第10話 奴隷の呪いを解く
奴隷はかなり安い値段で買うことができた。
彼女を抜いた一番安い奴隷の10分の1くらいだ。
そうとう手放したかったんだな。
ま、こっちには関係ない話だが。
俺は奴隷となった娘――アイナを宿へと連れて行った。
昨日も泊まった宿だ。
異世界にきた当初に泊まっていたような安宿ではない。
魔物を倒して金を手に入れた俺は、それなりの宿に泊まれるようになっている。
ここはベッドはふかふかで、部屋も共用部も清潔に保たれている。
それに有料ではあるが朝食・夕食も食べることができる。
悪くない宿だ。
同じ部屋を何日も連続して泊まることができる。
俺はここ数日の間、一人部屋を何日も使っていた。
宿に入る時、宿屋の主人がアイナを見て嫌悪で顔をゆがめる。
「お客様。その奴隷をこの宿に泊めるつもりでしょうか?」
「そのつもりだが、何か?」
「……もしそれを泊めるなら、今晩だけにして欲しいですね。明日からは出て行ってもらいます」
「ちゃんと金は払うよ。二人分」
「十人分でもいりません。出て行っていただきます。お客様のみでしたら、いくらでも泊まって頂いてかまいませんが」
さすがに失礼すぎるな……。
昨日まではこんな接客をするような人じゃなかった。
「もういい。行くぞアイナ」
奴隷とはいえ、客が連れている人に向かってかける言葉ではない。
これも彼女の背負う嫌悪の呪いの効果なんだろうか。
「ごめん。アイナ。不快なものを聞かせた」
「いえ、大丈夫です。慣れてますから……」
アイナは悲しそうな顔をしていなかった。
慣れてしまうほどによくあることなのだろう。
部屋について、俺とアイナは向かい合う。
「まずは自己紹介からだ。俺の名前はレースケ・サジョウ。君の名前は?」
「アイナと申します。よろしくお願いいたします」
アイナは深々と頭を下げてお辞儀をする。
「さて、自己紹介もすんだし。さっそく始めるか」
「はい。ご主人様」
そう言ってアイナはうなずいた後、おもむろに服を脱ぎ始めた。
「なぜ服を脱ぐ!?」
「だって、するんですよね? 着たままの方がよろしいでしょうか?」
「服を着て何をするんだよいったい」
「何って……。私は奴隷ですから、この体を使ってご主人様を癒すことしかできません。精一杯ご奉仕させていただきます。ご主人様」
そう言って、彼女は床に手をつき頭を下げる。
「まあ待て。まずはそこに座ってくれ」
「はい」
今度は上の服は脱がず、下を脱ごうとし始めるアイナ。
「ひとまず脱ぐのをやめろ」
「ご奉仕は――」
「それがこの後ないとは言わないが、今は何もしないから。今はアイナの呪いを解くのが先だ」
「え。の、呪いを解く……?」
俺の言葉に、アイナが驚きで目を丸くする。
「呪いを解く、というのは、私がもつ嫌悪の呪いを解いていただけるということでしょうか?」
「ああ」
「ですが、解呪は高度な治癒魔法が必要です。そのためには、教会に多額のお金を支払わなければいけないのですが……」
「俺は金を払わなくても呪いを解くことができるんだよ。教会にいる奴らと同じくらい高度な治癒魔法を使えるからな」
その秘密は、俺のスキルにある。
それは『聖人』というスキルだ。
『聖人』はSランクスキルであり、その効果はあらゆる呪いの影響を受けず、また解呪や治癒の魔法を条件を無視して会得できるというものだ。しかも、その時に魔力を一切消費しないというおまけつき。
『魔導大帝』は魔法の習得のためにその魔法を一度は見ないといけないのだが――それでも破格の効果であるが――『聖人』はそれすら必要ない。
このスキルを得た段階で、俺はこの世のあらゆる治癒魔法を習得していた。
治癒魔法限定とはいえ、無条件で魔法が使えるようになるとは。
さすがSランクスキル。
このスキルは呪いの影響を受けることもない。
だからこそ、俺は嫌悪の呪いによって彼女を嫌いになることはなかった。
「さっそくやるよ。解呪」
手をかざして、彼女にかかっていた呪いを解く。
簡単な呪文を唱えるだけ。
恐らくこの簡単な呪文の習得のために、世の人間は長い時間をかけて修行するのだろう。
それを一瞬で得ることができるのがSランクスキルだ。
呪いを解いた彼女の外見に変化はない。
外見が変化する呪いではないのだから当たり前である。
『鑑定』を使ってステータスを見てみる。
――――――――ステータス―――――――――――
名前 アイナ・クレバスティ
年齢 17歳
スキル 剣姫(Bランク)
――――――――――――――――――――――――
さっき見た時に書かれていた、嫌悪の呪いの項目がなくなっていた。
ちなみに、彼女の体についている傷とかも全部治しておこう。
あと、体の不調とかも全部治しておく。
治癒魔法はただ呪いや怪我を治すだけではなく、病気、不調、寝不足、栄養不足も全て解消することができる。おまけに体についた汚れでさえも綺麗にすることができる。
アイナは呪いが消え、のみならず長年の奴隷生活でついた傷や不足していた栄養も補うことができた。
肉体は健康そのものだ。
また汚れも取れて、肌はすべすべになり髪は美しい光沢を得た。
さっきまでもかなりの美少女だったが、今はそれ以上に美しくなっている。
国を代表するほどの美しい女性と言えるだろう。
「これで呪いは解けたはずだよ。それに、体の悪いとこも治しておいた」
「えっ。も、もう、解呪なされたのですか……!? ほんとうに……?」
「ステータスで確かめてみたら?」
「は、はい! ステータスオープン」
アイナはステータスオープンによって、己のステータスを見ている。と思う。
彼女は虚空を見てそこに触れたりしている。
彼女の目にはそこにステータスが表示されているのだろう。
他人がステータスを見ているところを初めて見たけど、なかなかにシュールだな。
「ほ、本当に呪いが消えてる。で、でも、まだ信じられない」
「そんなに疑うならば証拠を見せよう」
俺は部屋を出て、宿の主人を連れてくる。
「どのようなご用でしょうか?」
「とにかく、ここにいるアイナを見て欲しいんだ」
「? はい」
俺に言われた通り、主人はアイナを見る。
さっきは一目見るだけで嫌悪の表情を浮かべていた主人だが、いまはそんな顔はしない。
ただアイナを普通に見ているだけだ。
「見ましたが……。なんでしょうか?」
「どう思った?」
その言葉に、アイナはビクリと体をこわばらせ、恐怖の表情を浮かべている。
彼女はこれまで嫌悪の呪いをもって生活してきた。
自分を他人から評されるときは、悪口を言われてきたのだろう。
「どうも何も、美しい女性ですね。お目にかかれて嬉しいです。先ほどとはずいぶん印象が異なっていますが……。いったい何が……? いえ、そもそもなぜ私はこの女性に嫌悪感を抱いて……。なぜ私はお客様に対してあのような言動を……?」
呪いが解けたアイナを見た宿屋の主人は、過去の自分の行動をいぶかし気に感じてうんうん首をひねっていた。
「一応聞いておくけど、この子を宿に泊めてもいいよね?」
「それはもちろん。お客様をお断りするなど、ありえません。先ほど述べた言葉は全面的に撤回させていただきます。またお詫びとして、本日の宿代は必要ありません」
「そうか。それは助かるよ。じゃあもう用事は済んだから」
「はい。先ほどは大変失礼いたしました。申し訳ございません」
そう謝罪をした後で一礼し、宿の主人は下がっていった。
「というわけだ。呪いは解けたことはわかったろう? 必要なら、街に出てみるかい? 君が綺麗だとほめたたえる人間はたくさんいると思うけど、嫌う人間は一人もいないはずだよ」
「嘘。本当に、呪いが、解け……」
そう呟いたアイナの目から涙がこぼれる。
「う、うう。うううううう~~~~」
そして、涙がどんどんあふれ出し、アイナは声を上げて泣き始めた。
「もう、もう嫌われない。誰にも、嫌われない……! 悪口も言われない。暴力も受けない。虐められることもない。あ、あり、ぐす……。ありどううございまず、ご主人様ぁ~~~~」
わんわんと大泣きし、そのばに崩れ落ちるアイナ。
彼女は何分もその場に泣き続けていた。
アイナがひとしきり泣いた後。
泣きつかれた彼女は、ベッドで横になる。
そういうことをしたわけじゃないぞ。
自分の呪いが解けて安心し、ついさっきまで泣いていた女性を抱くような真似をするほど空気の読めない男じゃない。
「ご主人様」
「なに?」
「奴隷という身分でありながら、ご主人様に対して何かをお願いをするなど、本来あってはならないことと重々承知しておりますが――」
「なんでも言ってくれ。ひとまず聞いてから判断するよ」
「い、一緒に寝てはいただけませんか……?」
「…………」
これは、まあ。
たぶんだけど、そういう意味ではないだろう。
さすがにそんな雰囲気ではないし。
「いいよ、一緒に寝よう」
部屋の明かりを消し、俺はベッドにもぐりこむ。
正直寝るには早い時間だと思うんだが……。
まあ、いいか。
たまには早く寝ても。
「あの、私、誰かと一緒に寝るのなんて初めてで」
「うん」
「手を、つないでもいいでしょうか……?」
おずおずと、不安げに告げられる可愛い提案。
「もちろんいいよ」
「ありがとうございます。お優しいご主人様……!」
寝ながら、差し出した手をギュッとにぎるアイナ。
「私、今、生きてきて一番幸せです」
アイナは俺の手を幼子のように握りながら眠りについた。
寝ている間も、彼女は俺の手をずっと離さなかった。




