第十一話 エビフライ
その白人男性が入って来た時、僕はギョッとした。肩まで伸ばした髪は緩やかにパーマがかけられていて、その薄手のコートの衿元には本物と思われるキツネのファーが飾られていた。来ていたスーツもネイビーでありながら、表面がモルフォ蝶の様に光を反射するもので、一言で言ってド派手だった。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
内心の動揺を隠しつつ、カウンターへ案内すると、さっと足を伸ばしてから座る、なんとも芝居がかった仕草をした。
一瞬でいけすかないと思ったけども、まあ客なので黙っていた。
男性はメニューを見ていたが、カウンターに置いてある緑の酒を見つけ指差した。
「お、こんな店なのに、アブサンがあるじゃないか。君、こちらをくれたまえ」
このアブサンは常連さんがお土産だと言って置いて行ってくれたのだが、こんな度数が高くてクセのある酒誰も頼まなかった。ある意味このクセの強い客にはピッタリだ。
「角砂糖はいりますか?」
と尋ねると、
「ノーセンキュー!」
と答えた。
僕がグラスを持っていくと、パシッと音を立てて手が握られた。
「よく見ると君、美しい顔してるじゃないか。今夜僕の相手をしてくれないかい?」
それこそノーセンキューだ。
「僕、男ですけど」
「わかっているとも。人類を愛するのに男性だとか女性だとか、そんなのは些細なことさ」
あ、そういう人なんだ。僕が戸惑っていると大将が
「お客さん、ウチのバイトを勤務中に口説くのはやめてください」
と注意してくれた。
「それは残念」
そう言いながら僕にウィンクをする。手を離してくれたので注意してくれたのはありがたいが、勤務中は、ってなんだ大将。
「この、エビフライってなんだね?」
男性がメニューを指差しながら尋ねる。
「読んで字の如く、エビにパン粉を付けて揚げたエビのフライです。お酒のつまみにもいいですよ」
「ビューティフルな君がそう言うのなら、それを頼もうか」
なんだろう、若干頭が痛くなって来た。
正直ウチのエビフライは冷凍食品だから、そんなにめずらしいものでもない。ただ大将の火加減が完璧なので、外はサクッ、中はプリッと非常に美味い。
「お待たせしましたぁ」
エビフライを持っていくと再び手を握られた。
「君の様なビューティフルボーイと一夜を過ごせないなんて、すこぶる残念だよ」
男性は若干長いその顎をしゃくりながらそう呟く。やれやれ。
食べ始めると気に入ったのかタルタルソースをどっぷりと付けながら咥えるようにして食べている。先ほどの発言からエビフライを咥えていると、何か良からぬ想像をしてしまいそうになって、僕はブンブンと頭を振った。
バイトの終了時間まで粘られたらどうしようかと思っていたが、拍子抜けするほどあっさりと、男性は帰って行った。
「イギリスってエビフライも無いんですかねぇ」
「エビフライも実は日本発祥だからね。エビを揚げて食べる文化はあってもパン粉を付けて揚げる習慣がないから知らないかもね」
本当この仕事をしていると意外な知識を知るなぁと思いながら、男性の席からグラスと皿を片付けた。




