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アニマルメモリーズ  作者: syun
三章
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四話 再戦

無機質な蛍光灯の光が、網膜を刺すように眩しい。

「……ん……」

喉の奥がカラカラに乾いている。俺は反射的に唾を飲み込もうとしたが、喉の筋肉が痙攣を起こして上手く動かない。

再び、病院の天井だ。

二度目のループ。カーテンの紐が首を締め上げ、眼球が飛び出しそうなほどの苦悶の末に手に入れた「やり直し」のチャンス。

(今回は、絶対に失敗しない)

周囲を見回すと、見覚えのある病室の風景が広がっている。そして、ベッドの脇には――。

「……また、生き返ったの?」

母の声だ。前回のような狂気に満ちた叫びではなく、どこか脱力した、冷ややかな声音。彼女は椅子に座り、まるで邪魔なゴミでも見るような目で俺を見下ろしていた。

「母さん」

掠れた声で呼ぶと、彼女は鼻で笑った。

「なんでそんなに執着するの。あなた、死んだほうが楽だったでしょうに」

「……俺は、まだ知りたいんだ。どうしてあんたが、俺を階段から突き落としたのか。その理由を、あんた自身の口から聞くまでは、俺は死ねない」

母の眉がピクリと跳ねた。俺の言葉に、彼女の仮面が一瞬だけ崩れる。だが、すぐに冷たい防壁を作り直すと、彼女はバッグを手に取って立ち上がった。

「勝手にしなさい。……でもね、涼太。真実なんて、知ったところで誰も幸せにはならないわよ」

彼女はそれだけ言い残し、ヒールを鳴らして病室を出ていった。扉が閉まるまで、俺は彼女の背中を見つめ続けた。今の会話だけで、前回より一歩前進した。彼女を追い詰めすぎず、かといって逃げさせもしない。この距離感こそが、今の俺に必要な間合いだ。

数分後、看護師がいつものように駆け込んできた。

「涼太さん! 目を覚まされましたか! 体調は……」

「大丈夫です。ご心配おかけしました」

看護師は俺の顔を覗き込み、一瞬、ためらうような仕草を見せた。

「……あの、お母様が帰られました。少し、お話ができたようで……。それで、念のため再度確認なのですが……階段での事故、本当に……『不注意』だったのですか?」

彼女の瞳の奥に、俺への純粋な懸念が見える。

前回、俺はここで「母に落とされた」と告白し、警察を呼ぶという決定的な破壊ルートを選んだ。だが、今は違う。ここで母を法的に追い詰めても、彼女は死を選ぶだけだ。それでは「真実」には辿り着けない。

「ええ……僕が完全にドジを踏んだんです」

俺は努めて穏やかに、苦笑いを浮かべて答えた。

「母さんは、僕を必死に守ろうとしてくれていただけなんです。僕が勝手に足を踏み外して……巻き込んでしまっただけで。本当に、情けないですよ」

看護師は拍子抜けしたように瞬きをし、やがて安堵したように息を吐いた。

「……そうですか。お母様も、ずっと心を痛めていらっしゃいましたから。……本当に、お大事にしてくださいね」

看護師が去った後、俺は安堵の息を漏らした。警察という外野を排除する。これで、この家という密室で、俺と母は二人きりで対話ができる状況を整えた。

リハビリの日々は、前回以上に過酷だった。

というのも、今の俺は、あのラクダとしての生存本能と、人間としてのプライドを無理やり融合させているからだ。

リハビリ室の片隅で、俺は義足を装着し、一歩を踏み出す。

筋肉の痛み。関節の軋み。人間として生きるために必要なこの肉体の維持は、動物としての生存以上に繊細で、残酷な作業だ。

理学療法士が「涼太さん、本当に別人のような回復ですね。何がそこまであなたを駆り立てているんですか?」と尋ねてくる。

俺は答えない。ただ、心の中で呟く。

(俺を突き落としたあんたに、もう一度だけ会いに行くためだ)

退院の日。

病院の玄関でタクシーに乗り込むと、運転手がミラー越しにこちらを見た。

「退院おめでとう。家までの帰り道、少し遠回りして街の夜景が見えるところを通るかい?」

俺は窓の外を見る。街の明かりが、まるで砂漠に散らばる黄金の砂粒のように輝いている。

「……いえ、急いで帰ります。待っている人がいるので」

家が近づくにつれ、心臓の鼓動が早くなる。

タクシーを降り、重い扉の前に立つ。一度目、そして二度目の死を経由して、三度目の正直。

俺はゆっくりと玄関の鍵を回した。

カチャリ、と音がして、扉が開く。

「……ただいま」

家の中は、冷え切っていた。

だが、リビングの方から、微かな物音が聞こえる。

階段の方から、母の影がゆっくりと現れた。彼女はエプロンをつけ、まるで何事もなかったかのように俺を見ていた。

「……おかえり」

その声には、怒りも、悲しみも、狂気もなかった。ただ、極めて平坦な、日常の響きだけがあった。

俺は玄関で立ち尽くす。

この「おかえり」は、俺の知っている母の言葉ではないような気がした。

けれど、俺はその光景を見て、確信した。

(俺は、帰ってきたんだ。地獄の入り口へ)

俺は靴を脱ぎ、義足を床に鳴らしながら、母の待つリビングへと足を進めた。

ここからが、本当の戦いだ。

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