第四話 フィッシュアンドチップス
パブに着くと大将が何かを仕込んでいた。
「おはようございます。今日はなんですか?」
「ん〜? なんか最近イギリスのお客さんが多いみたいだから試作してみようかと思って」
おお、ようやく新メニュー開発する気になったのか。
大将は大きな鱈の身を一口サイズに切り分けている。横にはくし切りされたジャガイモが水にさらされていた。
「何作るんですか?」
「まずは定番を作ろうかとフィッシュアンドチップスだよ」
大将は鱈を切り終わると塩とこの店では一度も見た事がないハーブらしき草で味をつけている。
「これはセージだよ」
下味をつけているうちに、タルタルソースを仕込む。タマネギのみじん切りを水にさらして辛味を抜く。ゆで卵を潰し、みじん切りしたいぶりがっこを入れる。
「えっ、ピクルスじゃないんですか?」
「せっかく日本で食べるなら日本の味も入れたいじゃない。……でもいぶりがっこだとちょっと原価が高くなっちゃったから、次からは柴漬けにしようかな……」
下味をつけた鱈に軽く小麦粉を振って、小麦粉と片栗粉をビールで溶いた衣につける。
先にジャガイモを揚げてから、衣をつけた鱈を揚げて盛り付ける。
「はい、お試しだから食べてみて」
僕はフォーク片手に食べ始める。
「めっちゃ美味しいです! これ新定番になりますよ!」
その時ドアが開いて今晩最初のお客さんが入ってくる。すらっと背の高い整った顔をした白人青年で、耳の上で髪の毛をくるくると巻いている。
「な、な、な、なんだかとてもいい匂いがして……。し、しし、正体は、こ、これですかね?」
青年が僕の皿を指差す。
「ぼ、ぼ、僕にもこれと、ビ、ビ、ビールをください」
青年は空いているにも関わらず、わざわざカウンターの僕の右横に腰を下ろす。
僕は客が来てしまったので、急いで食べようとするが、揚げたての鱈もジャガイモも熱くて少しずつしか食べられない。こんな時一緒にビールでも飲めればと思うが、さすがに仕事中だとそうもいかない。
ふと横を見ると、青年が暇を持て余したのかアンケート用の紙の裏に落書きをしていた。
うさぎにネコ、あとはずんぐりと丸い鳥の絵を描いている。
「絵、上手ですね」
そう言うと青年は恥ずかしそうに頬を赤らめて
「あ、ありがとうございます」
と言った。
フィッシュアンドチップスが出てくると青年はいかにも美味そうに食べ始めた。
「美味しいですか?それ今日からの新メニューなんですよ」
そう説明すると青年は小さく拍手をした。
「ここ、これはとても美味しいです。こ、こんな料理、は、初めて食べました」
「えっ、失礼ですが、イギリスの方じゃないんですか?」
「そそそ、そうです」
僕の頭にはたくさんの?が浮かんでいた。
「フィッシュアンドチップスってイギリスの定番料理じゃないんですか?」
「おお、こ、これはフィッシュアンドチップスというんですね。す、す、す少なくとも私は初めて食べました。さ、ささ、魚やイモも美味しいですが、と、特にこのソースが美味しい。こ、こ、こんなクリーミーで具沢山のソースは初めてです」
うーん、いぶりがっこになってるとはいえ、タルタルソース自体めずらしいものじゃないような気がするんだけどな……。
青年はビールを飲みながら料理を食べ進め、皿が空になるとビールと共におかわりをした。
細身なのに意外と食べるんだな。
僕が他のお客さんの給仕をして回っていると、彼のビールが空になっているのに気がついた。
彼の右側から
「おかわりはいかがですか?」
と話しかけるとわざわざ体の向きを変えて聞き直した。
「す、す、す、すみません、み、み、右側の聴力が、弱くて……」
というと、お願いします、と言うので、すぐにジョッキを運んで行った。
青年は嬉しそうにビールを一気に煽り、お会計をして出て行った。
「なんか、独特の喋り方する人でしたね」
そういうと大将が解説してくれた。
「あれは吃音と言って言語障害の一緒らしいよ。僕も実際会うのは初めてだけど。でも新メニュー気に入ってもらえて良かったね」
「だから新定番になるって言ったじゃないですか。すごい美味しいんですから」
「なんで食べただけの向井くんが得意そうなの?」
結局フィッシュアンドチップスは順調に出続け、その日仕込んだ分は全て完売した。僕は自分の先見の明にますます鼻が高くなった。




