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第二十九話 タコさんウィンナー

 その男性は高身長で、175の僕よりまだ10センチくらい背が高かった。ただ、その大きな身体の割に、表情はどこか自信なさげで、目ばかりがよくキョロキョロと動いていた。

「どうぞ」とカウンターの真ん中の席を案内してもわざわざ端の、照明があまり当たらない席に腰を下ろした。

「それで、なんか原作というか今までの映画をまるっきり無視してて、あのシリーズが好きな俺からしたらなんか全然違うっていうかー」

「はいはい」

 今夜は大学の後輩の恭弥が遊びに来ていて、最近見た有名な映画のリメイク作品最新作の批判をずっと続けている。

 いい加減面倒くさくなってきた僕は、さっきから適当な生返事をしているのだが、恭弥はそんな事気づかない。

 それどころかアルコールが回ってきたのかだんだん声がでかくなって来ている。

「原作にリスペクトがないんすよねー。そもそも父親が気が狂って大量殺人したからって自分もそうなるかも!?なんて思いますかねー」

「いや、僕はわかるな、その気持ち……」

 最初、誰がそう言ったのかわからなかった。それが端に座った背の高い彼だと気づいた時は驚いた。あの自信なさげが彼が、他の客の話に入って来るとは思わなかったからだ。

「自慢できる事ではないが、僕の父は気が狂って亡くなったんだ。いや、初めからそうだったわけじゃない。僕が幼い頃の父さんは靴職人をしていてね、僕をそれはそれは愛してくれて、いつも本の読み聞かせをしてくれた。それで僕自身も物語を作るのが好きになると、いつも僕が作った物語を目を細めて優しく聞いてくれたものさ」

 この話がどこに転がっていくのかまるでわからない。だが、なぜかこの人の話には惹きつけられるものがある。

「僕が空想家になったのには父だけではなく、祖母の影響もあるかもしれない。祖母も僕を大変愛してくれたけれど、なぜか日常的にどうでもいい嘘をつく人だった。よく覚えているのは『私は実は旧家の貴族の血を引いている』というもので、当時貧しい生活をしていた僕はそれを真に受けていつか大きなお屋敷から迎えが来て、もっといい生活をさせてもらえるんだ、と空想したものだよ……。いや、話が逸れたな。ともかく、父は一生懸命働いてくれたが、ウチは貧しかった。だからある時身代わりに戦争に行ってくれるならお金を支払うという裕福な農民の息子の代わりに、二年間戦争に行ったんだ。

 たぶんまとまったお金が入れば自分の店を構えられると思ったんだろう。ところが、父が思うより戦争はずっと過酷だった。復員して来た父は、もう以前の父では無かった。そして悪いことは続き、デンマークが戦争中に財政破綻してしまったせいで、本来なら払われるはずの給金も支払われなかった。その事も引き金になったのだろう、父は徐々に精神のバランスが保てなくなり、最後は気が狂って衰弱死した。

 恐ろしい事に父方の祖父も気が狂って亡くなっている。そして虚言症の祖母だ!僕もそうならないという保証はどこにもないだろ!僕は怖い……僕にはその話の人の気持ちが痛いほどわかる……」

 呆気に取られている恭弥をよそに、彼は両目から大粒の涙をこぼした。彼の立派な鼻筋を通って、ポタポタとカウンターに落ちる。

 僕は何か話題を変えなければと思い、声をかける。

「……何か、飲みますか?」

 口にしてから自分でももうちょっと気の利いた事あっただろ、と反省したが、間髪入れず彼から

「ポートワイン」

と返答が来たので、あ、飲むんだ。と思った。

 ウチの店では昔ながらのおじいちゃんしか飲まない赤玉ポートワインを出してやる。僕も少し飲んだ事があるが、甘すぎて何かで割って飲まなければいけなかった。

「お待たせいたしました」

僕がグラスを置くなり、彼はスッと取って一気に飲み干した。

「うん、甘さは控えめだけど、美味しいワインだ。もう一杯頂こう」

これが甘さ控えめだって!? 僕が驚愕しているのがよほど顔に出ていたんだろう。大将が説明してくれた。

「本場のポートワインは発酵途中でブランデーを加えて酵母を止めるから、とても甘いんだ。日本のポートワインよりもね」

 ははぁ。赤玉でさえも甘すぎた僕には飲めそうも無いな……。

 彼はワインを飲んでいくらか気分が高揚したのか、メニュー表を見出した。

「このタコさんウィンナーっていうのは何だね? ま、まさかタコを食べるんじゃあ……」

 またもパニックを起こしそうなので、僕は慌てて説明する。

「いえいえ! タコさんウィンナーにタコは入っていません! 普通の肉のウィンナーソーセージに切り込みを入れて、タコの形にして焼いたものです」

 すると彼の表情が柔らかくなる。

「なんだ、普通のソーセージか。僕は加工肉ならカリカリに焼いたベーコンが一番すきなんだが、ソーセージも好きだよ。それじゃあそちらをもらおうか」

 本当はタコが食べたいなら揚げたこ焼きとか、タコ唐揚げとかありますよ、と出かかったが面倒な事になりそうなので黙っていた。

 タコさんウィンナーはポートワインと同じく、ウチではおじいちゃんたちが懐かしがって頼むくらいだ。

 大将が上手にタコにしたウィンナーを並べた皿を持っていくと、彼の目は輝いた。

「これは……なんて……可愛らしいんだ! これだけで一つ物語が出来そうだ! 君、これと同じものをお土産に作ってくれないか?」

 大将の顔を見るとOKらしかったので

「ご用意します」

 と、答えた。

「奥様にお土産ですか?」

 そう尋ねると彼の顔はみるみる曇った。

「僕に妻はいないよ……。それどころか誰かと交際した事もない。僕を受け入れてくれる人などどこにもいないんだ!」

 また彼の目が潤んできたので、僕はまた、慌てて話題を変える。

「あ、でもほら、めずらしい料理をお土産にするくらい親しい方がいらっしゃるじゃないですか!」

「あぁ、それは今、尊敬できる偉大な作家であり、僕の大切な友人のところに宿泊させてもらっているから! 当初二週間の予定だったのだが、あまりに楽しくてね。かれこれ五週間程になる。ううん、このウィンナー美味しいじゃないか。僕が知っているウィンナーソーセージよりずっと柔らかくてこのワインにも合う!」

 僕は甘いワインの味を思い出して、いや絶対合わないだろと思ったけども、もちろん黙っていた。

 それにしてもさっきから泣いたり笑ったり忙しい人だ。本人は楽しいと言っているが、こんな情緒が不安定な人がずっと家にいる友人はさぞかし大変だろうと思った。

 お土産のウィンナーができると彼は意気揚々と店を出て行った。結局ポートワイン一本を空けたが、酔っ払った様子もなく。

「本当にこの店、海外のお客さん多いんですね。イングリッシュパブとはいえ、こんな住宅街にある店なのにどうしてだろ」

 恭弥が出て行った彼を視線で追いながら、そんな事を言う。

「うーん、何でだろ。僕も最初は疑問だったけど、なんか慣れちゃった」

「先輩は相変わらずノンキですね。それにしてもさっきのお客さん、あの人に似てましたね。何でしたっけ? 童話の?」

「童話ぁ? 知らないよ。僕が知ってる童話作家の顔なんて宮沢賢治と角野栄子くらいだよ」

「えー、それと同じくらい有名ですよー」

 恭弥はそう言ったけど、僕はそれ以上知らないと思い出す努力もしなかった。

だいたい対面してる時に思い当たらなかったのだ、帰ってからなんて思い当たるはずもない。

挿絵(By みてみん)

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