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第二十四話 ポテトサラダ

 常連さんから話しかけられて、しばし談笑していると、ドアが開いた。

 身長的には僕とそんなに変わらない180まではいかないくらいだと思うが、ガッチリとした体型と独特の髪型で、なんだかもの凄く大きく見えた。

 なんと言ったらいいのか、上下左右に広がった髪の毛と立派な口髭が繋がっていて、さながらライオンのタテガミのように見える。その頑固そうな表情もなんとなく肉食獣を連想させた。

「ビールをもらおうか」

 いつも決めているのだろう、彼はカウンター席に腰を下ろすや否やそう注文した。

 程なくビールを持って行くと、なぜかグラスをまじまじと見つめていた。

「おい、グラスに霜が付いているぞ!」

 僕はそれの何に声を荒げているのかわからない。

「はい、ウチはビールをキンキンに冷えた状態で飲んでいただくために、グラスから冷やしているんです」

「何? ビールをキンキンに冷やす? そんな事をしてしまったら味も香りもわからなくなってしまうじゃないか!」

「ええ?ビールが冷えてるなんて普通じゃないですか。ぬるいビールなんて美味しくないでしょ」

 その言葉にまた、信じられないという顔をされる。

 その時大将が大きな声で笑った。

「あのね、向井くん。世界的にはビールをキンキンに冷やして飲む地域と常温に近い温度で飲む地域があるんだよ」

「ええー?冷えてないビールなんて飲みたくないです」

「君はまだ本当のビールを飲んだ事がないんだな。常温に近いエールビールの、華やかな香りを味わってこそ、ビールの本質というものだよ」

「お客さんこそ、ごちゃごちゃ言ってないでまずは飲んでみてくださいよ。いいですか?これはラガービールですから、口の中で味をじっくり味わうというよりは、喉をパカっと開いて、滝のように一気にビールを流し込むんです。そうやって喉越しを味わうんですよ。すると、ちゃんと鼻からビールの香りがすっと抜けていって、美味しいんですから」

 おじさんはじっと僕を疑わしそうな目で見ていたが、それでもグラスを持って、一気にビールを煽った。

 すると瞳が大きく見開かれる。

「おぉ……これは……なかなか……。いやいや、それでもやはり、エールビールの香り高さには及ばないな」

 そんな事言ってる割にはビールをぐいぐい飲んで、あっという間にグラスをカラにした。

 しかも間髪入れずおかわりを頼む。

 もう、頑固な言葉の割には気に入ってるじゃないか。

「大将〜、今月って給料早めに出ませんかねー」

「どうしたの向井くん」

 僕は小さくため息を吐く。

「いえ、今実家から弟が遊びに来てるんですけど、やれ食いに連れて行けだの、やれ飲みに連れてけだの、出費が嵩んでしまって……」

「お酒飲みたいならウチに連れて来ればいいのに」

「嫌ですよ、自分の職場で飲むなんて、仕事モードに入っちゃうじゃないですか」

 それを聞いていたライオンのおじさんが口を挟む。

「ほう、君には弟がいるのか。私には姉や妹の他に兄や弟もいたのだが、どういう訳か私以外の男兄弟はみな、若くして亡くなってしまってね。私も兄や弟たちと酒を酌み交わしたかったよ」

 急にしゅんとした態度になり、ちょっと心配になる。

 僕は話題を変えようとしたが、突然おじさんの方から話を変えてきた。

「ところで青年、給料はまともにもらっているのか?」

「はい? ちゃんともらっていると思います、けど」

「いいか。資本主義は労働者こそが主役でなければならん。雇い主が利益を一方的に享受するのは健全な社会とは言えない」

「なんですか、急に」

 すると、おじさんはハッとしたような顔をした。

「いや、すまんすまん。私はどうにも若者が貧困にあえいでいるのを見ているのが忍びなくてな」

「貧困にあえいでいるって……。失礼な、そんなに貧乏じゃありませんよ」

 おじさんはバツが悪くなったのかメニューに目を落とす。

 入ってきた時はとっつきにくそうだな、と思ったが、意外にも表情がころころ変わって面白い。

「この料理はなんだね?」

 おじさんが指差したのはポテトサラダだった。

「ああ、ジャガイモをマッシュして、野菜と共にマヨネーズで味付けしたサラダですよ。食感的にはマッシュポテトに近いですかね」

「ほほう、マヨネーズか。最近流行っているソースだな。それをポテトに使うとは、なかなか斬新な事をするんだな。私は母がネザーランド出身だったから、よくポテトを潰して作った料理を作って来れたものだが、これは初めてだな」

 僕は冷蔵庫から皿に盛り付けられたポテトサラダを出して、ラップを外して出してやる。

「何? この料理も冷たいのか! この店は冷たいものばかりだな」

 それはたまたまだろうと思ったけど、ポテトサラダをちびちび食べながらビールを飲んでるとこを見ると、これも気に入ったらしい。

「確かに、この料理は、冷えている方が、美味いな。このキューカンバーの食感が、アクセントになって、美味いな」

 食べるか喋るかどちらかにすりゃいいのに。

 確かにたまにポテトサラダって食べたくなるよな。でもこのメニューもまた、大将がめんどくさがって作りたがらない一品である事を僕は知っている。

 僕がそう言うと、大将は

「だって工程が多いんだよー。ジャガイモは茹でて皮剥いて潰さなきゃいけないし、人参玉ねぎは切ってから茹でなきゃいけないし、きゅうりは刻んでから塩揉みして水分出さなきゃいけないし。しかも冷えてないと美味しくないから最初に仕込まないといけないし、毎回出鼻くじかれるんだよ。その割にそんなに出ないし……」

「はぁ、だから賄いにポテトサラダよく出てくるんですね。美味しいからいいけど」

「そりゃ賄いなんて本来残飯処理というか、廃品処理というか……」

「ちょっと、人をコンポスト扱いしないでくださいよ」

 そうは言っても大将の料理は美味しいし、売れ残りでも全然不満はないんだけどね。リクエストしたら残り物以外も全然作ってくれるしね。

挿絵(By みてみん)

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