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アニマルメモリーズ  作者: syun
一章 
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五話 一難去ってまた一難

一日の中で、どうしても、どうしても嫌いな時間がある。

それが、夜、飼い主の男が寝静まった後の時間だ。

いや、「寝静まった」なんて表現は、今の俺にとっては欺瞞ぎまんでしかなかった。世界は静まるどころか、発狂しそうなほどの凶暴な音の洪水に満たされるのだから。

猫になって三日目の夜。部屋の電気が消され、視界が完全なモノクロームの闇に包まれると、俺にとっての「本当の拷問」が幕を開けた。

前日までの二日間でも嫌というほど思い知らされていたが、この肉体は、耳が良すぎる。良すぎて、耳を塞ぐ手すら持たない俺にとっては、ただの呪いでしかなかった。

奥の寝室から、男のいびきが響いてくる。

人間だった頃の俺の耳なら、壁を一枚隔てれば「あいついびきうるせぇな」で済むレベルの音量だろう。だが、今の俺の耳には、それが至近距離で大型トラックのエンジンを空吹かしされているような、地響きを伴う重低音の暴力となって鼓動を激しく叩きつける。

ズゴゴゴゴ……ブツッ、ゴォォォ……。

不規則に、粘り気のある嫌な音が鼓動を震わせる。それだけではない。リビングの壁に掛けられたアナログ時計の針の音が、まるで耳元で鉄パイプをコンクリートに叩きつけられているかのような、鋭い打撃音となって脳髄をダイレクトに突き刺してくる。

カチッ。……カチッ。……カチッ。

「やめろ……頼むから、静かにしてくれ……っ」

俺は前足で自分の頭を挟み込み、長い耳を必死に押し潰した。だが、猫の肉球は人間の手ほど大きくない。音を完全に遮断することなんてできず、振動を伴った騒音は骨を通じて直接脳に流れ込んでくる。

さらに最悪なのは、冷蔵庫のコンプレッサーが放つ「ブーーーン」という低い機械音、換気扇のファンの風切り音、さらには壁の裏を流れる水道管の水流の音までが、まるで深夜の狂ったお祭りのように大音量で脳内を鳴り響くことだ。

頭が割れそうだ。精神がガリガリと削り取られていく。

いっそ気絶するように眠ってしまいたい。だが、ここで俺の「前世の呪い」が牙を剥く。

身体は猫、けれど精神は「涼太」という人間のままだ。

猫の肉体であれば、夜行性の本能に従って夜に活動し、昼間に泥のように眠ればいい。だが、俺の意識には「夜は寝るもの、昼は起きるもの」という人間の長年の習慣が染み付いている。脳が「眠れ」と命令しているのに、この狂った騒音のせいで、一瞬たりとも意識を深い眠りに落とすことができないのだ。

ウトウトとしかけた瞬間に、時計の「カチッ」で心臓が跳ね上がり、強制的に覚醒させられる。そんな終わりなき拷問のようなループを、一晩中、何時間も、何万回も繰り返す。

(今までだって……こんなに眠れない夜はなかったぞ……)

松葉杖生活の頃、夜中に足が痛んで眠れないことはあった。けれど、あの時の静寂はまだ優しかった。今のこの部屋は、俺を精神的に発狂させて殺そうとする悪意に満ちている。

そして迎えた四日目の朝。

部屋の窓から薄暗い光が差し込んでくる頃、俺の精神は完全に限界を迎えていた。

「ハァ……ハァ……身体が、重い……」

徹夜明け特有の、脳の奥が痺れるような強烈な疲労感。視界は激しくかすみ、一歩足を踏み出すだけでも、全身の筋肉に鉛を詰め込まれたかのように重苦しい。

おまけに、寝不足のせいで胃のあたりがムカムカと拒絶反応を起こしている。そんな最悪のタイミングを見計らったかのように、あいつがやってくるのだ。

「おい、飯だぞ」

床に置かれる、あのキャットフードの器。

そして、強制的にジャックされる俺の肉体。

寝不足で限界の胃袋に、ドブ川のハラワタを煮詰めたようなあの激臭の固形物が、本能の命令によって無理やり、大量に詰め込まれていく。

『うっ、げほっ、おえぇ……!!』

鼻の奥がツンと痛み、涙がボロボロと溢れ出す。吐き気と寝不足の頭痛が同時に俺の意識を真っ白に染め上げていく。

対処法なんて、何一つない。耳を塞ぐことも、食事を拒否することも、自分で自分の死を選んでこの部屋を飛び出すこともできない。

(苦しい……痛い……誰か、助けてくれ……)

人間の頃、気まずい空気の中で母さんと過ごしていたあの静かなリビングが、今ではどれほど天国のような場所だったかと思い知らされる。あの時の不便さや苦痛なんて、この監獄に比べたら、ずっと、ずっとマシだった。

俺はただ、汚物にまみれた口内を震わせながら、重い身体を引きずって部屋の隅へ逃げ込むことしかできなかった。

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