二話 渇望
この体になっておそらく五時間ほど経った。
燃え盛る太陽は俺の体を容赦なく蝕んでいく。周囲は陽炎でぐにゃりと歪んでいるようだった。
俺はまだ動けずにいた。
猫とのギャップ、だろうか。
体の重さが違いすぎた。
まるで、家を持ち上げるようなそんな感じだった。
そして、何よりこの日差しは俺の動く理由をなくすのに十分すぎた。
人間の頃、俺はあんまり外には出なかった。
その報いだろうか。
何はともあれ、そろそろ動かないとまずいらしい。
ここは砂漠。
ここに来た当初から、喉がもう渇ききっている。
もともとのラクダも水に困っていたのだろうか。
砂漠は確かオアシスとかがあったと思う。
社会で習った。
ならそこを探せばいいのだろう。
五時間経ってようやく慣れてきたかもしれない。
慎重を体を起こす。
『あはは、意外と簡単じゃねーか。』
そんなふうに言ってみるけど、この体もダメみたいだ。
何はともあれ、ようやく立てた。
その喜びを発散したいが、どうやらそんな余裕もないらしい。
喉が渇く、乾いてたまらない。
もう、八時間は経っただろうか。
今は太陽の感じ4、5時だろう。
今の状況は、喉の渇きでまた座ってしまったところで、ラクダの本能が動き出したらしい。
そこで自動運転モードになっている。
ただ今は本当にそれどころじゃない。
それは、これまでの人生――前世の人間だった頃を含めても、一度も経験したことのないレベルの猛烈な「渇き」だった。
口の中の水分がなくなって、舌がカラカラに干からびる。上顎と下顎が、まるで接着剤で張り付いたかのように干からびて癒着し、呼吸をするたびに、喉の粘膜がカサブタを剥がされるようにバリバリとひび割れる錯覚が襲う。
『水を、水をくれ……! 誰でもいい、頼むから水を……っ!!』
脳内が「脱水症状」の警報で真っ赤に染まる。人間の脳の記憶が、一滴の水分も残されていない極限状態だと叫び、冷や汗を流そうとするが、毛穴からは汗の一滴すら出てこない。
あまりの苦しさにのたうち回ろうとした、その時だった。
俺の鋭敏な知性が、この肉体の「決定的な異常」に気がついた。
(待て……おかしい。何だこれ……?)
喉の奥や口内は、間違いなく発狂しそうなほど干からびている。今すぐ水を飲まなければ数分で干からびて死ぬと、脳が狂ったようにパニックを起こしている。
でも、このラクダは一切焦ってなどいない。
まだ落ち着いている。
(おかしいだろ!早く歩けよ!)
『止まれよ!』
掠れた声で叫ぶ。
狂うほど渇いている。
それは逃げ場のない、最悪の拷問だった。
肉体は元気に動くから、脱水症状で気絶して楽になることすら許されない。意識はどこまでもはっきりと冴え渡ったまま、終わりのない偽りの干死の恐怖だけを味合わされ続ける。
足を上げるたびに、足の骨がミシミシときしむ。前世、動かない足を松葉杖で引きずりながら、リハビリの激痛に耐えていたあの陰惨な記憶が、砂漠の熱気と共にじわじわと蘇ってくる。砂とアスファルトの感覚が混ざり合うように。
目の前にあるのは、ただどこまでも続く砂の斜面だけ。
一歩歩くたびに、脳が「水をくれ、死ぬ、干からびる」と鼓動を激しく叩きつける。
俺はただ、ラクダに背中を押されるようにして、終わりなき黄金の地獄へと、ふらふらと歩き出すことしかできなかった。




