、きっと言っただろう。


 こんなんで止まる相手じゃねえぞ、と。


「止める必要はない。遅らせる」


 ハルキは、誰にともなく言った。


 外部映像が切り替わる。


 突破個体が映った。


 白灰装甲。


 青い単眼。


 損傷した脚部を引きずりながら、それでも速度を落とさないクモ。


 正面から撃っても止まらない。


「防衛火器、右前脚の接地直前に集中。仮設制御で可能な範囲まででいい」


《同期、追従》


 現地管制AIが返す。


 ハルキはアウルスの搬送線を確認した。


 切れていない。


 ガイウス隊が押さえている。


 リディア隊は再編中。


 エリス隊の現在位置からでは、B拠点まで射線が通らない。


 時間も、火力も、通信も足りない。


 それでも、どれか一つでも切れば、戦場は崩れる。


「B拠点、退避開始。ただし通信系は維持。アウルス搬送線は切るな」


《警告。ハルキ、退避推奨》


「まだ下がれない」


《B拠点外縁、破断可能性上昇》


「だから、まだ下がれない」


 自分の声が、妙に落ち着いて聞こえた。


 怖くないわけではない。


 怖い。


 だが、今それを処理する場所がない。


 端末上の線が一つずつ揺れている。


 それをつなぐ方が先だった。


 突破個体が防衛火器の範囲に入る。


「撃て」


 B拠点外縁から、火線が伸びた。


 着弾。


 突破個体の右前脚がわずかに沈む。


 だが止まらない。


 二射目。


 装甲表面を削る。


 三射目。


 単眼が揺れる。


 それでも進む。


《減速率、想定未満》


「次弾、脚部ではなく接地面へ。沈ませる」


《了解》


 外縁まで十秒。


 退避経路は開いている。


 ハルキが離れても通信そのものは残る。


 だが、補正は遅れる。


 その遅れが、アウルスの搬送とリディアの再編を直撃する。


 ハルキは端末から手を離せなかった。


《ハルキ》


 リディアの声。


《下がって》


「まだだ」


《命令じゃない。下がって》


 それは珍しく、任務語ではなかった。


 ハルキは返答できなかった。


 突破個体が外縁障壁を破った。


 金属が裂ける音。


 空気圧の乱れ。


 灰が内部へ流れ込む。


 ハルキは端末を片手で押さえ、もう片方の手で補正値を固定した。


 視界の端に、青い単眼が見えた。


 近い。


 あまりに近い。


 戦場の映像として見ていた敵が、目の前にいる。


 ハルキは、自分が戦えないことを、ここでようやく身体で理解した。


 刃がない。


 装甲もない。


 あるのは、端末と、つながりかけた線だけ。


 突破個体が脚を上げた。


 死が、予測ではなく現実として視界に入った。


 端末上の危険表示ではない。


 自分の身体が、その線の上にある。


 その瞬間、灰の向こうから影が割り込んだ。

挿絵(By みてみん)

 鈍い光が走る。


 大きすぎる軍用剣が、クモの突進軸を叩きずらした。


 音は、斬撃というより衝突だった。


 突破個体の巨体が横へ吹き飛ぶ。


 外縁壁に叩きつけられ、六脚が火花を散らした。


 ハルキは、息を忘れた。


 灰の中に、ゼノが立っていた。


 左目のあった場所から血が流れている。


 片腕でオルドを抱え、もう一方の手で長大な軍用剣を握っていた。


 オルドは損傷していた。


 だが、生きている。


 反応はある。


 ゼノはハルキを見た。


 片目だけで、笑った。


「上出来だ、ハルキ。よく踏ん張った」


 ハルキは返答できなかった。


 声が出なかった。


 ゼノは振り返らずに言う。


「オルド、生きてるな」


「生存しています、ゼノ少佐」


「背部中継器、損傷。自律移動、低下」


「喋れるなら十分だ。後ろへ下がれ」


「ゼノ少佐、あなたの損傷も――」


「後で数えろ。今はBを落とすな」


 オルドは一拍だけ沈黙し、後退した。


 ハルキは、その短いやり取りを聞いていた。


 ゼノはオルドを庇って戻ってきた。


 だが、そこで終わらせない。


 助けた相手にも、まだ役割を残す。


 負傷者としてだけ扱わず、部下として命じる。


 乱暴で、雑に見える。


 それでも、線を切らせないやり方だった。


「よし。なら、まだ勝てる」


 吹き飛ばされたクモが、再び脚を立てた。


 コアは無事。


 単眼も潰れていない。


 ゼノの一撃は、時間を作っただけだ。


 だが、その時間が戦場をつないだ。


《ガイウス隊、B拠点外縁へ到達する》


 ガイウスの声。


《進路を塞ぐ。カッシウス、左。ノエマ、支援を》


《了解》


《搬送線、維持しています》


 ガイウス隊の識別点が、B拠点側に寄る。


 突破個体が再突入しようとした瞬間、ガイウス隊の火線がその進行方向を塞いだ。


 押し返す。


 通さない。


 盾の隊らしい動きだった。


《エリス隊、射線通ります》


 エリスの声。


《脚部制御を止めます。ヴェロニカ、二秒だけお願いします。ブロンテ、右側接近個体を》


《開ける》


《任せて》


 狙撃光が走る。


 一発目。


 突破個体の左後脚が跳ねる。


 二発目。


 単眼の周辺装甲が割れ、観測の揺れが増える。


 三発目。


 背部の中継機能が沈黙した。


 コアは残っている。


 しかし、再接続動作が止まる。


 ガイウス隊が進路を塞ぎ、エリス隊が動きを奪う。


 ゼノは剣を構えたまま、踏み込まなかった。


《突破個体、停止》


 エリスが言った。


《コア防護は残っています。でも、もうB拠点には届きません》


《十分だ》


 ガイウスが答える。


《こちらで押さえる》


 ハルキは、ようやく端末に残っていた指の力を抜いた。


 直後、現地管制AIから通信が入る。


《アウルス搬送、継続。生命反応、安定域》


 ハルキは目を閉じかけた。


 まだ終わっていない。


 B拠点は守った。


 アウルスの搬送線も切れていない。


 だが、中枢へ届かなければ、この戦いは勝利ではない。


 ゼノが、血のにじむ遮断材を片手で押さえながら、B拠点端末の横に立った。


「ハルキ、全部を見るな」


 声だけは崩れていなかった。


「お前は線を見ろ。俺が順番を決める」


「……了解しました」


「アウルスの搬送は切らせるな。B拠点防衛はガイウスに渡せ。リディアは中枢へ行かせる」


 ゼノは戦況図を一瞥した。


「そのための線を作れ」


「作ります」


 ハルキは端末へ視線を戻した。


 ゼノが優先順位を決める。


 ハルキが情報を接続する。


 それで、まだ戦場は動かせる。


「少佐、処置を」


 医療班の一人が言った。


「左目ひとつで戦況図は消えん」


 ゼノは言い、すぐに首を振った。


「いや、違うな。俺が見落とした分は、お前が拾え、ハルキ」


「拾います」


「ならいい」


 片目を失った男が、戦場全体を引き受けようとしている。


 その全部を、ハルキ一人が代われるわけではない。


 だが、ゼノの見えない部分を補うことはできた。


 代行ではない。


 肩を並べることでもない。


 足りない場所を、互いに埋めることだった。


 リディア隊の表示が、再び動いた。


今回は、ハルキにとってかなり危険な回でした。

戦えない人間が前線近くにいることの怖さと、それでも戦場をつなぎ続ける意味を書いたつもりです。


そして、ゼノがようやく「言葉」ではなく「行動」で見えてくる回でもあります。

次回、第64次作戦の決着です。


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