第十三話 電氣ブラン
「この電氣ブランってなんだい?」
グラスを片付けていると、そう尋ねられた。
口髭を生やした白人青年はシュッとしたいかにも賢そうな顔をして、好奇心満々といった様子で琥珀色の液体が入った瓶を指差した。
「電氣ブランは明治時代に東京浅草のバーで生まれたお酒です。ブランデーにワイン、ジン、ベルモットと薬草を秘伝の割合でブレンドしたお酒です。ピリッとした味わいから電氣の名前がついたとか当時は電氣がハイカラだったためそう名付けられたとか言われています」
すると青年は再びじっと瓶を見つめて、じゃあそれをとたのんだ。
僕がグラスに電氣ブランを注いでいると、スマホがピロンと音を立てた。大将に断ってスマホを開くと、最近始めたお店のインスタにDMが来ていた。僕の出勤日を尋ねるDMに返信をする。
「順調にフォロワー増えてますよ」
そう言うと大将は
「それ、ほとんど向井くんのファンじゃない?フォロワー増えてもお客さん別に増えてないよ」
「もう、そんな事言うなら大将がアカウント管理してくださいよ……」
そんな話をしていると青年が再び話しかけてきた。
「なんの話ですか?」
「え?いや、この店の宣伝の話をちょっと……
」
「あー宣伝ですが!宣伝は大事ですよね。僕はね、かつて憧れの人の会社に就職していた事があるんです」
僕は少し興味をそそられて、食いついた。
「憧れの人……どんな人だったんですか?」
「類稀なる発想で、今までこの世になかったものを作り出すような人です」
「へぇ!天才じゃないですか」
「まぁ本人はひらめきより努力だなんて言ってましたけどね。僕はそこで彼が生み出したものの強化などをして会社の利益を増やしていたんです」
「それってあなたも相当すごいんじゃ……」
僕の呟きは聞こえなかったのか、彼は話を
続ける。
「でも僕が独立して新しいものを生み出した途端、その人は『あれは危険だ』『良くないものだ』というキャンペーンを始めたんです」
「うわっ、自分の後輩が独立したからってネガキャンするなんて、とんだクソ野郎ですね」
僕が憤慨していると、彼は不思議そうに尋ねた。
「ネガ……キャン?」
「ネガティヴキャンペーンの略です。ようするにこの商品はダメですよーとか、この店は美味しくないですよーみたいな、相手の悪い印象を宣伝する、みたいなことです」
「あーまさにネガキャンですね」
青年はグラスに残った電氣ブランを一気に飲み干した。
「じゃあウィスキーをロックで」
「あ、電氣ブランは口に合わなかったですか?」
「いや、なんだか昔の話をしたら、少し酔いたくなりましてね」
嫌なことを思い出したのだろうか。まぁでも電氣ブランもアルコール度数は30%くらいあるんだけどな、なんて事を思いながら、僕はおかわりのグラスを差し出した。
「まあ、腹は立ちましたけど、やはり彼が偉大な事は事実ですからね」
そう呟く彼は、グラスの氷を指でくるりと回した。そしてグラスに口をつけると、わずかに眉間に皺を寄せた。




