十一話 また
喉の奥から立ち上る、あの酸鼻を極める発酵臭は、どれだけ時間が経っても消えることはない。
反芻の悪夢によって、俺の精神は完全に磨り減り、ただ呼吸を繰り返すだけの肉の塊と化していた。
だが、砂漠という巨大な檻は、折れた心に寄り添うほど優しくはない。
むしろ、弱った個体を見つけ出すことにおいて、この世界の住人どもは異常なまでの執念を持っていた。
クカカカカ、クケケケケッ。
静寂の砂の海に、突如として響き渡った、人間の子供が引き付けを起こしたかのような、不気味で甲高い「笑い声」。
その声が鼓膜に触れた瞬間、俺の背中の毛が一斉に逆立った。
( この声……。)
俺はこの声を知っている。
重い首を無理やり持ち上げ、周囲を見回す。
傾き始めた太陽が、砂丘の頂に長い影を落としていた。その影の中から、ぬっと、不格好な細い四肢を持った複数の獣たちが姿を現した。
ハイエナだ。飢えに目を血走らせた凶暴な群れが、すり鉢状の窪地にいる俺を完全に包囲していた。
(逃げ、なきゃ……。喰われる、ここにいたら喰われる……ッ!)
心臓が口から飛び出しそうな死の恐怖が、再び全身の神経をパチパチと駆け巡る。
俺はガタガタと震える四肢に力を込め、必死に立ち上がった。
しかし、この肉体はあまりにも巨大で、あまりにも呪わしいほどに不自由だった。
猫のときのような弾丸のような瞬発力なんて、この丸太のような足にはない。一歩を踏み出すために、数百キロの質量を砂から引き抜かなければならない。その絶望的な遅さが、今の俺にとっては致命傷だった。
クカカカカッ! クケケッ!
俺が立ち上がったのを見て、ハイエナたちが一斉に嘲笑うような声を上げ、斜面を駆け下りてきた。
砂を蹴立てる無数の足音が、死神の足音のように近づいてくる。
「ウ、ルゥゥゥアアアッッ!!」
必死に巨体を揺らし、泥を這うような速度で走り出そうとする。
だが、ハイエナたちの連係プレーは完璧だった。正面から一頭が飛びかかってくる。俺はそれを避けようと首を振るが、それこそが奴らの狙いだった。
ガブゥッッ!!!
「――ッ!!!!!?」
背後から、左の後ろ足の付け根に、凄まじい衝撃と激痛が走った。
ハイエナの顎の力は、人間の骨など容易く噛み砕く。分厚いラクダの皮膚が、濡れた雑巾のように容易く引きちぎられ、中から生暖かい熱い血がブシャリと噴き出した。
痛い、痛い、痛い、痛いッ!!!!!
だが、それだけで終わるはずがない。一頭が肉に食らいつき、俺の動きが鈍った瞬間、残りの群れがハイエナの本能のままに一斉に群がってきた。
ガチリ、ブチリ、ボキ。
「ルゥ、ゥゥオオオオオオオオッッッ!!!!」
また逃げられない。巨体ゆえに素早く反撃することもできず、ただ後ろから、横から、無防備な尻や腹の肉をじわじわと「生きたまま」齧り取られていく。
一頭のハイエナが、俺の傷口に頭を突っ込み、溢れ出る内臓の隙間の肉を強引に食い破り、首を左右に振って引きちぎる。ブチブチと神経と肉維が引き裂かれる悍ましい音が、自分の身体のすぐ後ろからダイレクトに聞こえてくる。別の個体は、俺の細い尾に噛み付き、力任せに根元からバキリと圧し折った。
(熱い、痛い、誰か、誰か助けてくれよ……っ!!)
悲鳴は、ただの「ブモォォォ、ルゥゥゥ」という家畜の、惨めな断末魔にしかならない。
痛みのあまり前足が折れ、砂の上に激しく膝を突く。
その瞬間、ハイエナたちがさらに勢いづき、俺の背中のコブや、長い首筋にまで牙を立て始めた。
生きたまま、自分の肉が奴らの胃袋へと収まっていく感覚。咀嚼される筋肉の振動が、噛み付かれている骨を通じて脳へ直接伝わってくる。
どれだけ叫んでも、どれだけ暴れても、奴らは決して一撃で俺を殺してはくれない。
ただ、体力を削り、出血多量で動けなくなるのを待ちながら、新鮮な生肉を、最も痛い場所から順番に、貪り食い続けているのだ。
(ああ、まただ。また俺は、こうして理不尽に貪られて死んでいくんだ……)
人間に心を貪られ、野生のラクダの群れに尊厳を貪られ、最後は肉食獣に肉体を文字通り貪り尽くされる。
世界はどこまでも残酷で、俺から奪うことしかしない。
『助けて、母さん。また、助けて。』
ハイエナたちの醜悪な笑い声が、再び鼓膜を突き刺した。
だが、そのノイズを掻き消すように、すぐ近くで「ドスッ!!」という、肉と骨が激しく衝突する巨大な衝撃音が響き渡る。
「ルゥゥゥゥォォォォォン!!!」
それは、聞き間違えるはずのない声だった。何度も俺を呼んでくれた、優しくて力強い、母親の咆哮だった。




