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第百矢 新たな当主

 あの後、一向一揆は自然消滅した。

 やはり大部分の僧兵が先の戦で亡くなったのと、主導者であった実誓の死が致命的だったようだ。

 一方の吉良軍はというと、敗戦後も大河内信貞や鈴木信重を中心とする残党が抵抗を見せた。

 しかし、短期間の内に残党らが拠点としていた複数の城が攻め落とされ、信重の居城である真弓山城を残すのみとなった。

 そんな最中で、真弓山城内で今後の展開について意見を交わすために、信重と信貞が話し合いの場を設けた。

 重苦しい空気の中、険しい表情で信重が口を開いた。


「まだ我らが今川に抗う(すべ)はある。」


 信重の言葉に信貞は反応を示した。


「術、とは…?」

「籠城戦をするのだ。三河の混乱が長引けば、織田が必ずや動くはず…ゆえに、我が城にて籠城するのだ。」

「………」


 賭けに近い策だった。

 攻城戦で籠城する側が勝つには、攻城する側の補給を断つか援軍が来るのを待つしかない。

 とはいえ、現在の吉良軍の戦力で今川軍の補給を断つのは厳しい。

 よって援軍に望みを賭けたいところなのだが、今や吉良軍は風前の灯火。

 他に頼れる存在といっても、今川と対立している織田ぐらいしかいなかった。


(果たして、いつ来るかも知れぬ者を援軍と呼ぶのかは疑問だがな。)


 ただ、もはや信貞たちに手立ては残されていなかった。


「他に道はない、か…」


 数日後、真弓山城の物見台から今川軍が進軍してきているのが確認された。

 信重は兵からその報告を聞くと、城内の兵らに命を下す。


「者どもぉ!今こそ我らの力を今川に示す時ぞ!」


 すると城内が一気に緊迫した空気に変わり、今川軍を迎え撃つ体勢に入った。

 対する今川軍はというと、真弓山城の麓に到着するやいなや、重厚な包囲を敷いた。

 間もなくして、今川軍による城攻めが始まった。

 真弓山城を巡る攻防は長期化した。

 険しい山の築城された真弓山城は攻めづらく、また立派な櫓や物見台を備えた堅城だったのだ。

 最初こそ攻めていた今川軍だったが、簡単に攻め落とすことがわかると、兵糧攻めに切り替えた。

 この状況下に、信重の口元は思わず緩む。


(今のところ上手く進んでおる。これで織田が動けば…!)


 しかし、いつまで経っても織田軍が三河国へを進軍することはなかった。

 次第に兵糧が減る中で、吉良兵も疲弊していく。

 そして三ヶ月後、今川軍の城攻めが再び始まった。

 疲弊しきった吉良軍が力を蓄えていた今川軍を止めることができるはずもなく、真弓山城はついに落城してしまった。

 こうして、三ヶ月に及んだ真弓山城の攻防は終わりを告げたのだった。

 その後、義安一派は命こそ助かったが、三河国から追放。

 代わりに親今川派で義安の弟の吉良義昭(よしあき)が吉良家の当主になり、三河国の主権を今川が握ることとなる。

 これをもって、三河国に(つか)の間の平和が訪れた。


 それから少し時が経ち、平穏が戻った駿府館の大広間。

 そこで、俺と今川氏真が対面で座っていた。


「父上…大切なお話とは一体何でございましょうか?」


 いつもとどこか様子の違う俺に戸惑いながらも、氏真がおそるおそる聞く。


「俺、隠居しようと思ってるんだ。」

「隠居!?」


 あまりにも突然のことに、氏真の声が裏返った。


「うん、といっても形式上の話だけどね。」

「しかし何故隠居など…」

「三河の統治に力を注ぎたいんだよ。」


 反乱こそ収束したものの、三河国にはまだ戦禍の傷痕が深く残っている。

 もしその状況が長続きするようであれば、再び三河国を巡って戦乱が起きるだろう。

 そうなれば、尾張攻めどころではなくなってしまう。

 よって、三河国の立て直しが急務だと俺は考えたのだ。


「それに氏真の度量を試す良い機会かなって思ってさ。」

「度量を試す、とは…?」


 不思議そうに首を傾げる氏真。

 その氏真の目を俺は見つめて、問いかけた。


「氏真はこの国を背負う覚悟はある?」


 大広間に緊迫が走る。

 氏真はしばらく硬直した後、うろたえるようなしぐさを見せた。

 それに対して、俺は目線を落とす。


(時期尚早だったかな…)


 正直、一抹の不安はあった。

 氏真は優しすぎる。

 それ自体にあまり問題はないのだが、その気質が発展し優柔不断になってしまうことがあるのだ。


(そもそも、氏真はまだ二十そこら。もう少しいろいろな経験を積ませてからでも遅くないか。)


「やっぱり、この話は…」


 俺が話を取り下げようとしたその時、俺の耳に凜とした声が入ってきた。


「覚悟はございます。」


 不安からか少し震えているものの、芯の通った力強い声。

 俺は目線を上げる。

 そこに泣き虫だった幼子はいなかった。

 目の前にいたのは、新しき今川の当主であった。

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