十話 反芻
何日も経って、ようやく地獄のような砂嵐がようやく過ぎ去り、砂漠には再び、何もなかったかのような静寂と、焼き付くような太陽の光が戻ってきた。
俺は、数メートル、移動した場所に新しくできた砂丘の窪みに、力なく横たわっていた。
肺の奥に入り込んだ砂粒が、呼吸をするたびに気管支を内側からヤスリのようにガリガリと削り、血の混じった乾いた咳が止まらない。全身の噛み傷には砂がこびりつき、熱を持ってズキズキと激しく拍動している。
生きているだけで、ただ息をしているだけで、拷問を受けているようだ。
だが、肉体がどれだけ悲鳴を上げようとも、ラクダの強靭な生命力は、俺を死なせて楽にさせてはくれない。それどころか、この忌々しい肉体が、俺の精神をさらなる深淵へと引きずり下ろした。
不意に、腹の底が、ドクンと不自然に大きく脈打った。
(え……? なんだ、この感覚……)
嫌な予感がして、俺は身構えようとした。
しかし、肉体は俺の意思を完全に無視した。
ウグッ、と喉仏のあたりが大きく膨らみ、胃袋の底から何かが、せり上がってくる。
(待て……っ! 嘘だろ、出すな、出すな、出すなッ!!)
脳が最悪の結末を察知して拒絶する。しかし、手遅れだった。
ゴフリ、という湿った音と共に、それは俺の口内を一気に満たした。
「ウ、おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!」
あまりの悍ましさに、俺の魂が、精神が、絶叫の悲鳴を上げる。
口の中に逆流してきたのは、数日前にあの泥溜まりですすった、動物の糞尿混じりの腐敗した泥水。そして、あの棘だらけのサボテンの成れの果てだった。
それらが、ラクダの胃酸によってドロドロに溶かされ、体内の40度近い高熱で何日間も熟成され、完全に発酵しきったドス黒い未消化物。
その臭気は、もはや言葉を絶していた。
腐ったドブ川のヘドロに、酸っぱい胃液と、発酵した生ゴミを混ぜ合わせて凝縮したかのような、強烈な悪臭。それが口いっぱいに広がり、鼻腔を内側から暴力的に突き刺す。
吐き出そうとした。こんなもの、一秒だって口の中に入れておけるわけがない。人間のプライドが、理性が、全力でそれを拒絶する。
ギチ、ギチ、ジャリ、ジャリ……。
(やめろ……! 動くな! 噛むなァァァァァッッッ!!!)
反芻。
一度胃に送った未消化の食物を、再び口に戻して噛み直す、ラクダにとっては生きるための当たり前の生態。
だが、人間の感覚を保ったままの俺にとっては、自分の排泄物の一歩手前のゲテモノを、自らの歯で何度も何度も咀嚼させられるという、精神崩壊寸前の生理的屈辱でしかなかった。
噛み締めるたびに、ドロドロに溶けたサボテンの繊維から、酸鼻を極める酸っぱい汁がじゅわりと溢れ出し、喉の奥をじりじりと焼き焦がす。さらに最悪なことに、胃酸で少し柔らかくなったとはいえ、あのサボテンのトゲが、まだ無数にそのドロドロの中に混ざっている。
ジャリ、ブスリ。
「ウ、グ、ゥゥ……ッ! ルゥ、ウウゥ……ッ!」
噛み直すたびに、胃酸を含んだ凶器のトゲが、すでに化膿している口内の生傷へと、ふたたび無慈悲に突き刺さる。
痛い。汚い。臭い。
傷口から流れる新しい血の味が、発酵した胃内容物の味と混ざり合い、脳を狂わせるようなカオスな味覚となって神経を焼き尽くしていく。
涙がボロボロと溢れ、鼻からは泡立った茶褐色の胃液がダラダラと垂れ流される。
今の俺は、ただ自分の胃の中のゲロを噛み砕き、血と泥を撒き散らしながら砂漠に転がっている、醜悪な一頭の畜生でしかない。
人間だった頃の量という存在の尊厳が、ギチ、ギチという咀嚼音と共に、完全にすり潰されて消えていく。
どれほどの時間をかけてその悪夢の塊を噛み砕いただろうか。
肉体は満足したように、ドロドロに細かくなったその液体を、ふたたびゴクリと第二の胃袋へと飲み下した。
「ハァ、……ハァ、……ガハッ、オエッ……!!」
口の周りをドス黒い泡で汚したまま、俺は砂の上に突っ伏した。
胃の底からは絶え間なく、酸っぱい発酵臭がこみ上げてくる。
死にたい。今すぐこの肉体を切り裂いて、どこか遠くへ消えてしまいたい。
だが、恐怖はこれで終わりではなかった。
満腹感と共に、俺の腹の底が、ふたたびドクンと不自然に脈打ったのだ。ラクダの胃袋は四つあると聞いたことがある。つまり、この悪夢の作業は、まだ始まったばかりだということだ。
(あ、……あ、……いやだ、もう勘弁してくれ……っ)
俺の掠れた悲鳴を踏みにじるような苦痛が俺を襲っていた。




