第三十話 カキフライ丼
あの後すっかり恭弥はウチの店を気に入ったらしく、何かと理由をつけては通っている。
今日も今日とて、すっかり常連ヅラをして特等席のようにカウンターに陣取っている。
「先輩、ビールおかわりください」
「他に行けよー。知り合いが店に来るのやりにくいよー」
「なんでっすか。売り上げに貢献してていい後輩じゃないですか」
「自分でいうかね。だいたい売り上げ伸びたって僕の時給が上がるわけじゃ無いからね」
「そりゃ悪かったね」
聞いていたのか大将が口を出す。
そんなやりとりをしていると特徴的な髪型をした白人のおじさんが入って来た。
「ほんっとこの店海外の客多いっすね」
「いらっしゃいませ」
恭弥から一つ席を空けて座ったおじさんは、スパークリングワインを注文した。
基本的には土星ハゲなんだが、左右に角のように髪を伸ばしている。
立派な口髭も相まって、なんだか山羊を連想させた。
「お待たせいたしました。何かおつまみもいかがですか?」
恭弥には売り上げと給料は関係ないと言ったけど、店員として一応ちゃんと注文は取ろうとする。
「つまみ、というよりしっかり腹に溜まるものはできるか?実はここが日本の料理を出す店だと聞いてやって来たんだ。今回私は展覧会でこの街にやって来たんだが、御多分に洩れず私も日本の浮世絵から影響を受けた口でね、日本に興味はあれど日本の料理を食べるのは初めてだ」
「へえ、日本に興味があるんですか。で、しっかりお腹に溜まるもの、ですね」
「私はこう見えて大食漢でね。よく人の二倍や三倍食べている、なんて言われるよ」
「それでしたら丼ものはいかがですか?」
「丼もの?」
「はい。大盛りのライスの上におかずを直接盛り付けて、ライスと共に掻き込んで食べる料理です。バリエーションはいろいろあって、生の魚の切り身を乗せて食べる海鮮丼、鶏肉に卵を閉じて食べる親子丼、タレを絡めて焼いた豚肉を乗せた豚丼など、本当に多種多様です」
そう言うと彼は興味をそそられたようだった。
「そうか。ではその中でおすすめはなんだね?」
「そうですねぇ……。お腹が空いていて、ガッツリ食べたいなら……カツ丼なんてどうですか?豚肉に衣を付けてあげたカツレツににた料理を甘辛いタレで煮込んで、卵で閉じた丼です。ボリュームもあるし、とっても美味しいですよ」
すると、大将から待ったがかかった。
「すみません、今日はトンカツにするような大きな豚肉を仕入れてないんです。その代わりにカキフライを使ったカキフライ丼、なんていかがですか?」
彼は大将の言葉に首を傾げた。
「カキフライ、というのはなんだね?」
僕はそういえば以前海外のお客さんにカキフライを出した時、カキフライ自体日本独特のものだという話をした事を思い出した。
「カキフライとは貝の牡蠣にパン粉の衣を付けて揚げた料理で、これもすごく美味しいですよ。牡蠣が苦手でなければ、ぜひ」
話を聞くなり彼はもういてもたってもいられない様子で
「いや牡蠣は嫌いじゃない。大至急、そのカキフライ丼とやらを作ってくれ」
と、言った。そして止めにお腹からぐぅ、と大きな音がした。
「先輩、僕もカキフライください。僕のは丼じゃなくて、そのまま」
「恭弥、まだ食うのか。もう帰れよ」
「なんて事言うんですか! 僕は言ってみりゃ先輩の相棒みたいなもんでしょ? 相棒には優しくしてくださいよ」
「いつからお前が相棒になったんだよ……」
するとそれを聞いていたおじさんが口を挟んできた。
「いや、人の縁というのは不思議なもので、相棒と呼べるような人間にはそうそう出会えない。だから相棒は大事にした方がいいぞ」
「いや、コイツは相棒なんかじゃ……」
「おじさんにも相棒がいるんですか?」
僕の否定を遮って、無邪気に恭弥が尋ねる。
「私の相棒、はもういないんだ。私は7人兄弟なんだが、その中でも二歳年下の弟とは特に仲が良くてな。共に芸樹を学んだ同志であり、ビジネスパートナーであり、親友でもあった。しかし、ある年風邪をこじらせて、そのまま亡くなってしまった……。もう十年以上前の事だが、私は今でもエルンストがいなくなってしまった事が悲しい」
おじさんはとても悲痛な顔をしていたが、出て来たカキフライ丼を目にした途端、すごい勢いで掻き込みだした。
「コイツは、なんとも、官能的に、美味いな! サクッとした衣に歯を入れると中からジューシーな牡蠣のエキスが溢れ、しかもこの甘辛いタレとよく合っている。玉ねぎが入っているのも憎いが、なんと言っても、この黄金色に輝く半熟の卵。これが素晴らしい! なんとも美しく、このタレを吸ってふるふるとしながら、米を優しく包み込んでいる!」
……このおじさん、過去一食レポが上手かも。なんだか僕までお腹が空いて来た。
「ホント、ここのカキフライはジューシーですよね」
ハフハフしながら恭弥も美味しそうに食べている。
「じゃあ、弟さんを亡くされてから、相棒と呼べる方はいないんですね……」
そのままカキフライの話をしていると僕のお腹も鳴りそうなので、無理矢理話を戻した。
「いや、弟とはまた違う関係なんだが、人生のパートナーとも言える関係の女性はいてね。彼女と知り合ったのも弟のおかげなんだよ。何しろ彼女はエルンストの奥さんの妹だからね」
この場合なんていうんだ? 義理の妹の妹? に手を出してるのか。まあ、法律的には問題ない、のか?
僕の疑問をよそに、おじさんはさっさとカキフライ丼を掻き込むと、なんとおかわりしてもう一杯食べ始めた。
「本当にたくさん召し上がるんですね……。その割には全然太っていませんけど、太りにくいんですか?」
「えっ? あぁ、私はちゃんと運動して体を鍛えているからな。朝からジョギングをしてトレーニングもしているから、筋肉もしっかりついているぞ。君こそちょっと細いんじゃないか?」
確かに僕は痩せてはいるがしっかり筋肉がついているタイプではない。……でも運動嫌いなんだよなぁ。
「でも一応腹筋はシックスパックですよ!」
そう言うと、なぜか恭弥が
「先輩のは痩せてるから筋肉見えてるだけでしょ」
とツッコんできた。
うるさいなぁ、そうだけどさ。
その後、恭弥だって別にムキムキなわけでもないくせに、おじさんと筋肉談義に花を咲かせていた。僕はさり気なくその場を離れたけども。




