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その果てに、月は神を観る 〜記憶を失った青年と兵器少女は、滅びた地球の真実へ降りる〜  作者: 大導ユウ
第11章 ゼノという男

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第23話 ゼノという男

 最初の二十分、作戦は順調だった。


 順調すぎるほどだった。


 リディア隊が正面のクモを切り開く。


 《タケミカヅチ》の軌跡が、映像では白い断線のように見えた。


 ハルキは、表示された位相の乱れを見るたびに、自分の手の中にない刃を見ている感覚を覚えた。


《ガイウス隊、右側面の火線、増加》


 B拠点の現地管制AIが読み上げる。


 ハルキは、端末に残されたユイの分岐案を開いた。


 そこに今の戦況を重ねる。


 答えが書かれているわけではない。


 だが、導き出すための公式はそこにある。


「ガイウス隊、右側面の火線が重なる。帰還線、維持できるか」


《維持する》


 ガイウスの声は硬い。


《側面を押さえる。リディア、前だけ見ろ》


《分かった》


 リディアの返答は短かった。


 エリス隊の通信が入る。


《右後方、回収型の再接続動作を確認。脚部制御を止めます》


 次の瞬間、遠距離狙撃の光が走った。


 映像上のクモ一体が、脚を乱して崩れる。


 コアは残っている。


 だが、回収アームの動きが止まり、周辺個体との再接続が遅れた。


 そこをリディア隊が通り、断つ。


 三つの隊は、まだ別々の隊だった。


 それでも、戦場の上では一つの線を作り始めていた。


 ハルキは、B拠点でその線を見ていた。


 命令は出さない。


 ただ、乱れた情報を並べる。


「正面抵抗、低下。右側の熱源増加。ガイウス隊が十秒押さえれば、リディア隊の進路は維持できる」


《確認。採用する》


 ガイウスが答える。


「エリス、右側の中継機能を見られるか」


《見ています。再接続が早い個体が一つ。狙います》


「リディア、正面の位相防護が薄くなった。今なら通れる」


《了解》


 それだけで、リディアは動いた。


 ハルキは、息を吐く暇を失っていた。


 自分は軍人ではない。


 部隊を動かす資格もない。


 だが、選択肢を並べることはできる。


 ゼノが見ていたのは、たぶんこれだった。


《A拠点よりB拠点》


 ゼノの声が入った。


《見えてるか、ハルキ》


「見えています。作戦は予定より三分早い」


《いい流れだ。だが、早い流れほど横腹を刺される。気を抜くな》


「了解しました」


《堅いな。まあいい》


 ゼノは笑った。


《三隊のズレは》


 ハルキは戦況図を確認した。


「今のところ許容範囲内です。ただし、右側回収型の再接続が予測より速い」


《エリス隊で止められるか》


《止めます》


 エリスの声が重なる。


 直後、A拠点側の映像が白く跳ねた。


 警告音。


 戦況図の左端で、A拠点周辺の熱源が一斉に増える。


 砲撃。


 旧ゲリラ拠点跡に、クモの火線が集中した。


 ゼノの読み通りだった。


 A拠点は撃たれる。


 そのために置いた。


 ハルキは、そう理解していた。


 理解していたのに、端末上でA拠点の外壁表示が赤く染まっていくのを見て、指先が一瞬止まった。


《A拠点、被弾。外郭損傷二十七パーセント》


 オルドの声だった。


 揺れは少ない。


 だが、通常時よりわずかに低い。


《ゼノ少佐、第二中継が落ちます》


《落ちる前にBへ回せ》


《了解》


 ゼノの声は落ち着いていた。


《ハルキ、予定通りだ。Aを見すぎるな。Bを守れ》


「……了解しました」


 ハルキは戦況図へ視線を戻した。


 その瞬間、A拠点とB拠点の間にあった中継ノードが、一つずつ黒くなった。


 砲撃だけではない。


 クモは、中継点を潰していた。


 点ではなく、線を切っている。


「A—B間の中継ノード、連続消失。予測より速い」


 ハルキは現地管制AIへ告げた。


「予備経路へ切り替え」


《切り替え中。遮断帯、拡大》


 ゼノの通信が揺れた。


《ハル……聞こ……か》


「ゼノ少佐」


《B……維持……オルド、左……》


 声が途切れた。


 次の瞬間、低い炸裂音が地面を伝ってきた。


 B拠点の壁材が、わずかに震える。


 A拠点の方角だった。


 映像が乱れる。


 戦況図のA拠点表示が、赤から灰色へ変わった。


 接続喪失。


 喉の奥が、急に乾いた。


 A拠点が孤立した。


 それは作戦の失敗ではない。


 少なくとも、まだ失敗ではない。


 A拠点が撃たれることは、ゼノの想定内だった。


 だが、通信遮断の速度が想定を越えている。


 敵が、こちらの使っている線を見ている。


 ハルキは端末に指を置いたまま、動けなかった。


 ほんの数秒。


 その数秒で、戦場の音が変わった。


《ガイウス隊、右側面の火線が増加》


《リディア隊、前方再接続。進路が狭まっています》


《A拠点応答なし。作戦再編分岐を提示します》


 声が重なる。


 現地管制AIは、悪化していく状況を機械的に読み上げていく。


 誰も大きく乱れてはいない。


 だが、応答が半拍ずつ遅れる。


 指揮線が切れるとは、こういうことだった。


 命令が失われるだけではない。


 判断の起点が消える。


 ハルキは息を吸った。


 灰の匂いはしない。


 それでも、肺の奥に灰が入ったような気がした。


「再編分岐を一時保留」


《確認。現地指揮権限、未確認》


「分かってる」


 ハルキは戦況図を拡大した。


「指揮ではない。残っている情報を並べる。判断は各隊に委ねる」


 数拍の沈黙。


 先に返したのはリディアだった。


《聞いてる。進路候補を出して》


「正面は再接続が早い。左は崩落帯で機動が落ちる。右前方、回収型が多いが、エリス隊の射線が通る」


《右前方を取る》


「ガイウス隊、右前方へ押し出した場合、帰還線は保てるか」


《保つ》


 ガイウスの声。


《ただし、八秒だけだ》


「十分。エリス」


《右前方、射線を作ります。ヴェロニカ、壁面へお願いします。ブロンテ、近接警戒を》


 エリスの声は柔らかいが、迷いがなかった。


 戦況図の線が、再びつながり始める。


 ハルキは、肩に力が入っていることに気づいた。


 踏みとどまれている。


 まだ、崩れていない。


 だが、敵は待たなかった。


《リディア隊、右側から高速接近》


 エリスが言った。


《狙いはリディア隊長ではありません。隊列の接続部です》


 接続部。


 ハルキは表示を見る。


 リディア隊の三点。


 リディア。


 イオナ。


 アウルス。


 敵性反応は、イオナの位置へ集中していた。


《アウルス、後退》


 リディアの声。


《後続経路に回収型。イオナが巻かれます》


 アウルスの返答。


《三秒だけ、持たせます》


《許可してない》


 映像が乱れた。


 灰の中、アウルスが一歩前へ出る。


 回収型のクモが、脚部を跳ね上げる。


 白灰装甲の下で青い単眼が光り、回収アームが裂けるように開いた。


 アウルスはイオナの前に入った。


《アウルス!》


 イオナの声が、通信を裂いた。


 次の瞬間、圧縮弾がアウルスの脚部を叩いた。


《アウルス、機動部損傷》


 B拠点の警告が鳴る。


《継続可能です》


 アウルスは即答した。


《駄目》


 リディアの声は短かった。


《損傷部位を出して》


《リディア隊長、前線維持を――》


《継続できるかじゃない。戻れるかを答えて》


 通信が一瞬静まった。


《……自力後退、困難です》


《ガイウス隊、搬送線を空けて》


 リディアの声だった。


《こちらで通す。カッシウス、右を押さえろ。ノエマ、搬送経路を固定》


《了解》


《了解しました》


《イオナ、応急固定。搬送線に乗せる》


《……了解》


 返答までに、ほんの一拍だけ遅れがあった。


 それでもイオナは、すぐにアウルスの側へ膝をついた。


 リディアの声には、感情名がなかった。


 だが、ハルキには分かった。


 彼女は、置いていかなかった。


 中枢への進路が開きかけている。


 ゼノとの連絡はない。


 敵は再配置を始めている。


 それでも、リディアはアウルスを切り捨てなかった。


 ハルキは、アウルスの生命反応を確認した。


 赤ではない。


 黄。


 危険だが、生きている。


「B拠点、アウルスの搬送線を受ける。医療班、帰還艇受け入れ準備」


《受け入れ準備、開始》


 現地管制AIが答える。


 リディア隊の三角形に、穴が空いた。


 命を切り捨てないための穴。


 その一瞬を、クモが突いた。


《B拠点方向、高速接近一》


 エリスの声が鋭くなる。


《防衛線を抜けました》


 ハルキは表示を見た。


 一体。


 ただ一体。


 だが、その進路はまっすぐB拠点へ向いていた。


今回は、A拠点との通信途絶と、リディア隊の一角が崩れる回でした。

作戦自体は機能しているのに、それでも戦場では一瞬の穴が生まれる。そんな場面です。


アウルスとイオナ、リディア隊の関係も少し見える回になりました。

次回は、B拠点へ突破個体が迫ります。


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