第六話 つくね
店を掃除していると、何か爬虫類の形をしたネクタイピンを拾った。大将に見せると、「あーたぶんこれはイグアナだね」と言った。違う、僕が聞きたかったのはそういう事じゃない。落とし主に心あたりがあるかだ。
「それならそうだと言ってくれたらいいのに。残念だけど、心当たりはないかなぁ。見えるとこに置いておいたら、そのうち持ち主が来るんじゃないかな」
そこで僕はカウンター席の角のところにでっかく『落とし物』と書いた紙を貼り付けて置いておく事にした。
夕飯時になるとお店は徐々に混み出した。今日は揚げ物の注文が多いので、僕も調理に入った。ここでバイトするようになってからすっかり唐揚げをサクサクジューシーに揚げるのが得意になった。
揚がった唐揚げをC卓に運んでいると、入り口のドアが開いた。白っぽく澱んだ空気が流れ込んでくる。その排気ガスのような匂いに思わず咳込む。なんでだかわからないが白人のお客さんが来店すると、こういう空気が一緒に入り込んでくる事に最近気がついた。何にしてもさっさとドアを閉めて欲しい。
入ってきたのは白人のおじいさんで頭頂部は禿げ上がり、土星状に残った白髪はそのまま長く白い髭と繋がっていた。これでアジア人だったら完璧に仙人のような出立ちだ。
僕がいらっしゃいませというよりも前に、おじいさんは置いてあった忘れ物に食いついた。
「おぉ!ここにあったのか!良かった!」
嬉しそうにネクタイピンを持ち上げている。そういえば、昨日だか一昨日だかにも来ていた気がする。
「さっき清掃してて見つけたんですよ。持ち主が見つかって良かったです」
「ありがとうありがとう。コレは私の出版を記念して友人が贈ってくれたものでね。大事にしているんだ」
へえ、おじいさん作家か何かなのか。
「でもなぜイグアナ?なんですか?」
僕が質問すると、おじいさんは愛しそうにイグアナを撫ぜた。
「それはこの最も醜く不恰好なトカゲが私を有名にしたからだよ」
「はぁ……」
有名だというが、正直僕はこんなおじいさんは知らない。一度見たら覚えそうな感じだけど。
おじいさんはメニューの中からつくねを指差し、コレはなんだね?と尋ねた。
「つくねは鶏肉のミンチにニラなどの野菜を練り込み、炭火で焼いた料理です。ウチの名物料理でタレは創業から継ぎ足し継ぎ足しで守ってきたとっても美味しいタレです」
自分で説明しながら、まるきりパブのメニュー説明じゃないなと思う。
おじいさんは興味を持ったのかつくねを注文した。
大将が冷蔵庫から出したタッパーの中から、平たい竹の串に肉を巻きつけていく。ウチのはボール状や軟骨入りではなく、棒状になったシンプルな見た目のつくねだ。
タレが炭火に落ちると得も言われぬいい香りが立ち上る。つられた客たちが次々にとつくねを注文し始める?
おじいさんに出すと、くんくん匂いを嗅いだ後、ガブリと一気に齧り付く。
「おほ、これは、美味いな。鳥だというのに、一切パサついていない。それどころかなんだこの溢れるジューシーな肉汁は」
おじいさんはビール片手につくねをはふはふ食べ続ける。
「この甘辛いタレがまた絶品だな。炭火で炙られて大変香ばしい」
さすが作家、かどうかは知らないが、食レポが上手。
「イギリスにもソーセージロールというハーブやスパイスで味付けした挽肉をパイ生地で包んで焼いたものがあるが、これはそれよりシンプルなのに、えらく美味いな」
へえ、それも美味しそうだ。なんだかおじいさんの食レポを聞いていたら僕までお腹が空いてきた。おじいさんはなかなか大きな声で喋っていたせいか、ますます周りからつくねの注文が入り、早々に売り切れてしまった。
「これもまた、一つの鳥料理の進化か……」
おじいさんはそんなわかるようなわからないような事を言って帰って行った。
「あーおじいさんのせいでつくね食べたくなっちゃいましたよ。大将明日の賄いはつくねにしてくださいね」
「いいけど向井くん、あんまりつくね好きじゃないじゃない」
「そうですけど、あんなの聞いたら食べたくなっちゃうじゃないですか」
不本意ながらその日は普通の焼き鳥丼を賄いとして食べた。




