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その果てに、月は神を観る 〜記憶を失った青年と兵器少女は、滅びた地球の真実へ降りる〜  作者: 大導ユウ
第8章 灰の故郷

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第15話 群れを断つ雷


 最初に動いたのは、脚だった。


 白灰色の球状コアの下で、六本の脚が瓦礫を噛む。機体は跳ねるように横へ移動し、崩れた壁面を足場にして角度を変えた。


 人型ではない。


 獣でもない。


 兵士ではなく、機能の塊だった。


 アラミタマ。


 青い単眼が、粉塵の向こうで明滅する。


 現場では、それをクモと呼ぶ者もいた。


 正式な型名ではない。だが、瓦礫の壁を這い、崩れた天井を伝い、死角から青い単眼を開く姿には、その呼び方がいちばん近かった。


「接敵」


 イオナが言った。


「数、六。いえ、後方に反応。九以上」


「九で止まると思うな」


 アウルスが防護フィールドを展開した。


 直後、白灰色の機体が三方向から飛び出す。


 標準火器が火を噴いた。


 一体の脚が砕ける。


 もう一体のセンサーが割れる。


 だが、止まらない。


 脚を失った機体の上部から、球状コアが切り離された。後方の別個体が滑り込み、それを抱えるように回収する。


 青い単眼が、別の躯体で再点灯した。


「コア回収確認」


 イオナの声が硬くなる。


「模擬体より速い」


「分かってる」


 リディアは地を蹴った。


 通常刀なら、関節を断つ。


 標準戦術なら、脚部を落とし、センサーを潰し、通信部を叩く。


 それは間違いではない。


 だが、それだけでは戦場が終わらない。


 関節は壊せる。


 外装も割れる。


 青い単眼も潰せる。


 それでも群れは止まらない。


 リディアは《タケミカヅチ》を抜いた。


 鞘内の赤い線が走る。


 一太刀目。


 観測。


 刃がアラミタマの外殻を掠める。


 手応えが濁った。


 模擬体とは違う。


 整った位相のずれではない。複数の反応が重なり、刃の中で泥のように崩れる。


 コア。


 回収経路。


 通信妨害。


 撤退路封鎖。


 敵が敵としてそこにあるための線が、何本も絡まっている。


 どれがコアを断つ線なのか。


 まだ見えない。


 リディアの足が一瞬止まる。


 その一拍を、アウルスが埋めた。


 防護フィールドが正面の突撃を受ける。


 衝撃。


 アウルスの足が、瓦礫を削って半歩下がる。

挿絵(By みてみん)

「隊長、まだですか」


「取ってる」


 リディアは短く答えた。


 焦りはあった。


 だが、急げば斬れるわけではない。


 《タケミカヅチ》は力で押す兵装ではない。出力を上げれば、敵より先にこちらの同期が崩れる。


 一太刀目で読む。


 二太刀目で断つ。


 その一拍を間違えれば、斬撃はただの刃になる。


     *


 帰還艇内で、ハルキはログを見ていた。


 《タケミカヅチ》の観測記録が割れている。


 対象位相構造、取得不安定。


 識別攪乱、複数層。


 コア位置、暫定。


 模擬体の時は、ずれはまだ線として見えた。


 ここでは違う。


 線ではない。


 絡まった束だ。


 ハルキは端末上の反応を追った。


 コアそのものではない。


 コアへ向かって、いくつもの反応が集まっている。その一つが、破損個体から球状コアを回収するための信号になっていた。


 群れが、傷ついた個体を捨てない。


 捨てずに、組み替える。


「リディア、今の反応はコアじゃない」


 ハルキは通信を開いた。


「回収経路だ」


 リディアは刃を構え直す。


「なら、先にそこを断つ」


 ハルキは次の候補を示した。


「右奥の個体。脚部じゃない。背部の通信節。そこから回収信号が出ている」


「分かった」


 リディアは踏み込んだ。


 ハルキは命令していない。


 斬るものを選んだのはリディアだった。


 二太刀目。


 《タケミカヅチ》が赤く走る。


 装甲を砕く音は小さい。


 だが、青い単眼の群れが一拍遅れた。


 脚を失った個体のコアが、回収されない。


 後方の別個体が、動きを止める。


 イオナが即座に言う。


「回収停止、確認」


「今」


 リディアがコアを断った。


 沈黙。


 一体。


 だが、一体では足りない。


 灰の奥から、また青い光が開く。


 さらに後方、崩れた建物の二階部分に、別の単眼が灯る。地表だけではない。壁面、梁、崩落した床板の裏。アラミタマは地形の上下を区別していない。


 足場があれば進む。


 死角があれば潜る。


 通れなければ、壊して通る。


 アウルスが舌打ちした。


「どれだけいるんだよ」


「数えないで。数えると遅れる」


 イオナが短く返す。


 通信にノイズが走った。


 帰還艇内のハルキの端末にも白い線が入る。


 ケルベロス・ネットの干渉。


 月との通信は、ほとんど使えない。


 地上近距離通信も、イオナの中継を通してようやく保っている状態だった。


「中継ドローン一機、落ちます」


 イオナの声。


「予備を出します」


「予備投入、許可」


 リディアが言う。


 小型ドローンが灰の中へ飛び出した。


 直後、瓦礫の陰から伸びた細い脚がドローンを捕まえ、壁へ叩きつける。機体が火花を散らし、映像の一部が欠けた。


 イオナは顔色を変えない。


 だが、通信線は細った。


 リディアは周囲を見る。


 退路が狭い。


 瓦礫が動いたのではない。


 アラミタマが動かした。


 六脚機動体が左右の崩落壁へ入り込み、こちらの移動経路を封じている。正面の個体は囮。後方の個体がコアを回収し、側面の個体が退避路を閉じる。


 群れが戦場を作っている。


 模擬体のように、標的としてそこにいるのではない。


 地形そのものを敵に変えていく。


 リディアは、脳裏に八年前の戦場がよぎる。


 帰還個体数、一。


 白い文字。


 黒い背景。


 壊れた刃。


 ノイズの奥から聞こえた、自分の名。


 ――リディア。


 息を止める前に、イオナの声が割り込んだ。


「隊長、右後方。閉じられます」


 リディアは意識を戻した。


 ここは、あの時とは違う。


 アウルスがいる。


 イオナがいる。


 帰るべき道がある。


「ハルキ、次の候補を」


 リディアが言った。


 その一言に、ハルキは一瞬だけ呼吸を止めた。


 信頼、というほど柔らかいものではない。


 必要だから使う。


 それで十分だった。


 ハルキは端末の濁った線を追う。


「左後方の二体は囮。断つなら、右の壁面裏。退路封鎖の節がある」


「見えない」


「イオナ、中継角度を上げられるか」


「二秒ください」


 イオナのドローンが上昇する。


 ノイズ。


 映像が乱れる。


 青い単眼が、壁の裏で開く。


「取れました」


「リディア、今なら見える」


「見えた」


 リディアは走った。


 アウルスが前に出る。


 敵の突撃を受け止める。


 防護フィールドが歪み、光の膜が一瞬だけひび割れたように揺れた。


「隊長、道は開けます」


「頼む」


 リディアは一太刀目を入れた。


 観測。


 濁る。


 だが、今回は迷わない。


 全部を追わない。


 コアではない。


 装甲でもない。


 群れが次の動作へ移るための、細い節。


 それだけを取る。


 イオナが位置を補正する。


 アウルスが一拍を支える。


 リディアが二太刀目を入れる。


 断絶。


 右壁面裏の個体が沈黙した瞬間、退避路表示が白へ戻った。


 ハルキは端末を見る。


 アラミタマの群れに、一拍の遅れが生じている。


 そこへ、別ルートのトリアドから通信が入った。


 音声は乱れている。


 内容は断片だけだった。


 北西区画、交戦中。


 西側通信節、制圧進行。


 負傷個体、複数。


 別の通信が重なる。


 南側遮蔽線、確保。


 第三トリアド、行動継続。


 第七トリアド、損傷二。


 作戦は、リディア隊だけで動いているわけではない。


 十二トリアド。


 三十六体。


 それぞれが別の灰の中で戦っている。


 ここで一隊が崩れれば、穴が開く。


 穴が開けば、群れがそこへ流れ込む。


 ハルキは、リディア隊の端末表示だけに意識を戻した。


 ここで見るべきものを、間違えてはいけない。


 リディアが《タケミカヅチ》を返す。


 刃の赤い線が灰の中で細く走った。


 コアを斬るのではない。


 群れが群れであるための、節を断つ。


 青い単眼が、一拍遅れた。


 アウルスがその隙に前へ出る。


「押し返す」


「深追いしないで」


 イオナが短く言う。


「分かってる」


「それ、分かってない時の返事」


「分かってるって」


 アウルスの防護が、瓦礫の通路を一時的に押し広げた。


 リディアはそこを抜ける。


 前方のアラミタマが、脚を広げて通路を塞ぐ。青い単眼がリディアを捉えた。


 その瞬間、単眼の表示が二重にぶれる。


 識別攪乱。


 敵の位置ではない。


 敵の意味そのものが、揺れる。


 そこにいるはずの機体が、半歩ずれた場所にもいるように見える。コアの反応が、背部にも、腹部にも、脚部にも重なる。


 リディアは踏み込みを止めた。


 止めた瞬間、側面から別個体が来る。


 アウルスが割り込んだ。


 衝撃音。


「隊長、長くは持たない」


「一拍でいい」


 リディアは刃を返す。


「ハルキ」


「正面は囮。左脚部の下、通信妨害の中心がある」


「見えた」


 ハルキが言い終えるより早く、リディアは刃を返していた。


 拾った濁りの中から、一本だけを抜き出す。


 一太刀目。


 観測。


 赤い線が走る。


 反応は濁る。


 だが、左脚部の下にある歪みだけが、刃の中で浮いた。


 次で断つ。


 二太刀目。


 断絶。


 通信ノイズが一瞬だけ薄くなった。


 イオナが即座に言う。


「中継回復。十秒」


「十分」


 リディアは次の敵を見た。


 灰の街は沈黙しない。


 崩れた窓の奥で、青い単眼がまた開く。


 足元の瓦礫の下で、脚が動く音がする。


 遠くの壁が崩れ、別の機体が姿を現す。


 止めたはずの経路が、別の形でつながる。


 アラミタマは、失ったものを惜しまない。


 群れの形を変えるだけだ。


 リディアは《タケミカヅチ》を構え直した。


 強い武器だ。


 だが、万能ではない。


 一太刀目を外せば、二太刀目はただの斬撃になる。


 観測が濁れば、断つべき対象を間違える。


 間違えれば、アウルスかイオナがその一拍を支払う。


 それは許さない。


「旧通信節跡まで、百二十」


 イオナが言った。


「敵性反応、まだ増えています」


「突破する」


 リディアは答えた。


 声は静かだった。


 だが、刃の中では赤い線が脈打っていた。


 最初は、どれがコアを断つ線なのか見えなかった。


 今は違う。


 全部を見る必要はない。


 帰るために必要な線だけを拾う。


 群れが群れであるための節を取る。


 それだけで、戦場は一拍遅れる。


 帰るために、断つ。


 リディアは灰の中を走った。


 青い単眼が、一斉にこちらを向いた。


 だが、止まらない。


 瓦礫の奥で、別の単眼が開く。


 さらに奥で、もう一つ。


 灰の街は、まだこちらを見ていた。


今回は、アラミタマとの本格戦闘回でした。

模擬体ではない本物のアラミタマが、どう戦場を変えてくるのかを意識して描いています。


《タケミカヅチ》も、ようやく実戦投入です。

次回、第63次地球奪還作戦の帰還と、その裏で拾われたものを描きます。


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