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第12話 潜在願望

山賊たちから馬や路銀を奪い取り、二人はぬかるんだ街道をようやく脱した。

次に辿り着いた街は、ウラル山脈の西麓に位置する交易都市クンバ。

ゾンビの群れに飲まれたクングルとは異なり、辛うじて人の営みが残るものの、帝国の崩壊に伴う避難民と荒くれ者たちがひしめく混沌とした場所であった。

既に治安は失われ、荒くれ者たちを取り締まる衛兵の姿はない。

それどころか衛兵の服を着た略奪者が街を闊歩していた。

サワダとアナスタシアは、場末の古びた旅籠に宿をとった。

久々の屋根と温かい食事に息をつく。

宿の一階は酒場と食堂を兼ねているらしく喧騒がうるさかったが、湯を使って汗と泥を落とすと、二人は泥のように眠った。


目を覚ますと、階下の酒場の喧騒は既に静まり返っていた。

窓の外に目を向けると、遠くウラルの山脈が白々と明け始める黎明であった。

その暗闇の中、突然……

「ひぃぃ〜〜〜ん」と泣き声とも悲鳴とも判別できない声が静寂を引き裂いた。

声を漏らしていたのはアナスタシアだった。

これまでも野宿した夜に時折うなされていることは知っていた。

心に大きなトラウマを抱えているに違いなかった。

わずか15歳になったばかりの少女が、この滅びゆく帝国の復興を担うのかと思えば、それはそれで悲惨な話とも思えた。

もともと縁もゆかりもない他人に過ぎなかった。

互いの生存率を上げるためだけの関係であるに違いなかったが、こうして寝食を共にするとやはり情が湧く。

年齢的にはまだ中学生に過ぎないこの少女が背負った重しを考えると、哀れみを覚えた。


「それよりも、俺だ」

サワダことニコライは小さく呟いた。

明けつつあるウラルの山脈は場違いなほど美しかった。

それを眺めながら、考えることが山ほどあることを痛感する。

(俺はこの少女と共に、本気で帝国復興などという大それたことをやるべきなのか?)

バカな!と思わざるを得ない。

帝国の復興など後のことだ。

あの死んだ近衛隊長には悪いが、一度アナスタシアを説得してこのまま南下し、黒海から地中海経由でフランスにでも逃げる道もある。

だが、本当にそれで良いのか?

あのゾンビの軍団。

圧倒的な増殖力で、やがては全ヨーロッパを滅ぼしてしまうのではないだろうか?

だが、仮にそうだとしても俺に何が出来る?

ニジニ・タギルの支配者デミドフ家のニキータ・アキンフィエヴィチは、強欲で歴史に名を残すほどの男だ。

その彼がアナスタシアに協力するとはとても思えなかった。

エカチェリーナ二世自身かポチョムキン伯爵でも来たなら丁重に対応もするだろう。

だが、ロシア宮廷に何の後ろ盾もないアナスタシアがエカチェリーナ三世を名乗って現れたところで、門前払いが関の山であろう。

それに、アナスタシアはサワダのことを信用してついてきているわけでもなかった。

ここ数日旅を共にして、そのことを痛感する。

サワダにしても、自分が何のためにこの少女と旅をしているのかすら分からなくなってきていた。

はっきり言えば成り行きに過ぎなかった。

アナスタシアの存在が、サワダの中で重くなり始めていた。


「どうする……」

再び声に出して小さく呟き、ため息を漏らす。

だが、こういうときこそものの見方を変えるべきなのだ。

サワダは心の中のフレームを覗き込み、被写体を様々に切り替えてみる。

つまり、まずは情報が必要なのだ。

そう考えているうちに、例のコンソールパネルのディスプレイが立ち上がった。


【情報はいつでも必要なときに引き出せます。】

脳内に音声アナウンスが響く。

(俺はどうすれば良い?)

愚問であることは分かっていた。

前世でのサワダも、時にAIチャットボットに愚にも付かない問いを投げることはあったが、回答を期待してのことではない。

人間相手に同じ質問をしたらドン引きされるから、AI相手にやっているに過ぎなかった。

【現在の環境に対するあなたの予測適合率を算出します……】

【完了……94.8%】

(なんだと?)

【説明が必要なようです。まず、あなたのステータスと習得スキルを表示します。】

【魔導戦士 ニコライ・ノヴィコフ(28歳)】

ステータス:

知性:22/200 直感:13/200 感覚:15/200 感情:11/200

生命力:1000/1000 精神力:1000/1000


スキル:

『剛力』レベル1

ステータス依存:知性5%、直感 5%、感覚25%、感情5%

現在値依存:生命力現在値50%、精神力現在値 10%


『筋肉硬化』レベル3

ステータス依存:感覚50%

現在値依存:生命力現在値25%、精神力現在値25%

効果:筋肉を硬化させる。強度は

*硬度=100x(感覚値/100x0.5+生命力現在値/1000x0.25+精神力現在値/1000X0.25)

発動時精神力を継続消費する

(※レベル上昇効果:消費精神力値の減少)


『分子カッター』レベル1

効果:全ての物質を切断可能なビームソードの発現

発動時精神力を継続消費する

(※レベル上昇効果:消費精神力値の減少)



『天真正自伝神道流』レベル8

効果:戦闘時の駆け引きの能力が格段に高くなる。

*精神力消費なし


『緊急モード』(レベル無し)

効果:全てのステータスが5分間、通常の4倍になる。

*終了後、精神力値がゼロとなる


『生命力継続回復』レベル1

ステータス依存:感覚50%

現在値依存:生命力現在値25%、精神力現在値25%

効果:生命力の回復速度のボーナス値がつく

*発動時精神力を継続消費する


『瞑想(精神力継続回復)』レベル6

ステータス依存:知性10%、直感 10%、感覚20%、感情10%

現在値依存:精神現在値50%

効果:精神力の回復速度が早くなる。

*精神力消費なし


『思考速度加速』レベル1

ステータス依存:知性30%、直感20%、感覚:5%、感情15%

*思考と感覚の体感速度がが、最大(レベル10)で100倍となる。


『情報取得・分析』レベル3

ステータス依存:知性30%、直感20%、感覚35%、感情15%

*視覚したものの情報を取得して分子レベルまで分析が可能



表示された画面を、解説を聞きながらじっと見入る。


【あなたのスキルの中で最も重要なのは、『瞑想』です。レベル10の『瞑想』を受動的に常時発動できるることは全てのスキルが消費精神力ゼロで使い続けることが可能となります】


サワダはう〜んと唸った。

(ちょっと待ってくれ。精神力の回復に、精神力の現在値自身が影響するのか?)

【その通りです。その意味はお分かりですよね。あなたの精神力の最大値は1000です。この値はこの世界の人間としては最高水準ですが、飛び抜けて高いとは言えません。ですが、それに『瞑想』による回復値の加算が加わることで、ほとんどのスキルの消費精神力をほぼゼロに減らせます。特に『分子カッター』のように大量の精神力を継続的に消費するスキルと組み合わせることで、強力な戦闘力となります】

(『分子カッター』を常時継続的に使用できるってことだよな?)

【はい、『瞑想」と『分子カッター』がレベル10であれば理論上では永久に使い続けることが可能となります】

(本当かよ?)

【では、実際に継続使用時における『分子カッター』スキルの実質消費ゼロの証明(レベル10・知性200達成時)を次に示します】

【分子カッター消費精神力】

レベル1:1000/秒

レベル10:100/秒


【毎秒の回復量の試算】

精神力基本回復量/毎秒=基礎値(0.2)xMAX{0、(知性–50)}+1

【瞑想効果】

瞑想加算/毎秒=(知性/5x0.1+直感 /5x0.1+感覚/5x0.2+感情/5x0.1+精神力現在値/5x0.5)x瞑想レベルx0.1


【この式に各ステータスの最大値と精神力最大値を代入した結果は毎秒151の回復力が得られます。従って、分子カッターがレベル10であり、各ステータスが最大値、瞑想レベル10なら結果として実質消費精神力ゼロで分子カッターが使えることが証明されました】


サワダは息をのむ。

学生時代、山奥にこもって『天真正自伝神道流』を学び、毎日『瞑想』や滝行に明け暮れていた頃のことを思い出していた。

人間の身体と精神はどこまで辿り着くことができるのか…….それを知りたいがためであったが、その根源には子供っぽい『超人願望』があったに違いない。

(この世界は、それをここで俺にやれと促しているのか?)

思いがけず、胸の奥が熱くなった。

一つ目標が決まった。

まずはパワーレベリングだ。

窓を大きく開くと、ウラルの冷涼な風が部屋に吹き込んできた。

山脈の稜線から黄金色の朝日が差し込み、雪を残す広大な大地を鮮やかに照らし出していく。

その雄大な風景を見つめるサワダの顔に、いつしか穏やかな笑みが浮かんでいた。

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