気づかない違和感1
※ミラン視点になります
部屋を出て行くアリサの背を見送ったミランは茫然としていた。
正直、アリサが出て行く程怒る意味がわからなかった。
確かに相談はしなかったけれど、エリカが困っているのは事実だし、少しくらい助けてやるのが人情ってものじゃないのか?
それにアリサは自分とエリカが幼馴染で気安い関係だということを、理解してくれていた。
今までだって多少無理を言っても最後はちゃんと納得してくれていたから、今回も大丈夫だと思っていたのに……。
「結婚もやめるとか……そんな大げさにすることか?」
ミランは不満も露わに呟く。
二人の新居に最初から第三者を入居させたのは拙かったかもしれないが、エリカがいるのは怪我をしている間だけだし、別にアリサを蔑ろにしたわけでもない。
大体エリカとはただの幼馴染であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
ミランの恋人はアリサで、勿論ちゃんと結婚するつもりだった。
ただ幼馴染のエリカを放っておけなかっただけだ。
それの何がそんなに悪いのか、ミランにはわからなかった。
それにこの新居だって、初期費用はアリサに払ってもらったとはいえ、これから家賃を払っていくのはミランなのだから、多少のことは自分の裁量で決めてもいいはずだ。
「アリサはしっかりしてるけど、こういう時ちょっと融通が利かないところがあるよな。もう少し大人になってくれればいいのに。爵位を奪った叔父なんて頼れないだろうし、商会も辞めちゃったんだから、そのうち戻ってくるだろうけど、俺しかいないのに何がさよならだよ。困るのはアリサのくせに」
面白くなくて溜息を吐きながら、アリサが出て行った扉から視線を外せば、やけに静かになったリビングが妙に広く感じてミランは肩を竦める。
「……まさか本当に、別れるなんてことは……ないよな……」
ポソリと呟いて打ち消すように頭を振る。
アリサの荷物があったはずの場所は、ぽっかりと空いていた。
それを見ないふりをしてミランはソファに腰を下ろす。
その時、グウッと間の抜けた音が鳴った。
「ごめ~ん、私、お腹空いちゃった~」
お茶を飲み終えたエリカがキッチンから顔を出す。
ミランがそちらへ向かうと、勝手に貯蔵庫を開けていたエリカが溜息を吐いた。
「え~、なんかすぐ食べられる物がないんだけど~。ねぇミラン、何かないの~?」
「……あー、適当に作るか」
冒険者になると言って実家を出てから、ずっと一人暮らしだったからミランは料理が苦手ではない。
アリサが恋人になってからは差し入れをくれる彼女に甘えてあまり作っていなかったけれど、久しぶりに腕を振るってみるかとエリカの上から貯蔵庫を覗き込む。
しかし……。
「あれ?」
思わずミランは声を漏らす。
何故なら貯蔵庫がほぼ空だったからだ。
そういえば今日は引っ越しで疲れているだろうから外食して、帰りに食材も買ってこようとアリサと話していたことを思い出す。
「あ~、食材買ってなかったから外食にしよう」
そうエリカに言えば、明らかに不服そうにされた。
「え~、怪我してるし外行くのめんどい。何でもいいから適当に作ってよ」
「じゃあ、何か買ってくる」
ミランは「一緒に行く」と言われるのを期待していたのに、エリカは「いってらっしゃ~い」と手を振ると、ソファへ腰を下ろして爪の手入れを始める。
それが妙に胸をザワッとさせたが、アリサのせいで気が立っているんだと言い聞かせて、急いで買い物を済ませると調理に取り掛かった。
同棲の記念にと新しく購入した調理器具や食器は、アリサが自分の荷物より先に運び入れてくれていたが、慣れない環境に勝手が掴めず悪戦苦闘する。
そこへ呑気な声がかかった。
「ミラン、まだ~?」
「ちょっと待ってろって!」
手伝いもしないくせにと、舌打ちしそうになるのを堪えながら、不揃いな野菜が入ったスープを混ぜる。
その間にもエリカは何もせずソファで足をぶらつかせていた。
「手伝う気はないわけ?」
「え~? 私、怪我してるし」
キッチンから声を掛ければ、エリカに軽い口調で返され、ミランがチラッとリビングを覗くと足を組み替えて伸びをしている。
その動きは、どう見ても怪我をしているようには見えなかったが、疑うのはよくないと考えて、ミランは料理を再開した。
そうして小一時間後、焼いた肉とスープ、それに買ってきたパンをテーブルに並べる。
久しぶりの料理だったが上出来だろうとエリカを呼ぶ。
「エリカ、できたぞ」
「わーい」
嬉しそうに席に着いたエリカだったが、テーブルの上の料理を見て目を瞬かせた。
「え? これだけ? あんなに時間かかったのに?」
「……は?」
「まぁいいや、お腹空いてるし」
固まるミランを他所に、エリカはさっさとスープを食べ始める。
だが……。
「あれ? なんか味薄くない?」
悪気のない顔でそう言われて、ミランは言葉に詰まった。
「……そんなことないだろ」
ムッとしながら反論するが、再度スープを啜ったエリカは眉間に皺を寄せると、あっけらかんと言い放った。
「やっぱ美味しくないや。アリサさんの料理もイマイチだったから、ミランも伝染ったんじゃない?」
ミランの中でピシッと何かにひびが入る音がした気がした。




