それぞれの未来1
※アリサ視点です。
まだ強い晩夏の陽射しが降り注ぐ街の広場をアリサはルカと並んで歩いていた。
手を繋ぐ二人の距離は恋人同士にとっては自然な近さで、肩が触れ合うたびに小さな幸福が胸に灯る。
だが、そんな穏やかな時間を壊すように、背後から鋭い声が響いた。
「ちょっと、どういうことよ!」
振り返るとエリカが怒りの形相で立っていた。
走ってきたのか髪は乱れ、怒りのせいか目はつり上がっている。
その姿は、かつてミランの隣で可愛らしく笑っていた彼女とは別人のようであった。
「なんで、あんたがルカと手を繋いでいるのよ! そこは私のものなのに!」
言われたアリサは息を呑んだ。
ギルドでの顛末をアリサはルカから聞いていた。
好きな人に隠し事はしたくないし、もしかしたら迷惑がかかるかもしれないから注意してほしいと言われて、出かける時は常に一緒に行動するようにしていたが、接近禁止令を出されているにも関わらず、こんなに早く接触してくるなど正気の沙汰とは思えなかった。
大体、エリカには何でも言うことを聞いてくれる幼馴染ミランがいるではないか。
今だって二人で同棲しているはずなのに、どうしてルカに付き纏うのか意味が解らず困惑の表情を浮かべるアリサを庇ってルカが一歩前に出る。
「エリカさん、これ以上意味のわからない妄言を吐くのはやめてください。ギルドの接近禁止令を無視するつもりですか?」
「ルカ、ねえ、貴方は私のものでしょ? そんな……ミランに捨てられるようなつまらない女なんてルカには相応しくないよ。元男爵令嬢だからって気を遣って可哀想」
うるうると瞳を潤ませたエリカに、アリサの脳裏に過去の苦い思い出が蘇る。
その時、ギュッと握ったアリサの手をルカが優しく包み込んだ。
「アリサさんはつまらない女ではありません。とても魅力的な女性です。それに私は可哀想ではありません。なぜなら、今とても幸せですから」
蕩けるような笑みを向けたルカに、アリサの不安が一掃される。
そう、ルカはミランとは違う。彼はアリサを蔑ろにはしない。
その事実に強張っていた肩の力が抜け自然と笑みが溢れる。
しかし、そんなアリサの余裕のある姿が余計にエリカの癪に障ったらしい。
「そんなの嘘! あ! わかったわ! ミランとのことを嫉妬してるのね? ただの幼馴染だって言ってるのに、その女が誤解させるような出鱈目を吹き込んだんでしょう! なんてひどい人なの!」
喚き散らすエリカに、ルカの表情が険しくなってゆく。
そこへ、焦ったような声が響いた。
「エリカ!」
懐かしい声音と共に人混みを掻き分けて現れた人物に、アリサの心臓が一度だけ大きく脈打つ。
「……アリサ?」
自分を見て、茫然と呟いたミランの声は震えていた。
アリサは大きく息を吸い込んで、恋人だった彼を見る。
久しぶりに見たミランは、何だか窶れてひどく疲れているように見えた。
ちゃんと食事を摂っていないのかしら?
冒険者は食事と日々の生活が基本だって言うから、恋人だった頃は一生懸命サポートしていたけれど、一緒に暮らしているエリカさんはしてくれないの?
そう思ったものの、すぐにどうでもいいかと思いなおす。
だって、もうアリサには関係ないから。
「久しぶり」
軽く返した声が自分でも驚くほど感情が乗っていなかったことに気づいて可笑しくなる。
あんなに傷ついたことが嘘のよう。
ああ、そうか。もう彼は過去の人なのね。
心の中で得心するアリサに、こちらを見るルカが不安気な眼差しを向ける。
「お知り合いですか?」
いつものように落ちついた声だが、少し震えていることをアリサは聞き逃さなかった。
彼の微妙な変化に気がつけるほどルカと一緒の時を過ごしてきたこと、それはアリサに自信をくれた。
「ええ、昔の恋人。でも今は何の関係もない赤の他人よ」
はっきりと言い放てば、何故だかミランの表情が大きく歪む。
それを無視して、にこりと余所行きの笑顔を向ける。
「もうお会いすることはないでしょうけれど、礼儀として紹介しておくわ」
そう言って、ルカを見つめる。
「彼はルカ、私の大好きな婚約者なの。もうすぐ結婚するのよ」
一瞬の静寂のあと、ミランの顔から血の気が引いていった。
「は……?」
絶句したミランの顔を見ても、アリサは何を今さらという感情しか浮かんでこない。
いつも幼馴染を優先して、同棲初日に連れこんで、出て行った自分を追いかけてもこなかった最低な男。
そういえば、この人が好きだったんだっけ。
でも、もうどうでもいい。
そう思えたことが嬉しかった。
そして、それはルカがずっと寄り添ってくれていたから。
隣をチラリと見上げれば、耳を赤くしてルカが固まっている。
だが、アリサと目が合うと嬉しそうに破顔した。
「嬉しすぎて空も飛べそうです」
「飛ばれていなくなったら嫌なので、私も連れて行ってください」
少し恥ずかしくて、誤魔化すように首を傾げたアリサの頬にルカがそっと手を伸ばす。
その時、困惑するような、縋るような声が響いた。




