第十四話 焼き鳥
ウチは夕方六時オープンだが、時折常連客がフライングで五時過ぎから来店する事がある。大将自体は三時過ぎには仕込みの為に店に来ているので対応できない事もないが、やはりオープン時間は守って欲しい。
カウンターに座っている白人のおじさんはたぶん今日初めてだと思うのだか、五時半から飲み始めていた。シャンパンはないかというのでスパークリングワインしかないというと、少し迷った挙句、ブランデーを飲んでいた。シャンパンにしてもブランデーにしても、あんまり居酒屋で飲むもんじゃないだろ、と思ったが、表向きここは居酒屋じゃなくてパブだったな、と思い直した。
丸顔でお腹の出た体型。僕はなんとなく『鏡の国のアリス』に出てくる卵のキャラクター、ハンプティダンプティを連想した。しかし見た目はハンプティダンプティっぽくても、温厚そうな顔を見る限り、中身は違うらしかった。
「この焼き鳥というのは、文字通り焼いた鶏なのかい?」
「あ、はい。串打ちした肉を炭火で焼いたものを焼き鳥と言い、単純に精肉だけではなくレバーやハツ、皮など部位ごとにいろいろ種類を用意しています。焼き鳥と言っても地域によっては、豚肉の串焼きをそう呼ぶ事もあるんですよ」
「ほう、豚肉も」
「味付けはシンプルな塩胡椒とお店毎に作っているタレの2種類から選ぶのが主流です。アレは甘辛いタレが多いですが、ウチは甘さは控えめです」
「はあ、そうなのか。ではとりあえずは塩で食べてみようか」
おじさんは何種類かの焼き鳥を頼んだ。
大将の焼き場から鶏の油が炭に落ちて焼ける食欲をそそる匂いが漂ってくる。
「私が幼い頃、父が鶏肉と果物の卸売りをやっていたから鶏肉はよく食べたが、こういう食べ方は初めてだ」
「日本では奈良時代、つまり西暦七百年代からある歴史の古い料理なんですよ」
へぇ。大将は本当に料理の事はよく知っている。焼き鳥ってそんな昔からあるのか。まあ串に刺して焼いた料理だから、誰でも思いつきそうだしな。
そうこうしているうちに焼き鳥の盛り合わせが出来上がった。
おじさんは串に齧り付くと、相当熱かったのかはふはふしている。
「なんと。これは。こんな小さな肉だというのになんてジューシーなんだ。こんな料理を知らずに生きてきたたんて損をしていたな」
そんなに? 確かに大将の焼き鳥は美味しいけれど、それはさすがに大袈裟じゃないのか?
「私の父は厳しい人でね。しつけにはうるさかったんだ。だから私は学校も厳しいところに入れられてね、割と真面目な生徒だったと思うんだが、それでもよく硬いゴムのムチでムチ打ちされたもんだよ」
うわぁ、今なら完全アウトじゃん。
「でも私もよく鶏小屋に忍び込んでは卵を盗んで、窓にぶつけて反抗したもんだよ」
いやいや、それのどこが真面目な学生なんだよ。
「ムチ打ちも痛かったが、鶏に突かれるのも痛かったな。あの頃はすっかり鳥が怖くなってしまっていたよ」
うん、自業自得だな。
おじさんは怖かったという鳥に復讐でもしているかのようにバクバクと焼き鳥を食べ、今度はタレでと同じ部位のタレバージョンも平らげて帰って行った。
果たして焼き鳥とブランデーって合うのか?と思ったが、ボトルキープまでして帰ったところを見ると気に入ったらしい。
「すごい食べっぷりでしたね」
「ああ、あの人は美食家だからね。焼き鳥は初めてだったみたいだけど、ローストチキンは好きだったんじゃないかな」
「えっ、あのお客さん、初回じゃないんですか?」
「いや、ウチに来るのは初めてだよ」
大将はそれ以上言わなかったから、僕も深くは聞かなかったが、なんで大将は初めて店に来たお客さんの事をそんなに知っていたんだろうか。
僕は家に帰ってから、やっぱりちゃんと聞けばよかった、次出勤したら聞いてみよう。と思った。しかし次の出勤は数日空いていたので、その間にこの疑問は忘れてしまった。




