第十六話 唐揚げ
ビールのジョッキを運んでいると、ドアからゴホゴホと咳き込みながら白人男性が入ってきた。
「まったく、この排気ガスはたまらんね。喘息の発作が出てしまう」
ひとくさりゲホゲホやった後、彼はカウンター席に腰を下ろした。覗き込んだメニューに指を挿して、
「おぉ、ジャックダニエルがあるじゃないか。こいつをロックでもらおう」
と言った。丸い顔に口髭、丸メガネをかけた一度見たら忘れないような顔をしている。そのどこか愛嬌のある顔に、僕はなんとなく親しみを覚えた。
「おつまみに何か召し上がりますか?」
「うーむ、そうだなぁ。私はフライドチキンにホワイトグレイビーソースをかけたものが好きだな。それはあるかね?」
「ええと、フライドチキンはございますが、ホワイトグレイビーソース?は申し訳ないのですが、ご用意がございません」
ホワイトグレイビーソースってなんだよと自分で言いながら思っていた。
「何?ホワイトグレイビーソースがない??それはいかん。私はフライドチキンにはホワイトグレイビーソースが無しでは食べないのだ」
よくわからないが、その謎のソースに強いこだわりがあるらしい。
僕は心の中でこっそりめんどくさい客認定をした。
「それではフライドチキンではないですが、日本風に鶏肉を揚げた唐揚げはいかがですか?ソースはございませんが、お好みでレモンをかけていただければ、揚げ物なのにさっぱりと食べる事ができますよ」
そう言うと興味をそそられたのか、注文してくれた。
それから再びメニューに目を落とすと、今日のおすすめが書かれた紙をじっと見つめていた。
「この辺りは鹿が獲れるのかね?」
「えっ?」
今日は常連のお客さんが鹿打ちに行ってきたからと鹿肉をくれたので、特別メニューで鹿串を出していた。
「いや、たまたま猟が趣味のお客さんがいて、持ってきてくれたんですよ」
すると男性は目を輝かせた。
「ぜひともその方とは話がしてみたいな。私も猟が趣味でね。今までにたくさんの大物を仕留めたもんさ」
「見つけた獲物は逃さないって感じですか?」
「いやいや、猟だからな。逃げられる事もあるよ。それに自分から見逃してやった事もある」
「自分から、ですか?それはどうして」
「いつだったか、猟に出かけた時、なかなか獲物が見つからなくてな。山の中をずいぶんと歩き回ったんだ。すると見かねた同行していたハンターが猟犬を使って一頭の熊を追い詰めてくれて『さあどうぞ、打ってください』と言うんだ。トドメだけ私に譲って私の手柄にさせようとね。しかし私は瀕死になった熊を打つのはどうしても抵抗があってね。『瀕死の熊を打つのはスポーツマンシップに反するだろ?』とその熊を逃したんだ」
「はぁ、そうなんですか……」
正直瀕死まで追い詰めておいて、トドメだけ刺さないって、苦しんでどこかで死んだんじゃないかと思うと、打って楽にしてやった方が良かったんじゃないかと思ったが、余計な事は言わず黙っていた。
そうこうしていると唐揚げができてきた。出してやると美味そうに頬張り、ウィスキーをグッと飲んだ。
「確かにレモンをかけて食べるのもアリだな」
「日本では唐揚げと一緒にウィスキーのソーダ割、つまりハイボールを飲む組み合わせをハイカラと言い、ハイカラという西洋風のおしゃれな身なりや進歩的な様子を指す言葉と同音な事から、若者の間ですっかり定番になったんですよ」
「ふーむ、ハイカラか。では次はそのハイボールとやらを頼んでみようかな」
男性はその後もおおいに飲み食いをしてくれ、他の常連さんとも仲良くなり、閉店までずっといてくれた。
唐揚げを勧めて良かった。




