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その果てに、月は神を観る 〜記憶を失った青年と兵器少女は、滅びた地球の真実へ降りる〜  作者: 大導ユウ
第7章 断つための雷

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第11話 初起動

第7章 断つための雷



 試験場の中央に、その刀は置かれていた。


 黒い芯材。


 銀白の外装。


 鞘の内側に刻まれた赤い制御線。


 リディアは、隔壁の内側からそれを見ていた。


 刀の形をしている。


 だが、知っている刀とは違った。


 抜かれるのを待っているようには見えない。握られるのを待っているようにも見えない。


 そこにあるのに、まだ武器になっていない。


 何を断つのかを、まだ決めていないように見えた。


「高出力個体用近接試作兵装。個体適合試験を開始します」


 監督官の声が、試験場に流れた。


 声には温度がなかった。成功でも失敗でも、同じ調子で記録するための声だった。


 リディアは、一歩前へ出た。


 透明隔壁の向こうに、ハルキ、マルコ、ユイ、監督官がいる。


 ハルキは端末を見ている。


 マルコは腕を組み、灰色の白衣の袖をまくっていた。


 ユイは観測席の後方で、こちらを見ている。


 監督官は試験項目を確認しながら、こちらを分類対象として見ていた。


 リディアは、その視線には慣れていた。


 慣れているはずだった。


 だが、今日は少しだけ違う。


 視線の中心にいるのは、自分だけではない。


 自分と、あの刀だ。


「兵装名は?」


 監督官が確認する。


 ハルキが端末から顔を上げた。


「《タケミカヅチ》です」


 その名が試験場に落ちた。


 雷。


 リディアは、鞘の中に眠る赤い線を見た。


 何かが、薄く脈を打っている。


 通常兵装の反応ではなかった。


 セレーネの兵装は、命令を受けると出力を返す。使用者の神経同期に合わせ、必要な火力と強度を立ち上げる。


 これは違う。


 まだ触れてもいないのに、何かを返してくる。


 それは出力ではなかった。


「試験前に言っとく」


 マルコが通信越しに言った。


「武装としては最高水準。兵装としては赤点だな」


 監督官がわずかに眉を動かす。


「説明を」


「強い。けど、誰でも使えるわけじゃない。起動条件は狭い。高エーテル適合がないと、柄を握ってもただの重い刀だ。しかも、個体ごとの調整が必要になる」


 マルコは端末に指を走らせた。


「同じものを十本作っても、十人で使い回せるとは限らない。軍が欲しがる便利な量産品とは真逆だ」


「そのような兵装を試験対象にする理由は」


「オレに聞くな。許可した連中に聞け」


 軽い声だった。


 だが、リディアには、その軽さの下にある警戒が聞こえた。


 この武器は強い。


 だが、扱いやすくはない。


「リディア」


 ユイが通信を開いた。


「一回で決めようとしなくていいからね」


「……試験開始前に、負ける前提の助言ですか」


「違うよ。帰ってくる前提の助言」


 ユイの声は、いつもどおりだった。


 軽い。


 けれど、ただ軽いだけではない。


 リディアは短く息を吐いた。


「了解しました」


 試験場では、敬語が先に出る。


 ユイに対しても、今は自然とそうなった。


 リディアは《タケミカヅチ》の前に立った。


 柄に手を伸ばす。


 冷たい。


 だが、金属の冷たさではなかった。


 手袋越しに、何かが手の内側を測ってくる。


 リディアは通常兵装と同じ手順で神経同期を開始した。


 出力を流す。


 反応を待つ。


 握りを固定し、足裏の接地圧を整える。


 背部、肩、肘、手首。


 戦闘姿勢は崩れていない。


 いつでも抜ける。


 だが、《タケミカヅチ》は起動しなかった。


 端末表示が白く沈む。


 初期同期:不成立。


 リディアは目を細めた。


 失敗した。


 その事実だけが、先に身体へ入った。


「再試行します」


 もう一度、出力を流す。


 通常兵装なら、ここで刃が応える。遅くても、警告が返る。標準武装は、リディアの出力に追いつけず、むしろ兵装側が悲鳴を上げる。


 だが、《タケミカヅチ》は違った。


 重いわけではない。


 反応が鈍いわけでもない。


 ただ、自分の出力を受け取ろうとしない。


 命令を待っている武器ではない。


 刃なのに、目に近い。


「初期起動不成立」


 監督官が記録した。


「適合不良の可能性があります」


 その言葉に、リディアの指が柄を強く握った。


 適合不良。


 自分が、武器に合っていない。


 兵装が自分についてこないことはあった。壊れることも、遅れることもあった。


 だが、これは逆だった。


 リディアの方が、入口に立てていない。


「待ってください」


 ハルキの声が入った。


 監督官が視線を向ける。


「適合不良ではありません。同期ログが返っていないだけです」


「同義では?」


「違います」


 ハルキの声は静かだった。


「出力不足でも、神経同期の拒否でもない。《タケミカヅチ》が起動条件を出力側に置いていない」


 リディアは、隔壁越しにハルキを見た。


 ハルキは端末を見ている。


 だが、その声はリディアへ向けられていた。


「リディア。出力を上げるんじゃない」


「では、何を」


「《タケミカヅチ》が返してくる反応を、先に見るんだ」


 意味は、すぐには入らなかった。


「見る……武器の反応を、ですか」


「対象を斬る前に、対象がどうずれているかを見る。それを、君の一太刀目に乗せる」


 高すぎる要求だった。


 武器を握り、敵を見て、斬撃を選ぶ。


 そこまではできる。


 だが、武器が返す反応を先に見る。


 対象のずれを一太刀目に乗せる。


 それは戦闘動作というより、観測に近かった。


 自分の役割ではない。


 そう思いかけた。


 リディアは、刃を見る。


 刃は眠っている。


 だが、拒んでいるのではなかった。


 待っている。


 命令ではなく、別のものを。


「難しいです」


 リディアは言った。


 弱音ではない。


 事実だった。


「君ならできる」


 ハルキは言った。


 短い言葉だった。


 理由は添えられなかった。


 だが、曖昧な励ましではなかった。


 ハルキは、見ている。


 自分の動き、判断、遅れ、迷い。


 その上で言っている。


 君ならできる。


 リディアは、柄を握り直した。


 出力を押し込まない。


 命令しない。


 代わりに、刃の奥にある赤い線を見た。


 そこから返ってくるものを待つ。


 冷たい感覚が指先へ上がった。


 それは、武器の起動反応ではなかった。


 問いだった。


 ――あなたは、何を断ちたいの。


 声がした。


 通信ではない。


 外部入力でもない。


 登録された音声でもない。


 刃の奥にある赤い線から、直接、神経へ触れてくる。


 リディアは照合しようとした。


 登録音声なし。


 通信記録なし。


 該当反応なし。


 だが、消えない。


 何を断つのか。


 リディアは、試験場の奥に展開された模擬標的を見た。


 六脚。


 球状コア。


 青い単眼。


 模擬アラミタマ。


 本物ではない。


 だが、その輪郭は、八年前の記録に似ていた。


「試験標的、疑似識別攪乱を開始」


 監督官が告げる。


 標的の位置情報がわずかに揺れた。


 リディアは地を蹴った。


 抜刀。


 赤い反応線が鞘の内側で走る。


 刃は、まだ敵を殺すためには起きていない。


 リディアは一太刀を入れた。


 手応えは浅い。


 標的は破壊されない。


 警告音も、破砕音もない。


 監督官の声が入る。


「攻撃判定、未成立」


「失敗ではありません」


 ハルキが即座に言った。


 端末の表示が切り替わる。


 攻撃判定:未成立。


 観測記録:成立。


 対象位相構造:部分取得。


 リディアは、刃を戻した。


 斬れなかった。


 だが、空振りではない。


 刃が触れた瞬間、標的の中にあるずれが見えた。


 装甲ではない。


 外形でもない。


 対象が対象として固定される、その結び目。


 それが、わずかに手の中へ残っている。


 リディアは理解した。


 《タケミカヅチ》は、まだ斬る段階に入っていなかったのだ。


読んでいただき、ありがとうございます。


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