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それぞれの未来2

 

「な、なんでだよ……。アリサ、謝れば許してやるから帰ってこいって。男爵の叔父に逆らえなくて仕方なくソイツと婚約しただけなんだろ?」


 この期に及んで、まだそんな誤解をしているミランに、アリサは溜息しか出ない。


「私が謝罪する謂れはないわ。幼馴染をデートに連れてきたり、同棲する家に一緒に住まわせるようなミランとエリカさんの方が非常識だと思うもの。それに何度も言うけれど叔父は優しくてとってもいい人だし、私との仲も良好よ! ルカとの婚約だって仕方なくじゃなくて私の意思で、私が決めたの!」


 アリサの発言に、集まっていた野次馬達が口々に騒ぎだす。


「え? 男も幼馴染も最低。それなのに何で偉そうに謝罪とか要求してんの?」

「どっからどう見ても、ただの二股じゃん」

「幼馴染って、そこで喚いていたストーカー女でしょ? デートだって嫌なのに、同棲してる所に押しかけてくるとかないわ、絶対無理!」

「勝手に家族仲も疑っているし、勘違いも甚だしいね。そんな男、別れて正解だよ」


 周囲の声にミランがたじろぐ。

 キョロキョロと視線を巡らせるも、蔑みだらけの視線にハクハクと口を開いたが、やがて俯いてしまった姿に、アリサは虚しくなった。

 好きだった人は、本当にただ無神経で考え無しだったのだ。


 そんな中、エリカだけが眦を吊り上げた。


「何が婚約者よ! ルカは私と結婚するの!」


 成り行きを見守っていた人々も、エリカの言い分がおかしいことに気づいて引き始める。

 以前は不愉快、それに尽きたアリサも、言いようのない不安と相容れない生物の存在に恐怖を覚えた。

 ルカも不快も露わに睨みつけたが、エリカはどこ吹く風だ。


「ルカが嫉妬しちゃうならミランとはもうしゃべらないわ。だから当て馬なんてさっさと捨てちゃって、ね? 私が結婚してあげるから」


 どこまでも噛み合わない一方的な偏愛に、広場がしんっと静まり返る。

 そこへやっと、騒ぎを聞きつけたギルド職員と非番の冒険者達が駆け付けた。


「エリカ! 接近禁止令を無視したため捕縛する! 冒険者資格も剥奪だ!」


 ルカのギルドでの影響力を考えれば、エリカの処分は軽くないとは思っていたが冒険者資格の降格ではなく剥奪では、もう冒険者業は廃業である。

 けれど、ギルドで問題児と認定されてしまった人間など、どこの店でも雇ってはもらえないだろう。


「え? なによ、やめて! 離して! ちょっと、ミラン、助けてよ! ルカ! ルカ、お願い、目を覚まして! 貴方は騙されてるのよ! ルカに相応しいのは私なの!」


 未だに支離滅裂な言い分のエリカを、ギルド職員や冒険者達が連行していく。

 深々と頭を下げたギルド長に、ルカは無言で頷くと、アリサの肩に手を置いた。


「大丈夫ですか?」

「えっと……それは私の科白では?」


 あんな得体の知れない人間に付き纏われたのだ、どう考えてもルカの方が、心痛がひどいだろう。

 そう思って聞き返したアリサだったのだが、一拍間があって、どちらともなく笑いだす。


「今日は色々ありましたが、これからも……何があってもずっと一緒に歩いてくれますか?」


 見上げたアリサに、ルカが優しく瞳を細める。


「もちろん。貴女の歩幅に合わせて一生側にいますから、私を置いていかないでくださいね」


 微笑み見つめ合う二人に、広場から歓声が挙がる。

 アリサの未来はもう過去に縛られることなく、新しい季節と共に穏やかに始まろうとしていた。



 その一方で、ミランはアリサとルカが笑い合う光景を茫然と眺めていた。

 アリサの隣で静かに寄り添うルカに、彼女も全幅の信頼を寄せているようで、それが悔しくて羨ましくて拳を握りしめる。


 自分が、彼女の隣にいるはずだったのに……。


 ミランの胸の奥がじくりと痛む。

 アリサが自分の隣で笑っていた日々、その笑顔が今はもう遠い。

 そして、その笑顔を守れなかったのは自分だ。


 周囲の人に冷やかされ、恥ずかしそうに笑うアリサは、とても幸せそうだ。

 その事実が何よりも胸に刺さる。

 後悔の波に心が打ち砕かれる。

 けれど、あの笑顔を見てしまった以上、もう取り戻す資格はないと理解もできて、小さく息を吐くと、ミランは元恋人に背を向けた。


 その後、エリカに対する取り調べが進む中、自ら申し出たにも関わらず彼女を監督できなかった責と、アリサに対する不誠実な態度が発覚したミランは冒険者ランク降格となり、仲間にも見放された。

 他の仕事に就く器量もなく彼なりに頑張ってはみたものの、一度下がった信用は挽回できず、やがて雪がちらつく季節になった頃、ミランは街の片隅で荷物を抱えながら寒さに震えていた。


 アリサの親戚であった保証人から「姪が住んでいないのだから契約無効だ」と大家に連絡が入り「どういうことだ」と乗り込まれた時は何とか言いくるめたものの、降格し信用を失った冒険者に碌な依頼は来ず、家賃を滞納したため部屋を追い出されてしまったのだ。


「どうして、こうなってしまったんだろう……」


 アリサと結婚して輝かしい未来が待っていたはずだったのに。

 ただ、幼馴染に優しくしただけなのに。


 その幼馴染エリカも、もういない。


 アリサとルカは元とはいえ貴族なのである。

 ギルドと関係が深いルカの商会だけではなく、男爵家と子爵家も敵に回したのだ。

 きっと今頃は慰謝料と迷惑料を稼ぐため檻に囲まれた娼館で働かされ、その後は怪我を負った冒険者への臓器提供者となるべく、薬漬けと体を切り刻まれる生活を送ることになるだろう。


「あ~でも、食べ物の心配をしなくていいのは羨まし……くはないか。でも何だろうな、不思議と今は可哀想とは思えないんだよなぁ……むしろ、俺の人生台無しにしやがって、ざまぁみろ! ……ははは! はははははは!」


 ひとしきり狂ったように乾いた笑い声を挙げていたミランの肩に白い雪が舞い落ちる。


 あの時、エリカではなくアリサを優先していれば……。

 あの時、エリカを拒絶していれば……。

 あの時、出て行ったアリサを追っていれば……。


 もう戻らない過去の残像に、こんなはずじゃなかったと伸ばしたミランの手に降った雪は、やがて溶けて流れ落ちた。

 後悔だけを胸に残して。


暗い終わり方になってしまいましたが、ざまぁされる人の結末はこんなものかな、ということで。

ご高覧くださり、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
相手が貴族とはいえ男爵と子爵出身に粗相しただけにしては高ランクの冒険者が降格は重い気がする 生き物は危険を感じると子孫を残す本能が強くなるから冒険者の痴情のもつれは仕方ないって外野は判断する方が自然じ…
健康な身ひとつあるんだから、街移って肉体労働なりなんなりしなよ 幼なじみの方は仕方ないとして、冒険者としての仕事なくなるのはどうなんだろ。
娼婦の臓器って病気まみれで使えないと思うんですよね しかも薬漬けって…… 冒険者がいる世界観で高度医療の臓器移植は両立するのかな?
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