第五話 カッパ巻き
久しぶりに近所の絵里子さんが来ていた。絵里子さんは今年78歳のおばあちゃんで、この店が居酒屋だった時からの常連さんだ。
年齢のせいかここ最近は、お店に来る頻度もめっきり少なくなってしまったけど、それでも来店した時は必ず五百ミリの糖質ゼロビールを六缶、顔色も変えずにするすると空ける。
唐揚げやら厚焼き卵やら食事もきちんと食べる。
「それじゃあね、カッパ巻き」
カッパ巻きはウチの正規のメニューではない。いつだったか絵里子さんが急に食べたいと言って、大将が材料あるからと作った裏メニューだ。
ウチのカッパ巻きは一ミリくらいの細切りにしたきゅうりを束ねて巻いたもので、大将がどこかの寿司屋で食べて美味しかったのを真似したのだとか。
絵里子さんがサクサクと音を立てて美味しそうに食べていると、隣に座っていた太って口髭を生やした白人紳士が食いついてきた。
「それはなんですか?絵里子さん」
「これはキューカンバーを巻いたお寿司で、カッパ巻きというのよ、アーサー」
いつの間に仲良くなったのか、二人は顔見知りらしい。
「カッパというのは確か、日本のモンスターだったな。なぜモンスターの名前が寿司につけられているんだ?」
「カッパというのはキューカンバーが好きだって伝説があるのよ。他にもカットした断面がカッパに似てるからって説もあるわね」
「へえ、それは面白いな。何かのネタになるかもしれん。大将、私にもカッパ巻きを頼む」
「かしこまりました〜」
僕は本当は大将が、カッパ巻きは面倒だからあまり作りたくないと思っているのを知っている。が、そんな事おくびにも出さないあたり、さすが客商売が長いだけはあるな、と思う。
紳士は使い込んでいる様子の黒革の手帳を取り出し、早速カッパ巻きの話を書き込んでいるようだ。
その時、手帳に挟まれていた写真がヒラヒラと落ちた。拾い上げるとモノクロの、かわいい女の子と妖精?のようなものが写った写真だった。
「お孫さんですか?」
そう言って写真を渡すと、紳士は
「いや、この子は血縁者じゃないよ」
と笑って手を振った。
「ワサビどうしますか?」
大将が聞くと、紳士は
「たっぷり入れてくれ。私はワサビが大好きなんだ」
と答えた。
数分後、これはもうカッパ巻きではなくワサビ巻きでは?という巻き寿司が届けられる。
「こいつは……また……強烈だな……」
紳士は涙と鼻水を垂らしながら、それでもうまそうにカッパ巻きを平らげた。
「いやぁ、美味かった。今度からもまた頼むことにするよ」
そう言いながら、チップだとお会計よりだいぶ多いお金を置いていった。
「大将のカッパ巻き美味しいですもんね」
「嬉しいけどめんどくさいんだよー。普通の四つ切りにしたカッパ巻きにすれば良かった……」
大将は遠い目をしながらそうぼやいた。




