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その果てに、月は神を観る 〜記憶を失った青年と兵器少女は、滅びた地球の真実へ降りる〜  作者: 大導ユウ
第6章 雷の設計図

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第10話 雷の設計図


 研究室の中央に、防護ケースが運び込まれた。


 透明な外壁は厚く、ケースの内側には薄い膜のような遮蔽層が揺れている。


 中にあるものは、金属にも鉱石にも見えた。


 暗い結晶だった。


 黒に近い。だが完全な黒ではない。奥で微細な光が動いている。赤とも、白とも、青とも言えない。見る角度で色が遅れて変わる。


 説明担当の研究員が、短く告げた。


「試験用アイテリオンです」


「アイテリオン?」


 ハルキは聞き返した。


 声は普通に出た。


 だが、視線は防護ケースの中から動かなかった。


 初めて聞く名のはずなのに、その響きだけが、妙に遅れて胸の奥へ落ちた。


「エーテル反応を安定して発生させる、地球外由来の希少鉱物です。通常兵装への支給量は制限されていますが、本件は高優先度案件として承認されています」


「燃料、みたいなものですか」


「燃料としても扱われます。ただし、エーテルは単なる熱量や推進力ではありません。対象の情報、識別、観測状態にまで干渉します」


 情報。


 識別。


 観測状態。


 その三語が、研究室の冷たい空気の中で並ぶ。

挿絵(By みてみん)

 ハルキは、過去作戦ログの青い単眼を思い出した。


 見えているのに、届かない。


 斬っているのに、沈黙しない。


 位置があるはずなのに、戦闘中だけずれて見える。


「混ぜ物扱いはやめとけ。たぶん、こっちが混ぜられる」


 マルコが言った。


 軽い口調だった。


 だが、視線は防護ケースから外れていない。


 研究員が、わずかに目を上げる。


「どういう意味ですか」


「言葉どおり。金属のほうが、こいつの反応に持っていかれる」


「根拠は」


「勘」


 マルコは即答した。


 研究員の眉がわずかに動く。


「技術協力者の判断として、勘は記録しづらいのですが」


「じゃあ、仮説でいい。こいつは素材に混ぜるんじゃない。通り道を作る。刃にするなら、刃そのものじゃなく、刃の中に走る構造だ」


 ハルキは、マルコを見た。


 本人は、いつもどおりの顔をしている。


 だが、その言葉は速かった。


 説明を聞いてから考えた速度ではない。


 触れる前から、扱い方だけを知っているような速さだった。


「理論はそっち。素材はオレ」


 マルコが言う。


「そういう分担でいいな」


「俺が理論を作る前提なのか」


「違うのか?」


 違う。


 そう言えなかった。


 端末に触れる。


 指が迷わなかった。


 初めて見るはずの操作階層が、視線の移動と同じ速度で開く。ハルキは、リディアの過去作戦ログを呼び出した。


 動画が停止する。


 瓦礫の街。


 リディアが一体のアラミタマの脚部を断つ。


 外装が砕ける。


 機体が沈む。


 だが、その奥で球状コアが切り離される。別の個体がそれを回収する。青い単眼が、別の躯体で再点灯する。


「関節は壊せる。でも、コアには届かない」


 ハルキは映像を数秒戻す。


 リディアの刃が、コア外殻へ触れる直前で止まった。


「リディアは、刃を入れる位置を誤っていません」


 ハルキは映像を拡大した。


「外殻の継ぎ目、センサー下部、通信ポート周辺。狙いは正しいです。ただ、攻撃が成立する瞬間だけ、コアの識別情報がずれている」


「光学迷彩、ですか」


 研究員が言った。


「違うと思います。見え方を変えているだけなら、刃は届くはずです。これは、対象の情報そのものに干渉しています」


 ハルキは、青い単眼が明滅するフレームを拡大した。


「アラミタマも、エーテルを使っている。少なくとも、コア防護には使っています」


 研究員は黙った。


 否定ではない。


 記録するための間に見えた。


「コアを砕く前に、コアを守っている干渉を切る必要がある」


 ハルキの声は、思ったより低かった。


 マルコが口の端を上げる。


「出たな、理論担当」


「まだ理論ではない」


「じゃあ、危ない思いつきだ」


「その段階だと思う」


「自覚があるだけマシか」


     *


 それから数日、研究室の照明が落ちる時間を、ハルキはほとんど見なかった。


 昼夜の区別は、端末の時刻表示でしか分からない。


 コア防護干渉の仮説は立った。


 だが、刃へ通すための式に変えるたび、どこかが破綻した。


 反応は強すぎる。


 同期は深すぎる。


 素材は、想定した形のままでは耐えない。


 マルコはそのたびに、構造を削り、戻し、また別の道を作った。


 端末上で、兵装の骨格が立ち上がる。


 黒い芯材。


 銀白の外装。


 鞘の内側に刻まれた制御レール。


 刃の中心を、赤い線が走る。


「刀か」


 ハルキは画面上の骨格を見た。


 通常の刀ではない。


 だが、その兵装は明らかに、斬るための形をしていた。


「高出力個体に持たせる近接兵装だ。リディアが一番速く扱える形を選ぶなら、たぶんこれだ」


 マルコは端末上の骨格を回転させた。


「ただし、刃に直接アイテリオンを入れるのは駄目だ。刃が先に意味を失う」


「意味?」


「形、と言ってもいい。切るためのものが、切る以外の反応を始める。そんな刃は信用できない」


 マルコの口調は軽い。


 だが、指の動きは慎重だった。


「だから、鞘を使う」


「収納具じゃなく、制御機構として?」


「そう。抜く前に反応を整える。抜いた瞬間だけ、刃の中に通す。使い終わったら鞘へ戻して収束させる」


 ハルキは、その構造を見ていた。


 反応は鞘で抑え、芯材で細く絞る。


 安全側に倒した設計だ。


 だが、そのままでは届かない。


 アラミタマのコアを包む識別干渉を断つには、反応の深さが足りない。


「ここを開ける」


 ハルキはモデルの一部を指した。


「刃の中央に、位相式をもう一段通す。これなら、コア防護の奥へ届く」


 数値が跳ねた。


 反応予測が赤く染まる。


 マルコの手が、すぐにハルキの操作を止めた。


「ハルキ、その設計だと、敵を断つ前にリディアの神経同期が焼き切れる」


 声が、低かった。


「それは出力を上げてるんじゃない。リディアの神経を、反応の通り道にしてる」


 軽口が消えていた。


 ハルキは画面を見た。


 警告欄に、使用者負荷の数値が並ぶ。


 神経同期過負荷。


 反応逆流。


 適合限界超過。


 リディアなら耐えるかもしれない。


 その考えが浮かんだ瞬間、ハルキは自分の思考に寒気を覚えた。


 耐える、では駄目だ。


 使える、でも駄目だ。


 それは、上層部の命題と同じ形をしている。


 高出力個体を、より有効に使う。


 その言葉と、同じ場所に落ちる。


「……断つ対象を、間違えている?」


 ハルキは言った。


 マルコは、手を離さなかった。


「そういうこと。コアを守ってるものを断て。使う側まで巻き込むな」


 短い言葉だった。


 だが、それで十分だった。


 そこから先は、さらに遅かった。


 使用者側の同期を浅くすると、刃はコア防護干渉へ届かない。


 届かせようとすると、今度は反応が使用者側へ逆流する。


     *


 一日ごとに、失敗した設計案だけが増えた。


 十日目の午後、ユイが研究室に顔を出した。


 簡易ケースを両手に持っている。


 食事と飲料。


 たぶん、戦術分析部門から抜け出す時間を、数字の隙間に捻じ込んできたのだろう。


「差し入れ?」


 マルコが顔を上げる。


「監視」


「言い方」


「二人とも放っておくと、たぶん食事を忘れるから」


「それは否定できないな」


 ハルキは端末から手を離した。


 手首が少し強張っている。


 どれだけ集中していたのか、今になって分かった。


 ユイは端末画面を見た。


 専門式は読めないはずだ。


 だが、彼女は数式ではなく、目的欄と警告欄を見ていた。


「リディア用?」


「資料上は、高出力個体用近接兵装」


 ハルキは答えた。


「つまり、リディア用」


 ユイはあっさり言った。


 マルコが笑う。


「言い換えの努力が台無しだ」


「そういうの、だいたい台無しにした方が分かりやすいから」


 その時、アルシアが研究室に入ってきた。


 手にはまた端末板がある。


「作業継続時間が、推奨値に近づいています」


 アルシアは端末板を見て、それからユイの持ってきた簡易ケースに視線を移した。


「……めずらしく、安全基準を満たしていますね」


「めずらしくって言った?」


 ユイが眉を上げる。


「はい。通常、この研究室では休憩申請より先に警告表示が出ます」


「それは研究室の人たちが悪い」


「否定はできません」


 アルシアは丁寧にうなずいた。


 ユイが、ふと思いついたように尋ねた。


「アルシアさんも休まないんですか」


「私の休憩は、業務予定には含まれていません」


「予定にないと休めないの?」


「必要であれば、今から予定に追加します」


 ユイは、少しだけ困った顔をした。


「うん。追加した方がいいと思う」


「では、後ほど調整します」


 変な返答だった。


 だが、決定的におかしいわけではない。


 この都市では、何もかも予定に追加され、分類され、許可される。休憩でさえ、そうなのかもしれない。


 ハルキはそう考え、すぐに違うと思った。


 問題は、たぶんそこではない。


 だが、その違和感に名前を付けるには、まだ材料が足りなかった。


 ユイは、しばらく黙って画面を見ていた。


 過去作戦ログ。


 帰還経路。


 コア回収。


 撤退路封鎖。


 リディアの折れた刀身。


 そして、警告欄に並んだ使用者負荷の赤い数値。


「最初から決めにいかなくてもいいんじゃない?」


 ユイは言った。


「一度目で相手を見る。二度目で本命を入れる。戦闘でも作戦でも、その方が生きて帰れるでしょ」


 研究室が静かになった。


 技術的には、曖昧な言葉だった。


 だが、ハルキには分かった。


 最初は相手を見る。


 攻撃ではない。


 観測だ。


 対象に触れ、コア防護の識別干渉を刃へ記録する。


 二度目で、その記録に合わせて断つ。


「一太刀目を、観測に使う」


 ハルキは言った。


「対象の位相構造を読む。二太刀目で、その構造だけを断つ」


 マルコが短く息を吐いた。


「使用者を経路にしなくて済むな」


「反応を相手側から取れる」


「……ユイ、今のたぶん、かなり面倒なこと言ったぞ」


「褒めてる?」


「褒めてる。たぶん」


 ユイは少しだけ笑った。


 上層部の命題は、アラミタマ・コア破壊能力の向上だった。


 ハルキの理論は、コアを守る干渉の断絶。


 マルコの構造は、使用者を壊さず反応を通す道。


 ユイの言葉は、その三つを分けた。


 一太刀目で観測する。


 二太刀目で断つ。


 一人に全部を背負わせない。


 それは〈トリアド〉と同じ発想だった。


「それが、必要条件だ」


 ハルキは言った。


「コアを沈黙させる。識別干渉を断つ。けれど、使用者を戦場に置き去りにしない」


「ずいぶん欲張りな武器だな」


 マルコが言う。


「欲張らないと、また同じログが増えるだけでしょ」


 ユイの声は、軽かった。


 だが、軽いだけではなかった。


 ハルキは端末に新しい定義を入力した。


 目的。


 アラミタマ・コア防護干渉の断絶。


 方式。


 第一斬撃:対象位相構造の観測。


 第二斬撃:観測記録に基づく位相断絶。


 制約。


 使用者神経同期負荷の制限。


 運用条件。


 高出力近接個体との一時同期。


 名称欄だけが空白だった。


「名前は?」


 マルコが聞いた。


「仮称でいいだろ」


「仮称って、だいたいそのまま残るぞ」


 ユイがケースから飲料を取り出しながら言う。


「じゃあ、変なのにしないでね」


 ハルキは、端末の名称欄を見た。


 なぜその名が浮かんだのかは分からなかった。


 雷。


 刃。


 断つ。


 神話の名前なのか、記録の残骸なのか、自分の中に残っていた言葉なのか。


 判断できない。


 それでも、指は止まらなかった。


 試作兵装名:TAKEMIKAZUCHI


 表示された英字列の下に、端末が自動で片仮名表記を添える。


 《タケミカヅチ》


 研究室の照明が、わずかに低くなったように感じた。


 実際には何も変わっていない。


 ただ、名前が入った。


 それだけで、粗い構造体だったものが、こちらを向いた気がした。


「……強そう」


 ユイが言った。


「雑な感想だな」


「でも大事でしょ。弱そうな武器をリディアに持たせるの、嫌だし」


 マルコは少し笑った。


「まあ、名前負けしないようには作る」


 休憩後、試作構造の初期照合が始まった。


 端末に、黒い刀身の骨格が映る。


 銀白の外装。


 鞘内制御レール。


 芯材を走る赤い反応線。


 まだ実物ではない。


 それでも、画面の中の構造体は、ただの近接兵装ではなかった。


 コアを叩き割る武器ではない。


 最初の一太刀で読み、次の一太刀で断つ兵装。


 マルコが端末を操作する。


「既存兵装系譜に照合するぞ」


「必要なのか」


「必要。あとで誰かに『これ何系?』って聞かれた時に、『ハルキがなんか思いついた系』だと書類が通らない」


「それは通らないな」


 照合が走る。


 セレーネ現行兵装。


 アルマダ・ルナリス標準近接兵装。


 高出力個体適合装備。


 科学庁管理下のエーテル反応制御装置。


 複数の分類が画面上を流れた。


 該当なし。


 該当なし。


 該当なし。


 そして、最後に白い表示が止まる。


 理論基盤:非オルガノン系


 兵装系譜:未登録


 類似照合:制限記録に一件


 詳細閲覧:不可


 マルコの指が止まった。


 ユイも黙った。


 アルシアは表示を確認しているが、表情は変わらない。


 ハルキは、その文字列を見つめた。


 知らないはずの分類だった。


 理解できるはずのない並びだった。


 それでも、胸の奥で何かがわずかに軋んだ。


 初めて見るものに対する反応ではなかった。


第6章を読んでくださりありがとうございます。

ハルキとマルコの共同開発、そしてタケミカヅチの構想が始まりました。


この兵装は、ただ敵を壊すためのものではありません。

何を「断つ」ためのものなのかは、これから少しずつ明らかになります。


次章では、タケミカヅチとリディアの適合試験へ進みます。

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