29 君の為なら
アンは道路を割るほど凄まじい勢いで堕ち、辺りは瓦礫と粉塵に包まれた。
「けほっけほっ、すごい煙…。」
「いた!みんなこっち!」
煙の中からSST8が出てきた。皆かなり酷い傷を負っているが、精神で痛みに抗い特殊のもとに駆けつけた。
「大丈夫かい?」
「なんとか。」
━まだやれるぜ。━
「アンはどこだ?」
煙は段々と晴れていく。隊員は背中を合わせて辺りを警戒する。
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10と数年前、異世界、埼玉県戸田市のとある家屋。
「コイツらか?」
「はい。きょうだい揃えてしっかりと。」
10歳のアンと4歳のダイは異世界で犯罪を通して食い繋ぐ両親に、身売りに出されていた。アンはその容姿端麗な姿から個人での売買が予定されていたが、ダイとであればなんでもすると自ら申し出たので、ダイも添えられて売られた。
「よろしくお願いします。」
「よろ…しく?」
アンには弟を愛する以外の心がなかった。両親を憎いとも、買い手を気持ちが悪いとも思わなかった。
「ふっひ…よろしく。」
アンは弟のためなら何でもやった。苦痛には思わなかった。弟が無事なら、それで良かった。
だがある日。
「…ダイ!?」
「テメエなんだジロジロ見やがって!せっかく気持ちよくなろうとしたってのによお…!」
ダイはアンと男がベッドの上にいる部屋を開けてしまった。気分を害した買い手は幼いダイを殴り飛ばした。まだ幼いダイは頭から血を出し、泣いた。
「チッ、うっせ」
アンはダイを殴り飛ばして帰ってきた買い手の顔を思い切り殴った。歯が割れ血が飛び散り、買い手が何か思考を巡らせる隙すら与えず、心臓を台所にあった包丁で突き刺した。
「ぎ」
アンは買い手を突き刺し続けた。不快だと感じた声を消すために。
アンには何故そのような行動をとったのか分からなかった。何故今、自分の手の中に腸があるのか分からなかった。でも分かったことが2つあった。殺したことで、問題が解決できたということ。もう1つは今、とてつもない多幸感に満ちているということ。
「これが…幸せ。」
アンは包丁を置き、ダイを抱きしめた。ダイは泣き止み、自身が殴られたことなど気に留めず、幸せそうに笑った。
それからアンとダイは気に入らないものや欲しいものがあったら、悲しくなったら、幸せになりたかったら殺した。自身の欲求に忠実に動くことが罪に当たるなど、考えもできないことだった。そもそも彼女たちは、罪を知らなかった。
「やめてくれ!」
「まだ家には幼い娘がい」
「ダイ。ほら、こんなに食糧がありますよ。缶詰にパンに…ご馳走ですね。」
「ご馳走!ありがとうアン姉ちゃん!」
「あら?道で誰か寝ているので通れませんね。」
「あ、人…助けて…暴走意志に…」
「大丈夫だよ!えいっ!」
「まあ…ありがとう、ダイ。」
「えへへ、役に立てて良かった。」
「あ、あ、あんたは!い、今噂になってる殺人鬼…!金でも何でもあげるので許して下さい!」
「アン姉ちゃん、僕たち有名人みたいだね。何でもくれるんだって!」
「そうですか…。ではダイ、こういうときの最も賢い選択はですね。
命を頂いてから全て頂くことです。」
「や…やだやだやだやだや」
「わー!アン姉ちゃんはやっぱり頭いいんだね!」
来る日も来る日も、人が食べ寝るのと同じように、彼女たちは殺しを行なって生きてきた。そんなある日。
「あ」「ぎ」「や」
「ダイも中々手慣れてきましたね。」
「こんなの大したことないよ!」
2人が死体から使えそうなものを剥がし取っていると、背後から1人の大柄な男が笑いながら歩いてきた。
「ははは!こりゃすげえ、グッチャグチャになってやがる!」
アンは大柄な男の腹部にナイフを突き立てようとしたが、男はそのナイフを掴んで折ってしまった。
「おっと、悪いな!これは後で払ってやる。
ほら、まあまず一旦落ち着けよ。別に俺はお前らの敵になりたくて来たわけじゃねえんだ。寧ろその逆、スカウトしに来たんだよ。」
「スカウト?」
「そうだ。お前らは近年、この辺りを騒がせてる殺人鬼だろ?まあそんなのは異世界じゃ別に珍しくねえ。俺が惹かれたのはその残忍さ。老若男女問答無用で殺すって噂を聞いてたが、まさか本当に声をかけただけでナイフを突き立ててくるとは!最高だお前ら。」
「えへへ、褒めてくれてありがとう!」
「ほぉー殺人鬼には見えない可愛い笑顔だな。ああだから待てって。そんなに怖い顔をするな嬢ちゃん。俺にそういう欲はねえんだよ。」
「何のスカウトか知りませんが、ダイに危害を加えるのであれば必ず殺します。」
「その坊主はお前の弟、だよな。やけに感情的だな。…俺は崩壊連星っつう組織に属してるんだ。そこの奴らにはこんな力を持ってるのもいる。」
男は手に水の球を作り出したかと思うと、太いレーザーのように発射し、建物を消し飛ばした。
「これは取り込ませてもらった魂の力だ。お前らもこれ、欲しいか?」
「欲しい!」
「だったら、俺についてくることだ。2人でな。」
アンはダイの前に立って男の目を睨んだ。
「その力に代償はあるのですか?」
「ある。お前らが弱かったら、最悪体を奪われるかもな。
別に俺は無理にスカウトしようとは思ってねえ。だが1つ、俺の持論に基づいて忠告しておく。いいか、強さは全てだ。お前たちは強いんじゃなくて残忍なだけ。異世界ってのは犯罪者が多いが、所詮ただの落魄れた人だ。感性はまだ常人に通ずるものが残ってる。お前たちはその中で、常人にはないイかれた感性を持っている。なのにやることは無闇な人殺しばかり。もったいねえと思わねえか?」
男は2人に背を向けた。
「力ってのはいい。どんなに人類が進歩しようと使える。どんな場所に行こうが使える。どんな相手だろうが力が相手より大きければ勝てる。今のままじゃ、お前らはいつか破滅するぜ。嬢ちゃんも、大事な弟さんを守れねえかもな。」
アンはダイの手を握った。
「…どうすればいいのですか?」
アンとダイは崩壊連星に入った。アンはダイと魂を取り込む際、得る力に対する責任をダイの分も負うと申し出た。その希望は許諾され、アンは『事故』の魂を、ダイは『砂』の魂を取り込んだ。魂を取り込む際、ダイが苦しんだのを見たアンは、騙されたと勘違いし側にいた研究員20人を虐殺した。消費物同然の扱いであったため、咎めはなかった。
「大丈夫ですか?ダイ。」
「うん!大丈夫だよ!アン姉ちゃんが守ってくれたもん!」
「なら良かったです。」
「…なんだか、前よりも明るくなったねアン姉ちゃん!」
「そう、でしょうか?」
「そうる?ってのが入ったから、アン姉ちゃんの心にもきっと良いことがあったんだよ!」
「ふふ、それに比べてダイは変わりませんね。」
「なっ!僕だって変わったやい!」
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燃え、曲がり、大破している自動車、電車、航空機が散乱する暗い空間。魂世界だ。
その中でアンは黒い光に手を入れていた。
「力で解決できないことなどありませんでした。」
アンはもう片方の手を胸に当てる。
「責任を負うときが来たようですね。私がどうなろうと、作戦が為され、ダイが助かるのなら…。」
アンの目の色が赤くなっていく。顔に大きな影が落とされる。
「悔いはない。」
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「…アン?」
煙が晴れた場所に、アンは立っていた。
━…いや、あれはアンじゃありません!皆さん離れて!━
アンであったものは背中から黒い光を出して襲いかかった。だがまだ足取りが覚束ないようで、攻撃は当たらない。
「暴走意志か!」
「つまり今のアンは『事故』の魂の意志で動いているということ…!」
「自ら暴走意志になることを選んだのか!?」
アンは口を噤んだまま歩き出した。
━行かせるか!━
アウトロードが飛び出した。しかしアンが手を振るとアウトロードの死角から街灯が突き刺すように飛んできた。1stとマグネシアがなんとか軌道をずらしたお陰で直撃は免れた。
「大丈夫かい!?」
━助かった!あのボケとんでもねえ角度から飛ばしてきやがった!━
アンはそのまま歩いて行き、道路の淵から下へと落ちたように見えた。隊員たちが急いでアンの様子を見に行った瞬間、車の上に立ったアンが海の方へと走り出した。
「アンはどこに行くつもりだ?」
「あっちは東京湾…まさか!」
7thは4thに連絡をとった。
"「こちら2号車!そっちの状況は!」"
"「こちら1号車!現在暴走したダイに異世界に引き摺り込まれ東京湾アクアブリッジ上!」"
"「今そっちに暴走意志になったアンが向かっているかもしれない!」"
通信音はブツっと切れた。
「っ…!通信が切れました!事故の暴走意志は現在何らかの原因で暴走中のダイとの接触を図るものと思われます!」
「崩壊連星が2人も揃ったら千装隊長と言えども負ける可能性は高い。どうすれば…!」
皆が焦りと僅かな絶望に包まれかけたそのとき、アウトロードがその闇を切り裂いた。
━いや、1つあるぜ突破法!━
アウトロードはお前らなら分かんだろと言わんばかりの目線を八代とガイードに送った。
「確かに、まだ巻き返せるな。」
━あの人がいれば!━
「あの人…まさか!」
━俺は学んだぜ。もう意地張って全部俺がやろうとしなくたっていい。使えるもんは使ってけ!最後に勝てりゃ良いんだよ!━
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「連絡、来たよ。1号車から…2号車からも来た。アクアブリッジだって。」
「了解。じゃあ行こうか。運転よろしく頼むね。」
「はあーっどうして私なんかがこんなに重要な役目を…!」
「スタビライザーに入った以上誰もが覚悟を決めているんだ。僕たちがついているというのに臆するな!」
「そりゃ止境隊長たちは強いですけど…!」
「大丈夫。戦いの本拠地まで行く訳じゃないよ。川崎浮島まで運んでくれれば大丈夫だよ。そこからは…僕と止境隊長でサポートをする。シズクたちはそのままそこで待機。もし暴走意志が繋界から出たりしたら大変だからね。」
「分かった。頑張ってね。」
「暴走意志なんて出ませんように…!」
「弱音を吐くな。僕たち川崎だってやれるとこを見せてやろう。」




