第十九話 カラフトシシャモ
その日僕が出勤すると、すでにカウンター席に白人の男性二人が座っていた。
一人は白髪の高齢の男性で立派な顎髭生えていた。
もう一人は丸顔の中年男性でぴっちり分けた黒髪と立派な口髭が生えていた。
二人は二席も間を開けて座っていたから、最初は他人同士かと思っていたのだが、そんなに離れて座っているのに、ぼそっ、ぼそっと独り言を言うみたいに相手の方も向かずに会話をしていた。
「向井くん、これ、そちらのお客様に」
どうやら老人はカラフトシシャモを頼んだようで、僕はラム酒をチビチビ飲んでいる老人の前に皿を届けた。
「お待たせしました」
「いくらフィクションだと言っても科学を取り扱う以上、事実に基づいて話を進めるべきだ。なんでもござれにするなら、科学なんて扱わなければいいじゃないか?」
「はい?」
思わず僕は聞き返したが、軽く手を上げて制されてしまった。
すると今度は中年男性の方が、まっすぐ前を向いたまま呟いた。
「想像の翼は自由であるべきだ。科学的制限に囚われたまま、満足のいかない結末を迎える事に何の意味があるのか。月世界旅行なんてタイトルを付けておいて帰ってくる手段がないから着陸もしない、なんて読者を満足させられるとは思わないね」
こちらの男性は黒ビールをグビグビ飲んでいる。
「なんですか?」
すると今度は中年男性が老人とそっくりな仕草で手を上げて僕を制した。
視線を感じて大将を見ると、静かに目配せをして、小さく首を振った。構うなと言っているのだ。
「はっ。ありえない、まともに説明も出来ない謎の物質を引き合いに出して無理矢理帰還するのが想像の翼かね。それでも空想科学小説と呼べるのかね」
老人の反論だ。僕には何を話しているかさっぱりわからなかった。
「ああ、君」
放っておこうと思っていた僕に中年男性が声をかけてきた。
「あ、はい!」
「あの客が食べている魚はなんだね?」
あの客、だなんてあくまで他人を装うらしい。
「あれはカラフトシシャモですね」
すると大将が説明を変わってくれた。
「日本にはシシャモという魚がいるんですが、収穫できる場所が限られているうえに、年々漁獲量も減っているので価格が高騰してまして。そこで、カラフト、つまりソ連のサハリンですね、周辺で獲れるカペリンという似た魚をカラフトシシャモと呼んで提供してるんです。まあ、実際日本で売られているのはノルウェーとかアイスランドで獲られたものが多いみたいですけど」
「つまりシシャモの偽物って事か」
男性がそう言うと、大将は笑った。
「偽物も何も、日本人が勝手に代用品にしているだけで、カペリン本人はそんな事思ってないでしょう。それに、カペリンも充分に美味しいんですよ。つまり実力が伴えばそれは本物って事ですよ。科学的に正しくても正しくなくても、面白いものは全て本物って事です」
するとそれを聞いていた二人は初めてお互いの顔を見つめ合って、気まずそうに俯いた。
なんだ、口論していたわりにはさっきから動作がそっくりじゃないか。
仲がいいんだか悪いんだか。
「会計を!」
老人が立ち上がった。大将が尋ねる。
「お会計はご一緒で?それとも……」
「「別々で!!」」
僕は他の客の注文を取ったり料理を運んだり忙しくしていたので、二人が見事なユニゾンでそう答えていたのだけは聞こえていたが、最後は仲良く帰ったのか、それとも最後まで他人のふりをして帰ったのかはわからなかった。それだけは見たかったなと思った。




