第二十二話 フライドポテト
立派な髭を生やした白人のおじさんがワインをちびちび飲んでいる。
から酒で酔いが回らないのかな、と思っていたところ、おじさんが手を上げた。
「すまない、君。何か食べたいのだが、食べやすくて腹に溜まり、酒のつまみになるようなものはあるかね?」
「もちろんですここは居酒屋ですからね」
「居酒屋……?」
「あ、いや、パブでした……」
大将がちらっとこちらを見る。
そうだった。いくら改装前の居酒屋と出してるメニューが変わっていなくても、今この店は一応ロンドンパブという事になっているんだった……。
「ワインとご一緒でしたらたぶん海産物じゃない方がいいと思いますので、例えば……フライドポテトなどどうでしょうか」
「フライドポテト?」
すると大将が話を聞いていたようで解説を引き継いでくれた。
「イギリスでいうところのチップスですかね。もともとはベルギー、あぁ、ベルジャムで生まれ、フランス経由でアメリカに持ち込まれ、それが今では日本でも一般的な料理として食べられています」
「ほほう、ベルジャムとは。私が生まれる四年前にネザーランドから独立したばかりの新しい国だな。そんな料理をこんな風に食べることになるなんてな」
おじさんは当然のようにフライドポテトを注文する。
待っている間、暇だったのかカバンから革張りの立派な本を取り出した。何かと思えば、開くとそれはスケッチブックだった。
スケッチブックには植物が複雑に絡み合うようなデザインがたくさん描かれていて、おじさんは白紙のページを捲るとスラスラとまた絵を描き始めた。
「イラストレーターさんなんですか?」
僕が問うと、おじさんは照れ笑いした。
「イラストレーター? というのが何なのかよくわからないが、画家かという意味で聞いているなら、私は画家ではない。この絵は壁紙やステンドグラスなどのデザインだな」
「へえ! インテリアデザイナーさんなんですか」
「インテリアデザイナー? 君はさっきからよくわからない職業をたくさん知っているな」
今ひとつ噛み合わない会話をしているとフライドポテトが出来上がってきた。
おじさんの前に出してやると摘んで口に運ぶ。
「あちっあちっ。熱いが、これは、とても美味いな。このトマトソースを付けると、また味が変わって、美味い」
おじさんはフライドポテトを凄い勢いで食べている。たぶん口の中は火傷でベロベロになってるんじゃないかと想像して、僕は身震いした。
「私は若い頃友人とフランス旅行をしたんだが、こんな料理は食べなかったな。惜しい事をした。まぁでもあの旅行で芸術家を志していなかったら今の仕事にはついていなかっただろうから、全くの無駄という事はないがな」
おじさんはぐいっと残っていたワインを飲み干すとおかわりを注文した。
フライドポテトは結構な量があったと思うが足りなかったのか、追加で裏メニューのペペロンチーノを食べていた。
僕もなんだかお腹が空いてきた。僕はフライドポテトにバターが一欠乗っているのが好きだ。
揚げ物にさらに油、と思わないでもないが、美味しさの前では高カロリーは無罪放免になるのだ。
「向井くん、そろそろ賄い食べる?」
タイミングよく休憩時間になったので、僕は迷わずフライドポテトを頼んだ。もちろんバターも乗せてもらう。
僕がもりもり食べていると、大将がうっぷと声を出した。
「どうしたんですか?」
「いや、若いなあと思って。僕はそんなバターたっぷりの揚げ物なんて、見てるだけで胸焼けが……。僕なんて揚げてるだけでもお腹いっぱいなのに……」
「ダメじゃないすか」
大将の加齢をネタにしながら、今日も夜は更けていくのだった。




