33 暗く深く
繋界から飛び出したアンを黒淵隊長と止境隊長は追いかける。
「繋界だー!みんな逃げろ!」
「おいなんだあれ!」
「暴走意志か!?」
海ほたるにいた人々が逃げながらも彼らを見上げている。
「人が多いところだと僕たちは派手に暴れられないね。最も…」
アンは駐車してあったトラックを10台飛ばした。
「アンは別だけど!」
「『ガチロック』!」━『ガチロック』!━
止境隊長は空中でトラックを固定し、攻撃を防いだ。
「防御は僕たちがやります!黒淵隊長は攻撃に専念して下さい!」
━てか、防御が私たちの十八番だからね!━
「助かるよ。」
黒淵隊長は体を軽く動かして準備をした。
「ついこの前にイクサと戦ったお陰であまり鈍ってないね。それじゃあ僕も頑張ろう。」
黒淵隊長は腕を振り下ろし、アンを視認するのも難しい速さで海の中に落とした。
「水中戦なら車は使えないよね。」
しかしアンが沈んだすぐそばから、海中から何かが急上昇するのが黒淵隊長の目に映った。
「沈没船か!」
朽ち果てた船は崩壊し、無数の残骸となって黒淵隊長に襲いかかる。
「オクロック!そっち頼む!」
━全部はむりかも!黒淵さん、ちょっとは自衛お願いね?━
オクロックは大きな船の残骸は止められたものの、細かいネジやボルトなどの部品は黒淵隊長に向かって飛んでいく。ただそれくらいであれば、軽い重力操作によって弾き返すことは可能だ。
「ナイスアシスト。」
━ふふん、これくらいどうってことないんだから!━
「黒淵隊長、東京湾には沈没船だけでなく様々な瓦礫が沈んでいます。その上、大型船の往来も激しい。アクアライン以上にやりにくい可能性が高いです。」
「でも、沈没船には人が乗っていない。人が乗っている大型船も自動車よりも大きい一塊だから守るのは容易だ。やっぱり海上で戦おう。」
「分かりました。オクロック、本気出していくぞ!」
━りょうかーい!━
━「魂装。」━
止境隊長の体は一つの懐中時計を中心に据えたクロックワークの装備に覆われた。
━「まだ練習中ですが魂装で行きます!」━
アンは再び沈没船を出したかと思うとそれを砕き、残骸の嵐を呼び起こす。
━「『メガロック』!」━
止境隊長とオクロックは残骸の動きを全て止めた後、解除し再び海の底に沈めた。その隙を黒淵隊長は逃さず、圧縮した空気弾を放ちアンの左腕を飛ばした。光の粒子となって腕は海の上で消えた。
「これで多少動きは鈍るかな。」
しかしアンの動きは鈍るどころか激しくなる。黒い光をさらに放出したかと思えば、川崎の方へと急に進み始めた。
「今度は怒りを買ってしまったか…全部裏目に出るな。」
━「川崎の方に向かっています!追いましょう。」━
アンは追いかけられる途中にも振り向くことなく攻撃を撒いた。止境隊長とオクロックはそれを止めては海に戻すことに専念し、黒淵隊長は加速してアンに追いつこうとした。しかしアンの加速力は黒淵隊長のそれよりも高く、徐々に距離を離されながらも必死に喰らい付いていた。
━「アンはどこへ?」━
「『事故』の魂の暴走意志、暴走意志は破壊目的で動く。つまり…。」
黒淵隊長は全力で距離を詰め、アンとの間は100mほどとなった。
━「い、行き先が分かったんですか?」━
「あそこだよ。」
黒淵隊長が示した場所は、東京の空の玄関口、羽田空港もとい東京国際空港だった。
━「羽田!航空事故を引き起こすつもりか!」━
「阻止するよ。出し惜しみはなしね。」
━「無論!」━
アンはD滑走路を超えてターミナルの方へと行こうとしていた。
「させない。」
黒淵隊長はアンを滑走路と滑走路の間の地面に埋め込む勢いで地面に叩き落とした。その隙に彼らも追いつくことができた。
━「整備場で絶対に鎮圧しましょう。」━
這い出てきたアンを黒淵隊長は全力で潰しにかかる。アンの自我を失った体には赤い亀裂が入ったが、それでもアンは潰れることなく立つ。黒淵隊長は更に出力を上げたが、弟を強く思う姉の死地に放った意志は黒淵隊長にも負けない。右腕を上げると整備場にあった旅客機が回転しながら突っ込んできた。
━「『メガロック』!」━
旅客機の勢いは徐々に落ちはするものの、完全停止には至らない。
━「ぐっ…そらせ!」━
止境隊長は完全停止ではなく軌道を逸らして自身への、地面への衝突を防ぐことを目的とし、海に着水できる速度にまで下げ、解放した。旅客機は他の建物に突っ込むことも、橋を破壊することもなくなんとか着水した。
「まだ耐えるのか…アン!」
「…ケル…ニハ…イカナイ!」
アンは意識の際で人の言葉を絞り出し、黒淵隊長の重力を振り払った。そのまま高く飛び上がり、丁度着陸体制に入っていた旅客機と、整備中の旅客機2機を捕まえた。
「ダイノ…タメニィィィッッッ!」
黒淵隊長は止境隊長とオクロックを即座に上げた。
━「『ギガロック』!!!」━
止境隊長とオクロックは3機を弾くように中心に立ち、魂装が解除されてもおかしくない程の出力で止めにかかった。
━「止まれェェェェェェッッッッ!!!」━
喉が潰れそうな程の雄叫びと共に全力を尽くす。しかしもう彼女らの力の限界も近い。旅客機たちは徐々に速度を取り戻して加速して行く。だが秘策はまだ残っている。
「本当にありがとう2人とも。準備が整った!」
言わずもがな、『胎星』はブラックホールを基に黒淵が考えた技。周囲を飲み込み、消し去る。単調だが残酷でかつ破壊的。だがその攻撃を放てば、飛行機に乗っている民間人もろとも破壊する結果となってしまう。ならばどうするか?逆を行えばいい。
「『開星』」
ブラックホールの対となる存在として、ホワイトホールという理論上の仮想天体がある。『開星』は『胎星』の逆。全てを放出する。
白いその星は旅客機を弾き返し、地面へと落ちて行く。黒淵隊長が向きを軽く直した後、止境隊長とオクロックは最後の僅かな力でゆっくりと着陸させた。
「ジャマスルナァッッッ!!!」
アンは周囲のコンクリートや土を抉り、巨大な塊として空に飛んでいく黒淵隊長に向かって放った。
「彼は…弟は、崩壊なんか望んでいない。」
黒淵隊長は空に向かって指を刺す。空間が捻じ曲がっていく。
黒淵の全力の片鱗が観測不能な姿を現す。この世界ではない、何処かから、仮想の質量を指先に宿す。
「理超『堕星』」
そこにはないが、そこにある星はアンに向かって堕ちて行く。それは崩壊に魅せられた者の肉体を打ち砕き、もう何も動かなくなった。
「ああ…。」
━疲れ…た…。━
止境隊長とオクロックは魂装を解除し、深く息を吐いた。それでもまだ座ることはなく、アンがいた場所へ歩き出す。
黒淵隊長も空から降り、星が落ちた場所へ歩く。
「…。」
そこには虚な赤い目で海ほたるがある方を向いているアンがいた。
「人を想う意志というのは強いものだ。それでも君のは特段に強かった。」
黒淵隊長が最後の一撃を放とうとしたとき、アンの口が僅かに動いた。
「…ダイ。」
アンに流れる走馬灯。そこには非人道的なされたこと、やったことなどどこにもなかった。ただダイという1人だけの大切な者を思い浮かべていた。
「愛…してる。」
黒淵隊長はアンを倒した。アンの体は光の粒子となって深夜の東京湾に流れていった。
「残虐な彼女にも、弟を愛する心はあったんだな。」
━その愛は歪んでたんだけどね。━
黒淵隊長はアンの最後を見届けた。
「崩壊に魅せられてしまった者たちに、祝福が在らんことを。」
黒淵隊長は海ほたるの方を少し見てから、端末を取り出した。
「さて、流石にこの事態は総隊長に知らせたないとな。」
「僕たちが止めたとはいえ民間人が怪我をしている可能性も高い。まずは守るのが先ですね。…でもまだダイが」
"━2号車だ!もうそろそろ着くぜ海ほたるに!━"
"「おい待てよもう着くんだからもっと安全運転ってうわあっ!」"
"━これ以上は免停ですよ免停!━"
端末からアウトロードたちの声が響いた。それを聞いた黒淵隊長の声には元気が戻り、自信気に言った。
「皆に任せて大丈夫そうだ。彼はもう、乗り越えたみたいだからね。」




