第二十八話 鮭のハラス焼き
お客さんの流れが一段落して、テーブル席を片付けていると、ドアが開いた。入ってきたのはいかにも上等なドレスを着た婦人で、綺麗で上品そうな彼女はこんな居酒屋、じゃなかったパブには場違いだった。本人もそれを自覚しているのか、どこかオドオドとしながら恐る恐るカウンターに腰掛けた。
「何を飲まれますか?」
そう尋ねると、ぎこちなくメニューを開くと豊浦いちごワインを選んだ。
「いちごワイン好きなんですか?」
その質問にも少し顔を赤らめて、
「ええ、自分でもブラックベリーでワインを作ったりしているので」
「へぇ、美味しそうですね!このワインも甘くて美味しいですよ」
そんな風に答えながら、あれ、酒税法の関係でお酒自作するのって違法じゃなかった?と思ったが、あれは日本だけなのかと納得した。
続けて彼女はメニューから鮭のハラス焼きを注文した。
それは果たしていちごワインに合うのか?
「すみません、この鮭は海の鮭ですか?」
「は?いやそうですね。川とか湖とかでは無いと思いますよ」
「そうなんですね、私湖でよくマス釣りはするので食べ比べてみたいと思いまして」
「へぇ、意外にアウトドア派なんですね」
「アウトドア派?」
「ああ、外遊びというか、自然と触れ合うのがお好きというか」
「あーそうですわね。私は幼い頃から虫やキノコ、動物なんかに興味があっていろんな生き物を飼っておりましたの。だから、外に出るのは大好きでしたわ。確かにアウトドア派?なのかもしれませんね」
彼女はそう言って小さくくすくすと笑った。
佇まいや喋り方などから、相当いいとこのお嬢様なのかと思った。それに、かわいいし。
焼き上がったハラスを持っていくと熱そうにふぅふぅしながら食べている。かわいい。
「脂が乗っていてとても美味しいですわね。炭火で焼いているせいかしら?香りもとても良いし」
「あぁ、確かに川魚はちょっとクセありますもんね」
彼女はにっこり微笑んで、残りのハラスを食べ切った。立ち上がった彼女に、もうちょっといて欲しくて質問をする。
「こういうパブはよく行くんですか?」
「そうですね、行きつけのパブにはよく行きますが、初めてのお店に一人で入ったのは初めてです」
「じゃあ勇気を出して入ってくれたんですね。どうしてウチだったんですか?」
「私が幼い頃家族旅行で行った湖水地方の宿に、なんとなく佇まいが似ていた気がして……」
イングリッシュパブに改装した大将、グッジョブ!!
「私、幼い頃学校に通っていなかったので、同じくらいの年齢の方と関わる機会が少なくて。いえ、教育を受けていないという意味ではないのよ? 家庭教師にマンツーマンで勉強を教わりましたから、きちんと読み書きはできますのよ? ですが、人と関わらなかったせいか、人見知りというか引っ込み思案というか、そういう性格になってしまって……。いい大人がこれではいけないと、今日は勇気を出してお店に入ってみましたの。でもここにして本当に良かったわ。お魚もお酒もとても美味しかったもの」
「ぜひ。ぜひまたいらしてください。お待ちしております」
彼女は最後に小さく指先で手を振って、優雅に出て行った。なんだか妙にドキドキした一夜だった。




