第三十一話 ネギ串
バタンと音を立てて、荒々しく入ってきたその男性の目はギョロっと大きく、鼻は形が良くスッと通っていた。短く切り揃えた黒髪を少しだけ分けて、コーデュロイのジャケットを羽織った姿はいかにもハンサムでモテそうだった。
「何を飲まれますか?」
と、尋ねると、
「アブサンをくれ」
というのでいきなりそんな強い酒を? と少々驚いた。
アブサンというのはニガヨモギを主成分にいろいろなスパイスを加えて作った酒で、ウチで扱っているのはアルコール度60%くらいのものだが、ものによっては90%なんていうバケモノみたいに強いのもある。
グラスに緑色の酒を注いでやり、コップの淵に橋をかけてその真ん中にアブサンを染み込まさせた角砂糖を置く。そしてライターで火をつけてやるとボッと小さな音がして、アルコールが燃える青い炎が立ち上がった。
「綺麗だろう?俺はこの酒の美しさも好きなんだ」
入ってきた時の荒々しさとは対称的に、子どものようにキラキラとした目でアブサンを見つめている。
なんだか変わった人だ。
「腹が減ったな。何か食わせてくれ」
そう言うので僕はメニューは目の前にあるのになと思いながらメニュー立てから開いて渡してやった。
「この『大将気まぐれその日の材料でお任せ絶品パスタ』というのはなんだ」
それは先日恭弥が長い名前のメニューがブームになってるらしいから、メニューに載せてない料理をわざと長い名前にしてメニューに載せたらわた話題になるんじゃない? というので試しに書いてみたのだ。早速注文が出るなんて恭弥やるじゃん!
「そちらは当日仕入れた新鮮な食材を使って大将が作る、その日しか食べられない……」
「ああ、いらん! 長い名前は好きじゃない。名前が長いのは俺だけで十分だ!」
……なんだ注文出ないじゃん。恭弥ダメじゃん?
「バレエ団の連中から聞いてきたんだが、ここは変わった料理を出すんだろ?」
「はぁ。ここはパブではありますが、日本の居酒屋風の料理を提供しています」
「おい、この白い野菜はなんだ。リーキか?」
男性は数あるメニューの中からネギ串なんていう地味なものを指差していた。
「いえ、リーキではないですが、同じネギ科の野菜で、日本では長ネギといいます。炭火でじっくりと焼いた長ネギは甘くシャキシャキで美味しいですよ」
「よしじゃあそれをくれ」
「お客様、バレエ団の方なんですか?」
「いや、俺がバレエをするように見えるか?」
「お客様はとてもハンサムなので、花形スターなのかと思いました」
普段はここまで持ち上げないが、ぶっきらぼうな感じなのでお世辞を言っておいた」
「適当な事いいやがって。花形だとか言っておいて、お前知らねーじゃねえか」
……バレてる。バツが悪くなった僕を尻目に、男性は話を続ける。
「俺は最近結婚したんだがよ、その嫁さんがバレリーナなのよ。これがもう目が飛び出るくらいのべっぴんさんでよぅ、なんでバレエ団がプリマドンナにしねぇのか、俺には全然理解できねぇ!」
あー、こんな感じなのに、割としっかり目に奥さん自慢するんだ……。
「でよ、この度俺の美的センスを買われて舞台装置と衣装のデザインを頼まれて、作ったから実際舞台を見ようとやってきたってわけよ」
へぇ、確かに見た目はかっこいいと思ったが、こんなガサツな感じなのに芸術的才能があるのか。人は見かけによらないな。
「じゃあ普段は舞台関係のお仕事してるんですか」
そう言うと、男性は口の前に人差し指を立てて、芝居がかったチッチッチという仕草をした。
「俺の本業はあくまで画家よ。こう見えて十代の頃からいっぱしの画家だったんだぜ?」
「ははぁ。じゃあ今回は畑違いの仕事なんですか。じゃあどんな評価をくだされるか不安ですね」
「やい少年。人の評価ほど当てにならんもんはないぞ。画壇の連中だって俺が子供の頃からチヤホヤもてはやして、やれ新しい才能だのやれ神童現るだの言ってたくせに、俺が全く新しい表現方法に切り替えたら途端に手のひら返しやがって。見たまんま正確に描くなんて写真ができた今、つまんねぇだろ?だから俺が凡人にはわからねーモノの見方を教えてやったのに、やっぱ凡人にはわからねーのな」
そう言って男性はガハハと笑いながら、届いたネギ串に食いついた。
「おお、これは。リーキよりあっさりしてるが、ちゃんと甘くて、美味いな。でもお前じっくり炭火で火を入れてって言っただろ!? ちょっと生で辛ぇじゃねえか! ま、それも美味いからいいけどよ」
どっちなんだよ。よっぽどせっかちなのか、ネギ串つまみに残りのアブサンを流し込むと、さっさと立ち上がった。
「え、もうお帰りですか?」
「おう、早く帰らねーと、かわいい妻が待ってるからよ。そんじゃあな」
男性は意気揚々と店を出て行った。端正な顔立ちからは想像もできないようなガサツさだった。
「なんだか……嵐みたいな人でしたね」
「うん……なんか疲れたね。今日は早仕舞いしようか」
直接関わらなかった大将まで疲弊させるなんて、やっぱりすごい人だと思った。




