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その果てに、月は神を観る 〜記憶を失った青年と兵器少女は、滅びた地球の真実へ降りる〜  作者: 大導ユウ
第7章 断つための雷

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第12話 断つための雷

 二太刀目は、静かだった。


 リディアは、先ほど刃が拾ったずれを追った。


 模擬標的の青い単眼が揺れる。


 位置情報がわずかに二重になる。


 だが、もう迷わなかった。


 一太刀目で見た。


 二太刀目で断つ。


 リディアは踏み込み、刃を返した。


 今度は、抵抗がなかった。


 装甲を割った感覚ではない。


 肉を断った感覚でもない。


 結び目をほどくような、薄い手応え。


 次の瞬間、模擬標的の青い単眼が消えた。


 疑似コア防護、解除。


 コア沈黙判定。


 試験場の照明が白へ戻る。


「成立」


 監督官が短く告げた。


「第二斬撃による疑似位相断絶を確認」


 リディアは刃を下げた。


 呼吸は乱れていない。


 だが、手の内側が冷えていた。


 これは強い武器だ。


 強い。


 けれど、ただ強いだけではない。


 使う者の中へ入ってくる。


 何を斬るのかを、先に問うてくる。


「負荷値は?」


 ハルキが聞いた。


「許容範囲内。だが余裕はない」


 マルコの声が返る。


「初回でこれなら十分だろ」


「十分ではありません」


 リディアは思わず言った。


 観測室側が少し静かになる。


 リディアは刃を鞘へ戻した。


「今の標的は、本物ではありません」


「その通りです」


 監督官が答えた。


「模擬体は、実アラミタマの完全再現ではありません。出力、装甲強度、コア防護構造。いずれも限定再現です」


「本物なら、こんな綺麗に揺れないな」


 マルコが端末を見たまま言った。


「これは“嫌がらせ”レベルだ」


 リディアは模擬標的の残骸を見た。


 本物なら、もっと汚い。


 もっと速い。


 もっと群れる。


 もっと、帰り道を塞ぐ。


 この試験は勝利の証明ではない。


 入口にすぎない。


「後半試験へ移行します」


 監督官が告げた。


「三体戦闘単位〈トリアド〉限定運用試験を併行します」


 試験場の別隔壁が開いた。


 アウルスとイオナが入ってくる。


 アウルスは硬い表情をしていた。


 イオナはその半歩後ろで、試験場全体を短く見渡す。


「隊列確認」


 イオナが短く言った。


「分かってる」


 アウルスはすぐに姿勢を戻した。


 試験場の照明が、模擬戦闘用の赤へ変わる。


 複数の模擬アラミタマが展開される。


 六脚機動。


 青い単眼。


 疑似識別攪乱。


 どれも本物より鈍い。


 だが、試験としては十分だった。


「リディアが第一斬撃で観測。アウルスが間合いを固定。イオナが攪乱方向を補正。第二斬撃までの一拍を確保します」


 ユイの声が観測室から入る。


 直接の指揮ではない。


 試験条件の確認だった。


 だが、声の奥にいつもの軽さがある。


「一人で全部やらないこと。以上」


「了解」


 リディアは答えた。


 模擬戦が始まる。


 一体目。


 リディアは一太刀を入れる。


 観測記録、成立。


 だが、すぐには断てない。


 一拍が必要だった。


 刃が取得した対象位相を、身体が次の斬撃へ移す時間。


 そこへ、別の模擬体が割り込む。


 アウルスが前に出た。


 盾状の防護フィールドが展開する。


 衝突。


 警告光が散る。


「隊長、今です!」


 イオナが側面から位置補正を入れた。


 模擬体の識別攪乱が一瞬だけ薄くなる。


 リディアは二太刀目を入れた。


 断絶。


 コア沈黙。


 標的が落ちる。


「すげぇ……」


 アウルスが、思わず声を漏らした。


「見とれてる場合じゃない」


 イオナが短く言う。


「分かってる」


 アウルスは即座に姿勢を戻した。


 次。


 さらに次。


 流れは、すぐに見えた。


 リディアが読む。


 アウルスが支える。


 イオナがずれを示す。


 リディアが断つ。


 《タケミカヅチ》は、一太刀目と二太刀目の間に一拍が必要になる。


 その一拍を、二人が埋める。


 一人に全部を背負わせない。


 それは、ユイが提案した〈トリアド〉そのものだった。


「リディアが遅れているわけじゃない」


 ハルキの声が観測室から聞こえた。


「構造上、一拍が必要なんだ」


「で、その一拍をトリアドが埋めてる」


 マルコが続ける。


 ユイは、画面から目を離さなかった。


「……偶然、噛み合っただけだよ」


「その偶然を拾えるのが、運用屋の嫌なところだ」


「褒めてる?」


「褒めてる。かなり」


 ユイは何も言わなかった。


 ただ、観測席の向こうで小さく息を吐いたように見えた。


 模擬戦は続いた。


 リディアの呼吸が整っていく。


 《タケミカヅチ》は、まだ難しい。


 出力で押せない。


 勢いで斬れない。


 対象を見て、記録を受け、次で断つ。


 その手順を間違えると、刃は沈黙する。


 それでも、リディアの中に少しずつ道ができていく。


 これは殺す速度を上げる武器ではない。


 戻るための一拍を、仲間と分ける武器だ。


 その時、試験場奥の模擬体が通常とは違う動きをした。


 疑似位相攪乱が強まる。


 表示上の退避経路が、一瞬だけずれた。


「アウルス、下がって」


 イオナの声。


「右じゃない、左」


「見えてる!」


「見えてない」


 イオナの声が鋭くなる。


 アウルスが前に出すぎていた。


 模擬体の攻撃線上に入る。


 イオナが補正に動く。


 その瞬間、別方向の模擬体が疑似攪乱を重ねた。


 二人が、同じ危険域へ入った。


 リディアの視界の端で、数字が開いた。


 帰還個体数:1。


 白い文字。


 黒い背景。


 八年前の記録。


 違う。


 今は違う。


 ここには、戻すべき二人がいる。


 リディアは踏み込んだ。


 通常なら、そこで一拍が必要だった。


 観測。


 記録。


 断絶。


 その間を、トリアドが支える。


 だが、その時だけ、リディアは待たなかった。


 一太刀目が触れる。


 観測記録が完了するより早く、二太刀目が入った。


 手順ではない。


 反射でもない。


 ただ、二人をその危険域から切り離すために、刃が走った。

挿絵(By みてみん)

 警告表示が一斉に変わる。


 同期域:未定義


 T-LOCKED


 到達不可


 観測室の空気が変わった。


「今の、二太刀目が早すぎる」


 ハルキの声。


「早いんじゃねえ」


 マルコの声から、軽さが消えていた。


「一太刀目が終わる前に、二太刀目が入ってる」


 リディアの刃が止まる。


 模擬体の疑似攪乱は消えていた。


 アウルスとイオナは、射線から外れている。


 どちらも無事だった。


「隊長」


 アウルスが息を呑む。


「今の……」


「試験続行は不可」


 監督官が告げた。


「全系統停止。安全確認へ移行」


 照明が白へ戻る。


 《タケミカヅチ》の赤い線が、鞘の内側へ沈んでいく。


 リディアは、その場に立っていた。


 呼吸はある。


 身体も動く。


 負傷はない。


 だが、内側に何かが残っていた。


 名前のない場所に、何かが触れた。


 それは、武器の反応ではなかった。


 命令でもない。


 記録でもない。


 もっと深い場所を、刃が一瞬だけ通った。


「リディア」


 通信越しに、ハルキが呼んだ。


「負荷は?」


「問題ありません」


 リディアは答えた。


 その声は、自分でも少し硬く聞こえた。


 《タケミカヅチ》を鞘へ戻す。


 手を離す。


 それでも感覚は消えなかった。


 試験場の隔壁が開く。


 ハルキが入ってきた。


 マルコも、少し遅れて続く。軽口はない。端末を見ながら、未定義同期域のログを追っている。


 ユイはアウルスとイオナの方へ行った。


 二人が無事か確認している。


 リディアはハルキを見た。


 聞くべきことは、いくつもあった。


 今の表示は何か。


 なぜ二太刀が重なったのか。


 自分の中の何に触れたのか。


 だが、最初に出たのは別の問いだった。


「これは、殺す武器ですか」


 ハルキは、すぐには答えなかった。


 試験場の白い照明が、彼の横顔を切り取っている。


 ハルキは《タケミカヅチ》を見た。


 それから、リディアを見た。


「違う」


 短く言った。


「断ち切るための武器だ」


 リディアはうなずかなかった。


 否定もしなかった。


 ただ、その言葉だけが残った。


 殺すためではない。


 断ち切るため。


 リディアは《タケミカヅチ》から手を離していた。


 だが、自分の中の、名前のない場所に。


 何かが触れた感覚だけが、まだ残っていた。


 上位観測室では、別の端末が同じログを映していた。


 同期域:未定義


 T-LOCKED


 到達不可


 科学庁長官は、消えかけた表示を見つめていた。


「非オルガノン……」


 声には、歓喜よりも確認に近い響きがあった。


「太陽の亡霊、ですか」


 その口角が、ほんのわずかに上がった。


第7章「断つための雷」、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。


《タケミカヅチ》の試験、トリアド運用、そして未定義の同期域。

今回の出来事は、この先の戦いに向けた小さな成功であると同時に、まだ誰も理解していない異常の始まりでもあります。


引き続き見届けていただけましたら幸いです。

面白い、続きが気になると感じていただけましたら、評価・ブックマークで応援していただけると大きな励みになります。


Xでは、本編補足になりすぎない範囲で、設定断片や制作メモなども公開しています。


Xでは設定断片や制作メモも公開しています。


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