第二十五話 豚丼
カウンターに座っている青年を、僕は知っているような気がしていた。でもどうにも誰だったか思い出せずに、必要以上にジロジロ見てしまった。
彼はこの店にはめずらしく日本人で面長の顔に、短めの髪を七三に分けていた。
くっきりした二重で若干タレ目のところも、形のいい鼻も絶対に見たことあると思うのだが。
彼はジョッキでハイボールを飲んでいて、メニューを真剣に選んでいた。
「あれ一杯目ですよね? 一杯目からハイボールなんですね」
と、大将に言うと、大将は
「いや、あれただの炭酸水。お酒全然飲めないんだって」
と言った。
悩んだ結果、彼は豚丼を頼んだ。
炭火で炙った豚肉に甘辛いタレがかけられ、油とタレでテラテラと光っている。
見るからに細く食が細そうな彼には意外なメニューだと思った。
「僕は甘いものやこってりしたものが大好きでね。めずらしい洋食なんかも目がないんだ」
めずらしい洋食ってなんだ?と思いつつ、意外にもバクバクとすごい勢いで消えていく豚丼を見ていた。
「細いのによく召し上がるんですね」
そう言うと彼は、にっこりと笑った。
「何を隠そう僕はとても食いしん坊なんだ」
大人の人が自分の事を食いしん坊というなんてちょっとかわいいなと思った。しかし、快調なのもそこまでだった。
豚肉な残り少しになった頃、今までの勢いが嘘のように、食べるスピードが遅くなった。
次第に顔色が悪くなり脂汗をかき始めた。
「お客様、何か体調不良ですか?」
心配してそう尋ねると、彼は
「いや、心配ない。持病の胃潰瘍だ。こんな風に脂っこいものを食べた後はどうしてもこんな状態になるんだ……」
と言った。僕は内心呆れた。この人さっき甘いものやこってりしたものが好きだと言ってなかったか?そんなに具合悪くなるならそういうものは控えればいいのに。
脂汗をかくほどの胃痛で青い顔をしながら、それでも豚丼をきっちり食べ切るあたり、食いしん坊というのも本当かもしれない。
「向井くん、胃薬出してあげて」
そう大将が言うので、僕はレジの台になっているキャビネットの引き出しから市販の胃薬を出して、水と一緒に私てやった。
彼は苦そうな顔をして飲み込んだ後、しばらくは動けなかったが、そのうち薬が効いてきたのか、顔色が良くなってきた。
「ふぅ。だいぶ楽になってきた。じゃあ次は何を食べようかな」
というので、さすがに止めた。
「留学で普段は貧乏生活をしているんだ。たまにはいいじゃないか」
「いや、たまの贅沢はともかく、胃薬飲んで胃痛を抑えてる状態で追加で食事するのは絶対に良くないですって!」
「君も商売っ気がないなぁ。仕方ない、今日のとこは帰ることにするよ」
そう言って彼はお会計をして、帰っていった。
ここまでいくと、食いしん坊というより食い意地が張ってるだけじゃないかと思った。
それにしても胃が痛くなってからでも食べたいって相当な気がする。普通は食欲も失せてしまうだろうに……。
「なんだか変な人でしたね。でも僕あの人どこかで見た気がするんですけど、有名人でしたか?」
すると大将はニヤリと笑った。
「まぁ、まだ口髭無かったから印象が違ったかもね。まだ猫を飼ってもいないみたいだし」
と、よくわからない事を言った。
僕は頭の中で、必死にあの顔に髭をくっつけようとしたが、うまく想像できなかった。




