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巡る季節と共に2

 ルカと市場で会ってから、また幾日か経った。

 その日、アリサは朝から落ち着かなかった。


 ミランとの同棲を機に商会は退職していたが、就職を斡旋してくれたギルドの登録を解除するためには直接赴かなくてはならなかったからである。


 当然冒険者であるミランとエリカはほぼ毎日ギルドへ顔を出す。

 足を怪我していたエリカはまだ休んでいるかもしれないが、ミランは間違いなく来るはずだ。


 今はまだ会いたくない。

 というか、この先ずっと会いたくない。

 そう考えたアリサは、二人が出没しそうな時間を避けてギルドへ向かった。


 昼前のギルドは閑散としていた。

 おかげで二人に出くわすことなく、無事に手続きを済ませたアリサがホッとしながら出口へ向かうと、早朝の薬草採取から帰ってきたらしい数名の冒険者達が話している声が聞こえた。


「ねぇねぇ、ミランって最近エリカと一緒に暮らし始めたらしいわよ」

「あ~、幼馴染なんて言ってたけど前から距離が近かったもんね」

「え? でもミランって恋人いなかった? 確かどっかの商会の事務員とかなんとか」

「そうだっけ? でもどう見ても本命はエリカだろ」

「だよな。冒険者同士だし、いつも二人でいるし、お似合いだもんな」


 周囲から見ても、そうだったんだ、とアリサは自嘲する。

 足を無理やり動かして何でもない顔をしてギルドを出たが、平気だと思っているはずなのに、心がジクジクと痛みだす。


 やめてよ! もう忘れさせてよ!


 そう考えても痛みは増すばかりで、暗い気持ちのまま家に帰る気にもならず、闇雲に歩き回っている間に、いつのまにか高かった日は西に傾いていた。


 アリサは茫然と人波を眺める。

 家路を急ぐ人が行き交う道で、遠くに琥珀色の髪を見た気がして足を止めた。


 アリサの視界が滲む。

 涙なんて出ないと思っていたのに。

 別れた直後だって出なかったのに。


「……どうして、今さら……なんで……」


 急いで人気のない脇道へ入るも、大粒の涙は次から次へと零れ落ち、声にならない悲鳴が漏れそうになったその時。


「アリサさん?」


 振り返るとルカが立っていた。

 彼はアリサの顔を見ると驚いたように目を見開き、すぐに表情を曇らせる。


「一体何が……いえ、とにかく大丈夫ですか」


 近づいてくるルカに、泣き顔を見られたくなくて慌ててアリサは涙を拭う。

 弱いところなんて誰にも見せたくない。

 面倒な女だと、困らせるなと、ルカにまで言われてしまったら?


 けれど、手が震えてうまく涙を拭えない。

 ギュッと目を閉じたアリサだったが、ルカは近づき過ぎない距離で立ち止まると、アリサに背を向けた。


「誰も来ないように私がここで見張っていますから、泣いていいですよ」


 思いもしなかったルカの行動に、アリサは戸惑う。

 しかし背を向けたルカの声音はどこまでも優しかった。


「泣きたい時に涙が出ないより、泣いてスッキリした方がいいに決まってます。だから今、泣けるのならば、泣いたほうがいいです」

「……泣いて……いい……?」


 言葉の意味を確かめるように、茫然と呟いたアリサにルカが背中越しに頷く。

 彼の声音は哀れみでも同情でも、ましてや蔑みや困惑でもなく、ただ穏やかさがあるだけだった。

 アリサの心の中がまた一つ、満たされていく。


「……泣いてもいいんですね……私、あの時泣けなかったんです。でも今になって勝手に涙が出てきてしまって……」

「それは辛かったでしょう。ではアリサさんは漸く泣けたんですね」


 あの時のこと、ルカは何も聞こうとしなかった。

 抱き寄せもせず、慰めもせず、ただアリサが落ち着くまで、ずっと背を向けて、ただ側にいてくれている。

 その優しい沈黙がアリサの心を解していった。


「……私、恋人と別れたこと後悔していないはずなんです。本音を言えばもっと早く別れていたら良かったと思っている位に。それなのに、あの人が私じゃなくて幼馴染とお似合いだって言われているのを聞いたら……苦しくて辛くて、悲しかった」


 吐き出してしまってから、縁談相手に元恋人の話をするなんて失礼極まりないことをしてしまった、とアリサは青褪める。

 しかしルカはあくまでも穏やかなままであった。


「大切だった人を忘れるのには時間がかかります。ましてや過去の自分を否定されるような発言を聞いたら、悲しくなるのは当然です」


 その言葉にアリサは涙を拭い、深く息を吸う。

 胸の痛みはまだ残っているが、ルカの言う通り既に過去の自分だ。


「……ありがとうございます。ルカ様がいてくれて、よかった」


 アリサの言葉にルカが背を向けたまま苦笑するのが解る。


「私は、ただ側にいただけですよ」



 柔らかな赤い西日が、丘を下りながら時折振り返っては手を振る人影を照らす。

 泣き止んだアリサを男爵邸まで送ってくれたルカを見送りながら、小さく息を吐き出した。


 ルカの飾らない優しさに甘えてしまいたくなる。

 彼の前なら弱くてもいいのかもしれない、涙を見せても、自分の気持ちを正直に伝えてもいいのかもしれない。


 丘の上からアリサは夕陽に照らされた人影をいつまでも眺めていた。


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