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第百一矢 不思議な夢

 まだ肌寒さ残る深夜。

 駿府館の寝室で、俺は眠りにつこうとしていた。

 布団を被り、目を閉じる。

 そして、いつものように穏やかな朝を迎えるはずであった。


「………ん。」


 ふいに目が覚めた。

 眼前には薄紫がかった空。


「ここは…」


 俺は起き上がり、辺りを見渡す。

 辺り一面に咲き乱れる彼岸花に、ゆったりと流れる澄んだ川。

 状況がまだ飲み込めないが、ここが駿府館ではないことは確かであった。


(この場所…前にも来たことがあるような……?)


 あと少しで思い出せそうで、思い出すことができない。

 そうして俺が悶々(もんもん)としていると、後方から声が聞こえてきた。


「久しぶりだのう…芳菊丸。」


 芳菊丸。

 数十年ぶりに聞いた自身の幼名に、俺は反射的に後ろを振り返る。

 見れば、そこにいたのは若い僧侶だった。

 僧侶は複雑そうな表情を浮かべながら、俺を睨みつけていた。

 その目を俺は知っている。

 あれは確か父の葬儀の時のこと。

 俺を突き飛ばした少年―玄広恵探の目だ。


「恵探!?」


 思わず目を擦るが、やはり見間違いなどではない。

 この世を去ったはずの恵探が俺の前に現れたのであった。


「………」

「………」


 沈黙が流れる。

 無理もない。

 兄弟といえど、かつて命を懸けて当主の座を争った間柄。

 両者の間には、未だに深い(みぞ)があった。

 しかし、しばらくして恵探がその沈黙を破るかのように、ひと言発した。


「相変わらず呆けた男じゃ。」


 恵探の尊大な口調に少しムッとして、俺は言い返す。


「呆けたって…そりゃ驚くでしょ。死んだ人間が目の前に現れたら。」

「…まあ良いわ。今日は貴様と言い争いをしに来たのではない。忠告を告げに来たのじゃ。」

「忠告?」

「ああ。」


 そのうなずきを見た瞬間、何かとてつもなく嫌な予感がした。

 しかし、俺の心中など知りもしないで忠告が告げられた。


「山には気を付けよ。」


 そう言い放った恵探は、神妙な面持ちで俺の目を見ていた。

 俺には、そんな恵探がとても戯れ言を言っているようには思えなかった。


「山……わかった、なるべく山には近づかないようにするわ。」


 俺は忠告を素直に受け止め、ふと思い浮かんだ疑問を恵探に尋ねた。


「というか、何で俺に忠告をしてくれたの?恵探って俺のこと嫌いじゃなかったっけ?」


 すると少し間が空いたのち、恵探が口を開いた。


「お前のことは今でも嫌いじゃ。これからもそれは変わらぬ。ただ……」


 恵探は目線を空に移す。


「今川の行く末を憂いたまでよ。」


 そうして空を見上げる姿は、どこか悲しげであった。


「…忠告、ありがとうね。」

「貴様の礼などいらぬわ。」


 俺が礼を述べると、恵探はフンッと鼻を鳴らし、(きびす)を返す。


「では、さらばじゃ。」


 その時、一筋の風が吹いた。

 紅の花びらが一斉に舞い、視界から恵探の姿が消える。

 まもなくして、俺は意識を失った。



「……………ん。」


 目が覚めた。

 目の前には、見慣れた寝室の天井が広がっていた。

 俺は起き上がり、大きく背伸びをする。

 部屋に差し込む朝日が(まぶ)しい。

 当主の座を氏真に譲ってから二年。

 駿府館に春が訪れていた。

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